第28話 裏商売の拡大、そしてトラブルも拡大

 次の休日にならないと、暗黒の契約書を探すための物件巡りができない。


 もはや反復作業のように、裏仕事の時間がやってきた。


 いつもの覆面とコートでホビットに偽装して、ガナーハ軍曹とコンビを組んで、ライトバンで出発。


 ただし仕事内容が増えていた。地元マフィアを潰して、彼らの商売を奪っていたからだ。


 違法薬物の販売ルート・娼館・ナイトクラブ・その他諸々の裏商売。


 すべてがチェリト大尉の組織に吸収されていた。


 都市部の地下社会で蠢く、有象無象の無法者たちも、支配者がチェンジしたことを察して、さっさと配下に加わっていた。


 だが仕事量が増えれば、トラブルの数だって増える。


 とくに違法薬物というのは取り扱いが難しかった。


 売人も顧客も頭がおかしいやつばかりなのだ。


 今日もトラブルが発生していた。


 なんと売人が薬物中毒になっていて、ルート配送していたムルティスとガナーハ軍曹に襲いかかってきたのだ。


「そいつをよこせぇ!」


 イカレた目つきで、隠し持っていたナイフを突き出してきた。


 だが、この手のトラブルが日常茶飯事だったので、ムルティスとガナーハ軍曹は、リーチの長いこん棒を持っていた。


 軍隊仕込みの棒術で、こん棒を素早く振って、ボコボコに殴っていく。


 拳銃で射殺してもよかったのだが、街中で銃声を出したくなかったので、効率的に殴り殺した。


「違法薬物の取り扱いって、リスク大きくないですか?」


 ムルティスは、売人の死体をこん棒ごとライトバンに放り込んだ。こん棒のいいところは木製なので、燃やすだけで証拠隠滅できるところだ。


「BMPと違って、薬物は依存性があるからな。だからこそ売れるし、トラブルも増える」


 ガナーハ軍曹は、売人の血痕を砂で覆い隠した。


「なんでこんなもん使うんでしょうね。人生が壊れるってわかってるでしょうに」


「わかってないやつもいるし、たとえわかっていても一時的な快楽に負けるやつがいる。どちらにせよ、オレたちにとっては顧客だな」


 といいながらも、ガナーハ軍曹は苦虫を潰したような顔をしていた。


「アグサ2、本当は薬物売りたくないんですね」


「当たり前だ。しかしアグサ1に反論できる材料がない。なぜなら顧客たちは、誰かに強制されたわけではなく、自分の足で買いにくるからだ」


 違法薬物の販売ルートを手に入れてからは、よりアンダーグラウンドな雰囲気が増していた。


 きっと薬物中毒者の人生と接する機会が増えたからだろう。


 もちろんBMPを専売していた時代だって、犯罪の周辺には薬物があふれていた。


 だが自分たちが直接の利害関係者になったことで、薬物中毒者の迫力を直に感じていた。


 彼らは、他のすべてを捨ててでも、クスリを買おうとする。


 家族、友達、恋人、あらゆる人間関係を破壊して、ときには殺人事件にまで発展する。


 それでも違法薬物の販売が続くのは、莫大な利益をもたらすからだ。


 お金の魔力は怖い。薬物の影響も怖い。だがそれでも世界は回っている。


 ムルティスは、人間の脳が化学物質に弱いことを実感していた。


 なんて考えていたら、裏仕事用のスマートフォンに連絡が入った。どうやら娼館でトラブルが発生したらしい。


「アグサ2、またトラブルですよ……」


「とにかく現場に行こう」


「売人の死体どうします? こいつを車に積んだまま娼館のトラブルに対処してたら、警察に鉢合わせしたとき厄介なことになりますよ」


「ああそうだった……しょうがない。死体はオレがかたづける。お前は娼館にいってくれ」


「了解」


 ムルティスは売人のバイクを奪うと、娼館に移動することにした。


 ぶおーんっと軽快に道路を飛ばしていると、自分のバイオリズムが裏社会に最適化されていることに気づいた。


 潜入捜査を終わらせたあと、元の生活に戻れるんだろうか。


 そんな不安がよぎるぐらい、裏の商売は肌に合っていた。


 そこまで考えて、なんでチェリト大尉が表の仕事を継続しているのか理解した。


 精神の正常性を保つためだ。


 もし裏の仕事一本で突っ走ったら、まともな人生を忘れてしまって、判断を間違えるようになる。


 それは兵士として致命的な弱点だ。


 最近滅んだ地元マフィアだって、まともな人生を忘れてしまったから、危機感を失って、あんな露骨な先制攻撃を許すことになった。


 どうも人間というのは、正気を保ったやつほど強いらしい。


 そんなことを考えながら娼館に到着すると、大柄なワーウルフが店の前で暴れていた。


「サキちゃんにあわせろ! あの子が最高なんだ!」


 娼館の警備担当は、困り果てていた。


「困りますよお客さん。あなたは出入り禁止になったんだ」


「ふざけんな。これまでいくら払ったと思ってんだ。出入り禁止なんてありえねぇだろうが」


