第26話 生活レベルと親の懸念と心の悪魔

 ムルティスは帰宅したわけだが、ようやく賃貸を借りた。


 というか、マフィアを滅ぼしたことによって、チェリト大尉が高級マンションの権利を丸ごと手に入れた。


 その一室に、ムルティスは住むことにした。


 本来は四人家族が暮らす豪勢な部屋らしい。実際、面積は広いし、備え付けの家具も高価だった。


 つい数か月前まで、カプセルホテルに寝泊まりしていたのに、なんで高級マンションに住んでいるんだろうか。


 裏の仕事が成功するほど、あきらかに生活レベルが向上している。


 だが汚い金で手に入れた栄光なんて自慢にならないし、そもそも自分は潜入捜査の真っ最中なのだ。


 しかし心のどこかで、こんな生活も悪くない、と悪魔な自分が囁いていた。


 なにかが狂っていくのを感じていた。


 それはさておき、ディランジー少佐に定期報告した。


『こちらハンター。抗争に勝利して、組織の幹部クラスになりました』


『ずいぶん派手に暴れたな。こっちも大騒ぎだ。まぁそのおかげで、警察内の内通者がどれぐらいいるのか、わかってきたんだがな』


『そんなに内通者がいるんですか?』


『想像していたより多かったよ。しかもずいぶんと態度がデカい。仕事中に背中を撃たれないように気をつけなければ』


『……思ったより状況は悪そうですね』


『そっちの進捗はどうだ? ブローチに反応はないのか?』


『ないですね。どんな仕事をしていても、ブローチは反応しません。本当にあの組織は、Aを扱ってるんですか?』


『犯罪組織の結成当初、アジトは山側の倉庫にあってな。その時代に設置型の宝石が一度反応してるんだ。マジックアイテムは機械と違って誤作動はない。必ずどこかにAがある証拠だ。諦めずに探せ』


 諦めずに探すのはいいが、どこを探せばいいんだろうか。


 運送会社の本社にはなさそうだし、犯罪の拠点である湾岸倉庫にもそれらしいものはなかった。


 これまでのムルティスであれば、ピンとくるものはなかった。


 だがナイトクラブの所有権を手に入れたことで、閃くことがあった。


 運送会社の関係者が、個人で持っている物件に隠してあるのかもしれない。


『本部。表の仕事か裏の仕事か関係なく、運送会社の関係者が持ってる物件をリストアップしてください。もし現在の行動範囲で見つからないとしたら、そちらに隠してある可能性が高いので』


『わかった。やっておく』


 定期報告を終わらせたら、またもや妹のミコットに電話をかけた。


「元気だったか、ミコット」


『もちろんよ。でもちょっと今日は疲れやすかったかな』


 妹のミコットは、現在学校に通えないほど体力が低下している。


 心臓の調子が悪化しているのだ。


 早く移植手術をしないと、妹は死んでしまう。


 暗黒の契約書を発見して警察に費用を負担してもらうか、それとも裏の仕事で二億ゴールド貯めてしまうか。


 どちらの仕事が、妹のタイムリミットに間に合うんだろうか。


 ムルティスが移植費用の計算をしていたら、妹が突然こんなことをいった。


『ねぇお兄ちゃん、お父さんがお話あるってさ』


 電話の相手が、父親に変わった。


『ムルティス、仕送りの額、ずいぶんと多いようだが……そんなに稼げるのか、都会の仕事は?』


 どうやら悪いことをしているんじゃないかと疑われているらしい。


 常識の範囲内で仕送りしているが、父親は生真面目なので、こういうところがめざとかった。


「その仕送りは、ミコットの手術費用のために無理して送ってるんだから、無駄遣いしないでちゃんと貯めておけよ」


 ムルティスは、勢いでごまかすことにした。


 だが父親は、鋭い声をぶつけてきた。


『お前、悪いことして稼いでるだろ』


 さすがに自分の親であった。おそらく仕送りの額で疑うようになって、電話で声を聴いて確信したんだろう。


 だが事実を言えるはずがない。BMPの密売からマフィアとの抗争まで、すべてが法律違反だ。


 だが仕方ないのだ。潜入捜査を続けるためには、裏の仕事をこなすしかないのだから。


 心の中の悪魔が、本当は裏の仕事で稼ぎたいんだろう、と囁いているが、理性で無視した。


「そんなことない。たくさん残業して稼いでるんだよ」


 ムルティスは嘘をついた。家族に対して嘘を。


 またもや嘘が一つ増えた。


 軍隊時代の仲間たちにも嘘をついて、生まれ故郷の家族にも嘘をつく。


 潜入捜査の嫌なところだった。


『いいか、汚い金なんかで手術しても、妹は喜ばないぞ』


 それを決めるのは妹本人であって、父親ではない。


 と、ムルティスは思ったが、口には出せなかった。悪事で稼いでいることを認めてしまうからだ。


「とにかく、これからも仕送りするから、無駄遣いするなよ」


 ぷつっと電話を切った。


 高級マンションの広い部屋に静寂が広がると、父親の言葉がずしりと圧し掛かってくる。


 汚い金なんかで手術しても、妹は喜ばないぞ。


 たしかにそうなのかもしれない。


 だが他にどうしろというのか。元軍人というだけでまともな職業につけなかったし、第六中隊なんていまでも国民の嫌われ者だ。


 もし警察に切り捨てられるとしたら、妹を助けるためには裏社会の金を使うしかない。


 すべては妹のため、すべては妹のため。


 いつものおまじないで、心の乱れを強引に落ち着けるしかなかった。

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