第21話 サタデーナイトキリングフィーバー
ムルティスは、覆面とコートでホビットに偽装してから、夜の街に出発した。
科学で生み出されたネオンと、錬金術で生み出された魔法灯が煌めく夜景に、暗殺部隊の陰が蠢いていた。
暗殺対象は、地元マフィアたちである。
本部の報告によれば、すでに十人ほど暗殺したようだ。
当然ステルスキルなので、マフィアの通信網に反応はないし、警察も騒いでいない。
この調子で静かに殺し続ければ、四百人なんてあっという間だろう。
ムルティスが暗殺を任された場所は、ナイトクラブだった。
戦争中も営業を続けた、夜遊びの中心地だ。
二階建ての大きな建物で、一階がダンスフロアになっていて、二階にバーと座席が用意してある。
建物全体に爆音のダンスミュージックが流れているため、鼓膜がおかしなことになりそうだ。
チェリト大尉から受け取った情報によれば、このナイトクラブには、マフィアが雇った魔法使いの用心棒がいるようだ。
真っ先にこいつを殺しておきたい。
もし銃撃戦になったら、敵に魔法使いがいるだけで、攻略難易度が跳ね上がってしまう。
魔法障壁を張られるだけで、銃弾が無効化されてしまうからだ。
ムルティスは、ナイトクラブで遊ぶフリをしながら、暗殺対象を探していく。
ダンスフロアには、酒と薬物で酩酊した俗物たちが、踊り狂っていた。
一晩限りのパートナーを見つけた男女たちが、すーっと裏口から抜け出して、ホテル街に消えていく。
もし普段のムルティスであれば、大人の遊び場だ、と腰が引けていたんだろう。
だが暗殺部隊の一員として行動しているため、俗物たちの行動をただの環境音だと思っていた。
魔法使いの用心棒を殺す。
それだけを目標に、ダンスフロアで遊んでいるフリをする。
ホビットのセクシーな女性が声をかけてきた。
「ねぇ、たくましいあなた、一緒に踊りましょう」
ムルティスは、ホビットの女性をにらみつけた。
戦場で何百人と殺してきた本物の殺意をぶつけられて、ホビットの女性は恐怖で動けなくなる。
邪魔者が黙ったので、あらためて標的を探していく。
ホビットの女性が半泣きで二階席に逃げたとき、ようやく魔法使いの用心棒を発見した。
エルフの男性である。どうやら鍛錬を怠ったらしく、でっぷりと中年太りしていた。
こんな機動性に問題を抱えたやつでも、初歩的な魔法が使えるだけで脅威になってしまう。
魔法障壁を張られる前に、なんとしてもステルスキルしたい。
じっとチャンスをうかがっていると、魔法使いの用心棒はトイレに入った。
どうやら酒を飲みすぎたせいで尿意を催したようだ。
絶好のチャンスであった。
ムルティスは酔ったフリをしながら、トイレに入った。
設備そのものは普通のトイレだが、薬物を使用する注射針や、アルコールの空瓶などが無造作に置いてあった。
おまけに奥の個室では、ホテルまで我慢できなかったカップルが、一戦おっぱじめていた。
そんな騒々しいトイレで、魔法使いの用心棒はチャックをあけて、じょろじょろと小便を垂れている。
隙だらけだった。
魔法使いを殺す鉄則は、不意打ちを決めることだ。
魔法障壁が驚異ならば、張られる前に殺せばいい。
漫画やゲームみたいに名乗りを上げて正々堂々と一騎打ちなんて実に馬鹿げていた。
ムルティスは、千鳥足を演じながら、用心棒の隣の便器でおしっこをするフリをして――いきなりコンバットナイフで脇腹を刺した。
用心棒の目が恐慌状態になる。
だが手遅れだ。
ムルティスは空いている手で用心棒の口をふさぎつつ、重要な臓器を連続で刺していた。
心臓、肺、肝臓、腎臓、すべてを刃物が貫通していた。
用心棒は、最後の力を振り絞って、魔法障壁を張ろうとしたが、わずかに空間に魔力が収束するだけで、なにも起きなかった。
死んだのである。
小便だらけになった死体を、掃除用具入れに放り込んで、血しぶきはホースで洗い流した。
暗殺が完了してからも、奥の個室でカップルはヤリ続けていた。
ムルティスは、トイレから脱出しながら、チェリト大尉に報告した。
「こちらアグサ4。ナンバー105を無力化しました」
『ナンバー105といえば魔法使いじゃないか! よくやったアグサ4。これでその店のマフィアどもはザコしか残ってない。あと三人ターゲットがいるから、一人残さず殺せ』
「了解。作戦を継続します」
残り三人のターゲットを探していくと、VIP席で発見した。
彼らは三人で固まって行動していて、粉末状の薬物を鼻で吸いながら、商売女たちと談笑していた。
薬物で酩酊しているやつなんて、殺すこと自体は簡単だ。
