第22話 魔法障壁を突破せよ

 ムルティスは自動車修理工場に到着した。


 ガナーハ軍曹は遅れて到着するみたいなので、先に偵察しておく。


 屋上付きの二階建ての建物だ。一階は開放的なガレージ、二階は事務所、屋上は洗濯物を干せる。


 ガレージの大きさから推測すると、最大八台の自動車を同時に整備できる。


 入り口は、自動車の出入りするガレージ正面、人間用の玄関、非常階段の三つだ。


 積極的に太陽光を取り込みたいらしく、窓がたくさんあった。


 しかも夜間であろうとも絶賛労働中なので、まるで自分から目標になるみたいに煌々とライトが光っていた。


 スナイパーの目線から見れば、屋外から屋内を撃ちやすい環境だった。


 戦場の要点を把握したとき、ガナーハ軍曹が現場に到着した。もちろん彼も覆面とコートでホビットに偽装していた。


「悪かった、アグサ4。合流時間に遅れてしまった」


 ムルティスは、自動車修理工場の要点をメモした紙を、ガナーハ軍曹に渡した。


「前のポイントで、なにかトラブルがあったんですか?」


 ガナーハ軍曹は、要点のメモに目を通しながら、申し訳なさそうにいった。


「暗殺対象の家族が現場にいてな。彼らが帰宅するまで待つしかなかった」


 さすがにマフィアを殺すことには躊躇しないだろうが、その家族を巻き添えにしたくなかったんだろう。


 ガナーハ軍曹らしい弱点であり、まさしく美徳であった。


 ムルティスは、裏仕事用のスマートフォンで、ターゲットのリストを表示した。


「暗殺対象の家族に恨まれるんでしょうか、俺たちは」


 ついさきほどナイトクラブで殺した四人にも、家族がいたはずだ。


 マフィアを殺すことにはなんの抵抗もないが、その家族が悲しむ姿を想像したら、ちょっとだけ胸が痛んだ。


 ガナーハ軍曹は、満天の星空を見上げた。


「恨まれるんだろうが、お互い様だろう。どちらも裏社会の人間だし、なんなら戦場でもルールは一緒だった」


 戦場でも、都市部の裏側でも、戦士たちは殺して殺される関係だ。


 どちらも同じリスクを背負っているなら、殺した相手の家族のことを考えてもしょうがないのかもしれない。


 チェリト大尉から、暗殺部隊全体に、経過報告が入った。


『敵の数は百名まで減った。だがそろそろ暗殺に気づかれるころだ。反撃に気をつけろ』


 すでに三百名殺したわけだ。さすがに元軍人だけの軍団で、一斉に暗殺を開始すると、仕事が早かった。


 ムルティスは、廃車の山に隠れると、工場内の人の動きを偵察した。


「工場内部が慌ただしく動き始めましたね。もしかしたらマフィアの間で、連絡のとれない仲間の情報が流れ始めたかもしれません」


 ガナーハ軍曹は、車両のトランクからショットガンを取り出した。


「銃撃戦だな」


 ムルティスも、車両の後部座席から、マークスマンライフルを取り出した。


「この工場、軍隊経験者を雇ったみたいですから、反撃に気をつけましょう」


 ライフルにマガジンを装填したとき、チェリト大尉に気になることを質問した。


『アグサ4から本部へ。俺たちの暗殺が気づかれそうなら、女将の囮も気づかれそうじゃないんですか?』


 そう、女将は自分の酒場で、マフィアのボスを接待することで、囮を担当していた。


 もし暗殺部隊によるマフィア殺害がボスに伝わったら、女将が嘘をついて接待していることがバレてしまう。


 もしかしたら報復で殺されてしまうかもしれない。三人の子供たちと一緒に。


 という懸念だが、すでにリゼ少尉が対応済みだった。


『こちらアグサ3。予定ポイントの制圧を完了したから、女将の酒場を見張ってるわ。どうやらマフィアのボスは、外野の情報なんて拾おうともしないで、女将を口説き落としたいみたいね。【すでに最高級ホテルのスイートルームを予約してある】だってさ。男って、なんでこんなときまで下半身で行動しようとするわけ?』