 ムルティスは、やっぱり裏の商売は、ロクでもない客がつくなぁと思った。


 だが、こういうやつを追い払うのも、犯罪組織のお仕事だ。


「お客さん、痛い目にあいたくなかったら、さっさと帰ってくれないか?」


「チビのホビットごときが、どうやって俺さまを痛い目にあわせるっていうんだよ?」


 大柄なワーウルフは血走った目で、ムルティスに掴みかかろうとした。


「こうやって痛い目にあわせるのさ」


 ムルティスは、近くに転がっていた鉄パイプを拾って、敵のスネを打った。


 ごきんっといい音が響いて、ワーウルフはスネを抑えながら地面に転がった。


「いてぇ、いてえよぉ」


 もっと痛い目にあわせたほうがいいだろう。


 ただし、この程度の迷惑客であれば、殺してはいけない。


 ちゃんと重要な臓器を避けて、骨や肉を念入りに叩いていく。膝や肘などの間接を攻撃しないのは優しさであった。


 狼の毛皮が真っ赤に染まったあたりで、ワーウルフはようやく降参した。


「ゆ、許してくれ。もう二度とこの店には近づかないから、た、頼むよ」


 ムルティスは、鉄パイプの先端を、ワーウルフの鼻先に突きつけた。


「わかればよろしい。ちゃんと慰謝料を払うように」


「す、すいませんでした!」


 大柄なワーウルフは、財布を置いて逃げていった。


 ムルティスは、財布からお札を抜き出すと、警備担当に渡した。


「お店のスタッフと女の子たちで、好きに使ってください」


「いつも気前がいいんですね」


「商売が苦手なだけかもしれません」


「どうです、若くて可愛い子がいますし、遊んでいきませんか。あなた、うちの子たちからも人気があるんです。優しくて気前がいいって。きっとたっぷりサービスしてくれますよ」


 娼館の奥から、売春婦たちが手を振っていた。


 あらゆる種族の若くて可愛い子たちがいた。


 あんな綺麗な女たちを抱けるなら最高の気分になるんだろう。


 だが、そのためには覆面とコートを脱いで偽装を解かないといけないし、そもそも売春婦の半分ぐらいが戦争で夫を失った若い未亡人だった。


 第六中隊にもいた。新婚で徴兵されて、死んでしまったやつらが。


 あいつらは、あの世で元気に暮らしているんだろうか。


 それとも、この世に残した新婚の妻が心配で、現世をさまよっているんだろうか。


 そう考えたら、下半身はまったく興奮してこなかった。


「やめておきます。今夜は仕事が忙しいんです」


 またもや裏仕事用のスマートフォンに連絡が入っていた。どうやらナイトクラブでもトラブルが起きたようだ。


 酒と薬物でおかしくなったやつらが、フロアで乱闘しているらしい。


「……またトラブルか。この町はどうなってるんだ」


 休む暇もなくナイトクラブに到着すると、雇われ店長の女将が困っていた。


「乱闘ですよ。どうしたらいいのかしら」


 元気を持て余したやつらが、ぼこすかと殴り合っていた。


 あんまり迫力がないのは、格闘技経験もなければ軍隊経験もないやつらの乱闘だからだ。


 ムルティスは、こんな猫の取っ組み合いみたいな乱闘なら、逆に利用できると思った。


「逆転の発想でいきましょう。他のお客さんたちを二階席にあげて、一階席は頭がおかしいやつらに好きなだけ乱闘させる。普通のお客さんには、誰が最後まで立っているかで、ギャンブルとして楽しんでもらうっていう」


「なるほど、そのほうが穏便におさまりそうね」


 ムルティスと女将とボーイたちは、普通のお客さんを二階席に移動させると、乱闘を賭け事の対象に切り替えた。


 思い付きで実行した娯楽だが、想像していたより盛り上がってしまった。


 女将が苦笑いした。


「掛け金でさらに儲けが増えそうよ」


 ムルティスは、乱闘しているやつらも、それをギャンブルとして楽しんでいるやつらも、正直気に食わなかった。


「こんなバカげた乱痴気騒ぎをするお金って、どこにあるんでしょうね。戦争が終わったばかりなのに」


「このお店で遊んでいる人たちは、ほとんどが金と暇を持て余したお金持ちなの」


 ムルティスは納得してしまった。なぜ自分がナイトクラブの客が嫌いなのか。


 戦争が終わったばかりで、ほとんどの国民が苦しい生活をしているのに、よりによって富裕層が酒とクスリで興奮しながらお遊戯みたいな乱闘をしているからだ。


 地元マフィアと一緒にこいつらも皆殺しにして、その資産を飢えている国民に分配したほうがよかったのでは。


 そんなことを考えてしまうぐらい、乱闘関係者が嫌いだった。


 だが残念な事実もあって、元軍人たちを迫害しているのも、飢えているはずの国民なのだ。


 やはりこの国は、なにかが壊れていると思わざるを得なかった。

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