だが誰にも見つからないように殺すのが難しい。とくに商売女たちが邪魔だった。
三人がバラバラに行動してくれれば各個撃破できるのだが、おそらく彼らは各個撃破されたくないから集団で行動しているんだろう。
もし作戦に時間制限がないなら、彼らの帰り道を狙うのがベストだった。
だがこの作戦は時間との勝負だ。マフィアと警察に死体を発見される前に、どれだけ敵の数を削れるかで、作戦の成否が決まる。
迷っている時間が惜しい。
三人まとめてステルスキルするしかない。
覆面とコートの設定を、ナイトクラブのボーイと同じものに切り替えた。
ムルティスは、スタッフのフリをして、VIP席に入った。
商売女たちの視線を観察して、彼女たちの死角を発見。
台車でカクテルを運ぶフリをしながら、三人の側面に回り込む。
カクテルをテーブルに置いてから、一人目の脇腹にサプレッサー付きの拳銃を押し付けて、四連射。ナイトクラブは爆音で音楽が流れているので、ぽしゅぽしゅっという減音された銃声がまったく目立たない。
一人目をステルスキル成功。
もう一杯のカクテルを置いてから、二人目の脇腹に四発撃ち込む。
二人目もステルスキル成功。
だが三人目に気づかれそうになる。彼の口が開いて、大声で叫びそうになった。
ムルティスの機転。つまづいたフリをして、手に持っていたカクテルを三人目の顔面にぶちまけた。
どうやらカクテルが気管に入ったらしく、ごほごほむせている。
その隙に、拳銃を腹部に押し当てて四連射。
三人目もステルスキル成功。あとは商売女たちを帰らせるだけ。
ムルティスは、殺した相手の口元に耳を近づけて、ふんふんとなにか伝言を聞いたフリをした。
「マフィアのみなさんは、これから大事な会議を始めるみたいなので、もうお帰りになって結構ですよ」
VIP席の商売女たちは、お仕事モードおしまいという感じで、てくてく部屋を出ていった。
ムルティスは、VIP席の出入口に【会議中】の立て札を置いた。
こうしておけば、ナイトクラブのスタッフでもVIP席に入れないので、死体の発見を遅らせられる。
作戦完了だ。
ナイトクラブの裏口から脱出して、夜風を浴びたら、ほんの少しだけ心が日常に戻った。
まるで空から自分を見下ろすみたいに、ナイトクラブでの行動を客観視した。
暗殺部隊として行動することに、まったく違和感がなかった。
暗殺を思考してから実行に移すまで、なんの迷いもなかった。
戦争で培った技能を最大限に発揮して、敵兵を殺すことに高揚していた。
そう、敵兵だ。
ムルティスのなかで、マフィアは戦場における敵兵として認識されていた。
売人を殺すときも、女将にケジメをつけさせるときも、強烈な抵抗があったのは、彼らを敵兵として認識できなかったからだろう。
逆に考えれば、敵兵として認識してしまえば、機械的に殺せる。
二つの倫理観があるせいで、まるで二重人格みたいだなぁと思ってしまった。
それはさておき、安全圏まで離脱したので、チェリト大尉に報告する。
「こちらアグサ4。ナイトクラブのターゲットをすべてせん滅しました」
『本部了解。次は自動車修理工場に向かえ。なおアグサ2(ガナーハ軍曹)の合流が遅れるから、偵察して待っていてくれ』
「アグサ2が遅れるって、もしかして銃撃戦になったんですか?」
ムルティスは、ガナーハ軍曹が心配だった。彼だって有能な戦士だが、ステルスキルが得意なわけではない。
もし銃撃戦になったら、単独行動が足枷になってしまう。
『心配するな。ケガをしたとかそういうんじゃなくて、アグサ2の悪い癖が出たせいで、ターゲットを暗殺するのに時間がかかったんだ』
悪い癖。ガナーハ軍曹は優しすぎるから、敵にも同情してしまうのだ。
「俺は悪い癖じゃなくて、美徳だと思っています」
美徳。かつてムルティスが売人を殺したあと、ガナーハ軍曹に言われた言葉でもあった。
だがチェリト大尉は、やれやれといった感じで返事をした。
『お前らが親しいのは良いことだが、いまは作戦中だ。そういう話はあとにしろ。とにかく自動車修理工場に向かえ』
「了解」
『ああそうだ、わかってると思うが、ちゃんとライフルを持っていけよ。自動車工場を管理するマフィアは、うちと同じく元軍人を雇用してるからな』
元軍人同士が鉢合わせするなら、かなりの確率で銃撃戦になるだろう。
どうやら自動車修理工場の戦いは、スナイパーとして臨んだ方がよさそうだった。
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