 どうやらマフィアのボスは、いまだに女将の酒を飲んでいるらしい。


 部下たちが次々と連絡不能になっているのに、なぜいますぐ反撃態勢を整えるか、逃走準備をしないのだろうか。


 ムルティスは、怠惰なリーダーほど組織の足を引っ張るやつはいないだろうなぁ、と思った。


 チェリト大尉は、ムルティスとガナーハ軍曹に指示を出した。


『他のポイントで銃撃戦が始まった。お前たちも普通に撃っていいぞ』


 どうやらマフィアたちも、ようやく仲間たちが殺されていることに気づいたようだ。


 自動車工場のマフィアたちも、隠してあった銃火器を取り出して、いますぐどこかに殴り込みをかけそうな雰囲気になっていた。


 ムルティスは、マークスマンライフルを背負うと、鉄塔のはしごをのぼっていく。


「俺は鉄塔から狙撃して敵の数を削ります。アグサ2は非常階段から攻めてください。十字砲火になりますから」


 ガナーハ軍曹は、ショットガンを構えながら、非常階段に向かっていく。


「了解した。ああそれと、わかってると思うが、工場の従業員は絶対に撃つなよ。彼らは真面目に働いてるだけだ」


「わかってますよ」


 ムルティスは、鉄塔の踊り場に、伏せうちの姿勢でポジションを確保。


 ライフルのスコープで、標的を選んでいく。


 ナイトクラブでも徹底したが、最初に狙撃するのは魔法使いからだ。


 メンバーリストによれば、自動車工場には二人の魔法使いがいるはずだ。


 一人目は初弾で殺せるが、二人目は対処が難しくなるだろう。


 そちらに関しては、ガナーハ軍曹との連携プレイで補うしかない。


「とにかくまずは一人目を殺しておくか」


 ドワーフの魔法使いだった。種族として背が低いので被弾面積がせまい。


 だが鉄塔から自動車工場まで三十メートルぐらいしか離れていないので、たとえ標的が小さかろうと、ムルティスの腕なら余裕で当てられる。


 レティクルの中心点に、背の低い標的をとらえると、ゆっくり静かに引き金を絞った。


 ずだんっと大きめの銃声が鳴ったとき、標的は胸部をライフル弾で撃ち抜かれて死亡した。


 マフィアたちは大騒ぎになる。どこから撃たれたんだと悲鳴をあげる。


 しかも魔法使いが真っ先に射殺されたから、軽くパニックを起こしていた。


 せっかく足並みが乱れてくれたので、次の標的を狙撃。


 頭部がぱしんっとスイカみたいに砕けて、胴体がゆっくりと後ろに倒れていく。


 脳みその汁を浴びた仲間たちが、奇声を上げながら逃げ惑った。


 普通の従業員も恐慌状態になって、しっちゃかめっちゃかに逃げ回っていた。


 だがこの混乱にまったく動じていないやつらがいる。


 マフィアに雇われた、元軍人の集団だった。


 ムルティスは、ガナーハ軍曹に報告した。


「アグサ4からアグサ2へ。非常階段の近くに集まってるやつらが、敵側の元軍人です。気をつけてください」


『アグサ2了解。これより突入する』


 ガナーハ軍曹は長方形の箱を開いた。


 手りゅう弾の詰め合わせである。在庫は六つ。これらを惜しげもなく非常階段近くの窓に投げ込んだ。


 まるで大太鼓が六回連続で叩かれたように、爆発音が連続した。


 すぐさまショットガンを構えて、非常階段から工場内部に突入。


 手りゅう弾の爆発から生き延びた元軍人に、ショットガンの散弾を叩きこんだ。


 たった二手で、敵側に雇われた元軍人は全滅した。


 たとえ実戦経験が豊富でも、爆発物で処理されてしまえば、せっかくの腕前を発揮する機会はなかった。


 ガナーハ軍曹が非常階段付近で戦っている間、ムルティスは作業みたいに狙撃を続けていた。


 かれこれ八人射殺していた。これぐらいの距離ならまず外さない。標的を間違えることもないため、普通の従業員を誤射することもなかった


 もし敵側の元軍人たちが生きていたら、工場の照明を落とすことで、狙撃をやりにくくしていたんだろう。


 だがもうすでに全滅しているため、屋外が暗いのに工場だけが明るい状態を維持してしまい、撃ちやすい標的と化していた。


 マフィアの誰かが叫んだ。


「狙撃してくるやつの位置がわからない! とにかく窓から離れるんだ!」


 マフィアたちは窓から離れて、狙撃から逃げようとした。


 だが窓から離れて、工場の広い場所に逃げ込もうとしたら、すでに内部に入り込んでいたガナーハ軍曹がショットガンで連続銃撃。


 数人がまとめて倒れた。


 ムルティスとガナーハ軍曹は、屋外と屋内で十字砲火を組んでいた。


 戦場でも散々やってきた手堅い殺傷方法なのである。


 だがムルティスは、まだ油断していなかった。


「アグサ4からアグサ2へ。敵側の魔法使いが、どこかで生きてるはずです。油断しないでください」


 ガナーハ軍曹は、工場内に倒れている死体を手早くカウントした。


『アグサ2からアグサ4へ。リストによれば、この工場にはあと一名生き残りがいる。そいつが魔法使いだろう』


『俺の視界には、マフィアらしき人影がいません。もしかして小部屋とかトイレとかに隠れてるんじゃないですか?』


