第29話 偽装シナリオと探り

 てんやわんやの一夜が終わって、ムルティスは湾岸倉庫に戻った。


「疲れました。いつもの三倍ぐらい」


 カウンターバーには、チェリト大尉がいて、オレンジジュースを出した。


「一日で三件のトラブルか。運が悪かったな」


 ムルティスは、オレンジジュースを一気飲みすると、ぐでんっと突っ伏した。


「この国の金持ちたちは、なんであんな派手に遊んでるんです?」


「戦争で娯楽が壊れたから、貯めこんだ金の使い道がないそうだ」


「その貯めこんだ金を、傷痍軍人や、戦争で夫を失った寡婦たちに寄付しないんですね」


「そういうまともなやつから死んでいったのが、あの戦争だ」


「もしまともな人たちが生きのこってたら、軍人叩きはもっと控えめだったんですかね」


「そうかもしれないな。ところで、お前の趣味が観光スポット巡りだなんて知らなかったぞ。お土産のお菓子、おいしいな」


 観光スポット巡りは、暗黒の契約書を探すための偽装シナリオだ。


 ちゃんと説得力を持たせるために、同僚のトラックドライバーや事務員の人たちにお土産を配ってあった。


 ちなみにチェリト大尉は、いちごドーナッツが好きらしい。いまも普通に食べていた。


 ムルティスは、私用のスマートフォンで、生まれ故郷のホームページを表示した。


「故郷の田舎町が、いわゆる勇者伝説でお客さんを集めていましてね。子供のころから観光スポットで遊ぶのが好きだったんですよ」


 効果的に嘘をつくためには、真実をひとつまみ混ぜること。


 そうすれば、説得力だって出てくるし、他人と会話するときに表情の変化も少なくなる。


 ムルティスの嘘は、チェリト大尉に通じた。


「勇者伝説か。そこら中にあるよな。うちの故郷にもあったが、伝説の勇者が宿泊した宿があるとかで、とくにありがたみはなかったぞ」


「なんで銃と魔法の世界になったのに、勇者伝説でお客さんが集まるんでしょうね。みんなおとぎ話が好きなんですかね。伝説の剣に、強い賢者に、ドラゴンに」


 ムルティスは、さりげなく探りを入れた。


 もしチェリト大尉が暗黒の契約書を扱っているなら、ドラゴンというキーワードに反応するはずだ。


 だがチェリト大尉は、いちごドーナッツをもぐもぐ食べるだけだった。


「勇者を題材にしたテレビゲームのやりすぎじゃないのか? 戦争中も勇者ソシャゲだけは飛びぬけて人気だったみたいだし」


 返事が普通すぎた。もしかしたらチェリト大尉は、暗黒の契約書に関わっていないのかもしれない。


 それはそれで喜ばしいことなのだが、潜入捜査は暗礁に乗り上げてしまう。


 いったいだれが暗黒の契約書を保有しているんだろうか。


 まったく見当がつかなかった。


 ムルティスがもう一杯オレンジジュースを飲んだとき、ガナーハ軍曹も戻ってきた。


「すべての死体をかたづけてきました」


 チェリト大尉が、ぱちんっと指を弾いた。


「よし、これで上がりだな。二人とも、おつかれさん。明日はゆっくり休めよ」


 ムルティスとガナーハ軍曹は、表の仕事も裏の仕事もコンビを組んでいるから、仕事を上がるときはいつも一緒だった。


 となれば、休日だって一緒である。


 湾岸倉庫を出たとき、ガナーハ軍曹が自家用車を指さした。


「ムルティス、明日は二人とも休みだし、より道していかないか?」


「いいですよ。どこいくんです」


「昔の仲間たちがいるところだ」

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