四章

第27話 暗黒の契約書を探す旅 かつての敵は今日の友

 地元マフィアをせん滅してから、初めての休日を迎えていた。


 ムルティスは、暗黒の契約書を探すために遠出していた。


 ディランジー少佐にピックアップしてもらった、運送会社に関わっていそうな物件すべてを体当たりで探すのだ。


 だが、ちゃんとしたシナリオが必要だ。


 なんの理由もなく、運送会社関連の物件に足を運んでいたら、暗黒の契約書を管理しているやつに絶対バレる。


 でっちあげた理由は、観光名所めぐりだ。


 職場の同僚たちにお土産を購入しておいて、観光名所の自撮り写真も撮影して、的確にシナリオを作っていく。


 その合間に、運送会社と関わりのある物件に、ブローチを近づける計画だ。


 裏の仕事の報酬のおかげで、自家用車を購入できたので、さっそく郊外にある運送会社の物件・その一にやってきた。


 ぶどう酒を保存するための倉庫だ。


 だがブローチに反応なし。


 一件目から当たるとは思っていなかったので、偽装シナリオを強化するために、お土産を購入して、観光スポットで軽く遊ぶ。


 シンプルに楽しかった。子供時代も地元の観光スポットで遊んだが、どうやらあの頃とそんなに感性が変わっていないらしい。


 ならば偽装シナリオに関係なく、自分の趣味は観光スポット巡りなんだろう。


 仕事と趣味を同時にこなすために、二軒目である噴水前にやってきた。


 どうやら運送会社の物件というより、観光スポットの三十周年記念に寄贈したものらしい。


 こんなところにモノは隠せないので、ブローチに反応はなかった。


 こう何度も反応なしを繰り返すと、ディランジー少佐に騙されている気分になってきた。


 本当に暗黒の契約書なんて存在するんだろうか?


 もし存在していたとしても、ただの見間違いだったのではないか?


 だが誤情報だと断定する証拠もないので、ひたすら物件を調べていく。


 リストアップされた物件の三分の一を巡ったところで、休日が終わってしまった。


「残り三分の二の調査は、次の休みまでお預けか」


 腹が減っていたので、適当なファストフード店に入る。


 いくら裏の仕事で大金を稼いでも、根付いた食生活に変化はなかった。


 これからたくさん稼いでも、高級レストランに通う習慣が身につくとも思えなかった。


 味や値段に問題があるわけではなく、店の雰囲気に問題があった。


 かしこまった連中が、ドレスコードを揃えて、お行儀よく座っている。


 そんなところに自分が混ざっている風景を想像したら、寒気がしてきた。


 やっぱり庶民向けの店の方がいい。景色に埋没しているほうが気楽だ。


 ムルティスは受付カウンターで注文した。学生時代からずっと食べてきたセットメニューを。


 だが店員の説明によれば、戦争が終わった直後なので、商品用の野菜が足りていないらしく、代替品が使われているようだ。


 なんでもいいやと思って、とにかくセットメニューを注文した。


 その瞬間、強烈な視線を感じた。


 カタギの視線ではない。


 戦場でよく感じる視線だった。


 いつでも銃撃戦に対応できるように、懐に手を伸ばしながら、視線の方向を振り返る。


 どこかで見たことのある顔がいた。


 ヒューマンで二十代ぐらい。ヒゲがぼうぼうで、頭髪も乱れている。路上生活者一歩手前みたいな男性だった。


 直接の知り合いではない。だが間違いなく顔を知っていた。


 うーんうーんと悩んで、思い出した。


「あんた、高山攻略部隊の隊長で、たしか名前はジャラハル」


 そう、戦時中は敵陣営に属していたデルハラ共和国の兵士だ。


 しかも高山攻略部隊であるG中隊だから、戦略魔法使いが所属していた部隊でもある。


 彼と直接顔をあわせるのは初めてだが、戦時中の偵察情報や、戦後のニュースで、何度も顔を見たことがあった。


 いまは政治犯として収容所に放り込まれているはずだ。国民の戦争責任から目をそらすためのスケープゴートとして。


 だが彼は目の前にいる。


 ジャラハルは、ぼそりと口を開いた。


「こちらのことを知っているんだな、高山防衛部隊のスナイパー」


 ムルティスは、肩をすくめながら答えた。


「あんたらに関する報道は、うちの国でも流れてるよ。ひどいもんだな。俺たちもこの国じゃひどい扱いを受けてるから、親近感がわいてくるんだ」


「奇遇だな。収容所に押し込まれたワタシたちも、第六中隊のメンバーに、シンパシーを感じていた。とくにお前だ、ムルティス上等兵」


 ムルティスは、仲間たちを守るために、敵の戦略魔法使いを狙撃した。


 その結果、ユグドラシルの木が折れてしまい、国民に叩かれている。


 まったく同じ境遇なのだ、戦略魔法使いが所属していた、G中隊も。


 ムルティスは、私用のスマートフォンで、ニュース一覧を表示した。


「あんたら、政治犯として収容されたってニュースを見たんだが、恩赦されたのか?」


「脱獄したんだ」


 ちょうど速報が流れてきた。高山攻略部隊のG中隊が、収容所から脱走したと。


 ムルティスは、うんうんとうなずいた。


「そりゃ逃げるよな。仲間を守るために戦ったのに逮捕されたんじゃ。俺が同じ立場でもそうするよ」


 ジャラハルは、探るような目つきで、質問した。


「ワタシを通報するか?」


「いや、見なかったことにするよ。生まれた国の国民より、あんたらを近くに感じるから」


 ムルティスは、自分の注文したハンバーガーセットを、彼にプレゼントした。


 脱獄してきたばかりなら、腹が減っているだろうと思ったからだ。


 ジャラハルは、目じりに涙をためると、ハンバーガーにかぶりついた。


「こんなにうまいハンバーガーは、初めて食べたな」


 彼が喜ぶ姿を見たら、古くからの友人と会っているような気分になった。


「他に食べてみたいものは?」


「もう大丈夫だ。これから脱獄した仲間たちと合流して、この国で仕事を探すから、次のうまいものは自分で買えるはずだ」


 不思議な縁である。


 二つの陣営に分かれて戦っていたはずなのに、彼らが自分の国に逃げてきたと考えたら、なぜか良いことだと思えてしまったのだ。


「この地図を持っていってくれ。警察の巡回ルートを赤ペンでチェックしておくから、そこを通らなければ逮捕されない」


 ムルティスは、紙の地図に、赤ペンで印をつけていく。


 警察の巡回ルートを避けていけば、いかなる脱獄犯だろうと逮捕されない。


 しかも紙の地図の合間には、G中隊の逃走資金として、札束を詰めておいた。


 どうせ裏の仕事で稼いだ金なんだから、善行に使ったほうがいいだろう。


 ジャラハルは、紙の地図を受け取ると、札束に気づいて、大粒の涙をこぼした。


「なにからなにまでありがとう。この恩は絶対に忘れない」


 こうしてジャラハルは、セットメニューを食べながら、雑踏に消えた。


 ムルティスは、彼の背中を見送りながら、もう一つセットメニューを注文した。


 だが、さきほどの商品の引き渡しで、代替品の野菜まで品切れしたらしい。


 肉だけのハンバーガーになるがそれでもいいかと質問されて、それでもいいやと思えるぐらい、ジャラハルとの会話は楽しかった。

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