 という予測は正しかった。


 最後の一名、ヒューマンの魔法使いは、工場の事務室から出てきたのだ。


 ただし最後の悪あがきをするつもりだ。


 事務員の女性を人質にとっていた。


「おい狙撃兵! この女を殺されたくなければ、いますぐ狙撃をやめろ!」


 マフィアの魔法使いは、魔法障壁を張りながら、拳銃を事務員の女性に突きつけていた。


 ムルティスは困惑した。もし警察が相手なら、その脅しは効果てきめんだろう。


 だが建前として、ムルティスたちは犯罪組織である。そんな女なんて知らないと無視されたら、人質の効果がないのだ。


 無論ムルティスは人質の女性を蔑ろにするつもりはないし、魔法障壁の前ではライフル弾なんて効果がないから、狙撃を停止していた。


 だがそんな細かい事情より、効果てきめんだったのは、ガナーハ軍曹の義侠心であった。


「卑怯なやつめ。その女性を今すぐ解放しろ」


 たとえ犯罪組織に在籍していても、ガナーハ軍曹は仁義の人である。


 無関係の女性を救うつもりなのだ。


 マフィアの魔法使いは、人質が通用したことが嬉しかったらしく、不気味な笑みを浮かべていた。


「いいか、この女を死なせたくなかったら、いますぐ武器を捨てろ」


 どうやらガナーハ軍曹には考えがあるらしい。敵には聞こえないように、小声でムルティスに通信した。


『アグサ2からアグサ4へ。いまからあいつを挑発して、攻撃魔法を撃たせる。そうしたら魔法障壁が解除されるから、その瞬間に狙撃しろ』


 理論としては正しい。戦闘級の魔法使いであれば、攻撃魔法を使った瞬間、魔法障壁が消えてしまうから、狙撃可能になるのだ。


 ただし理論値だ。ちょっとでもタイミングがズレてしまえば、もしくは狙撃を外してしまえば、ガナーハ軍曹に攻撃魔法が直撃するだろう。


「俺の狙撃が失敗したら、アグサ2に攻撃魔法が直撃するじゃないですか」


『お前の腕前を信じてる』


 尊敬している兄貴分に、こんなことをいわれてしまえば、ムルティスはすっかり上機嫌になった。


「そういわれたら、やるしかないですね」


 ムルティスは、マフィアの魔法使いに、レティクルを合わせた。


 魔法障壁が全身を覆っていて、照明の光を反射している。


 魔法使いと敵対したとき、もっとも厄介なのが、この魔法障壁だ。


 攻撃魔法だけなら、ロケットランチャーなどで代用できる。


 だが魔法障壁だけは、魔法使いの完全なる強みだった。


 防御方法が充実した敵というのは、歩兵が携行可能な火器では基本的に対抗できないのである。


 だからこそ戦闘体勢を整えた魔法使いを殺すには、創意工夫が必要だ。


 ムルティスとガナーハ軍曹は、創意工夫として、連携攻撃を選んだ。 


 ガナーハ軍曹は、ゆっくりとショットガンを地面に降ろしていく。


「いいか、武器を捨てるぞ。だからお前も人質の女性を解放するんだ」


「へ、へへ。こいつバカだぜ。なんでこんな赤の他人のために武器を捨てるんだ」


「そういうお前は、赤の他人を人質にとるなんて、マフィアの品格を下げてるんじゃないのか?」


「うるせーよ」


「どうだ。銃なんて使わないで、ご自慢の魔法で勝負してみないか」


「だまれ! とにかくそのショットガンを地面におろせ!」


「お前は腰抜けのままなのか? 人質をとったまま、魔法使いの癖に銃で脅すのか。なんて情けないやつだ。男らしくない」


「こ、このホビット風情が、いわわせておけば!」


 マフィアの魔法使いは、顔を真っ赤にするほど怒って、つい挑発に乗ってしまった。


 手のひらに魔力を溜めて、ガナーハ軍曹に攻撃魔法を撃とうとした。


 戦闘級の魔法使いが、攻撃魔法にリソースを割けば、魔法障壁はすーっと消えていく。


 ムルティスは、全神経を指先に集中していた。


 魔法使いの魔力が、攻撃魔法に変換される瞬間、指先が引き金を絞り切った。


 ワンショットワンキル。


 マフィアの魔法使いの顔面を綺麗に吹き飛ばした。


 しかも攻撃魔法は発動していない。死体となった魔法使いの手のひらに、ぱりぱりと魔力の残骸が残っているだけだった。


 ガナーハ軍曹は、人質の女性を救出した。


「ケガはないな?」


 人質だった女性は、こくこくとうなずいた。


「は、はい!」


「我々は撤収する。もし工場のスタッフに怪我人がいるなら、いますぐ救急車を呼ぶことだ」


「大丈夫です。スタッフの人たちは全員無事です。マフィアだけ死んでいます」


「了解した。これより撤収する」


 チェリト大尉から、進捗状況の報告が入った。


『マフィアは五名だけ生存しているが、そろそろ警察が動き出す。総員、現場から離脱。武器と乗り物はすべて廃棄処分しろ』


 暗殺部隊は、それぞれが担当していた現場から離脱していく。


 だがまだマフィアは五名ほど生き残っている。


 皆殺しにする計画だったのに、なぜ暗殺部隊は街から撤収したのか?


 すでにチェックメイトだからだ。

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