第19話 ケジメと仁義と女将の酒場

 ケジメをつけさせるためにやってきたのは、個人経営の酒場だった。


 繁華街の一角にあって、面積もそこまで大きくない。座席数はカウンター込みで八つ。


 経営者は三十路の美しい女将だ。妖艶な狐みたいな女性だった。ペリュマサージ民主国では定番の民族衣装を着ていて、清楚な雰囲気でカウンターに立っている。


 女将には三人の子供たちがいて、お店の経営を手伝っていた。中学生の男子がひとり、小学生の女子が二人である。


 女将一家は、和気あいあいと商売していた。


 お客さんたちも、このお店の雰囲気が好きらしく、女将の子供たちに食べさせるために、一品余分に注文していた。


 ムルティスは、こんな平和な店を破壊するなんて正気の沙汰じゃないな、と思った。


「少尉、本当にこの店の女将を殺害するんですか?」


 リゼ少尉は、ムルティスの尻を蹴った。


「裏の仕事中は階級で呼んじゃダメでしょ、まったくもう」


「失礼しました、つい動揺してしまって。とにかく、殺す以外の方法はないんですか?」


「ちゃんと事情は聴くわよ。内容によって、殺すか殺さないか決めるの」


 できれば殺さないほうがいいなぁと思いながら、ムルティスは車を降りた。


 リゼ少尉も車を降りると、酒場の正面入り口に近づく。


 その姿を、女将が確認。さっと青ざめて、裏口から逃げようとした。


 だが裏口は、すでにムルティスが固めていた。


 女将は、ぶるぶる震えながら、やっとの思いで声を出した。


「み、見逃してください……」


 見逃してやりたい気持ちはあるのだが、それをやったらムルティスが疑われてしまう。最悪の場合は、警察の犬であることがバレてしまうだろう。


 すべては妹のために、すべては妹のために。


 自分の本心をごまかすおまじないを唱えて、女将の退路をしっかりとふさいだ。


 やがてリゼ少尉が合流。女将の襟首をつかんで、裏口から引っ張り出すと、裏路地の片隅に押しやってから、コンバットナイフを突きつけた。


「よくも警察に密告したわね」


 女将は軽く失禁するほど怖がっていた。


「ゆ、許してください。脅されてやったんです」


「……脅しって、誰に?」


「地元のマフィアです。もしあなたたちのことを警察に密告しなかったら、うちの子供たちを殺すって」


 どうやらマフィアに脅されて、しょうがなく密告したらしい。


 あんなに可愛い子供たちを人質に取られたら、まずいことになるとわかっていても、やるしかなかったんだろう。


 ならば、いきなり殺す必要はないはずだ。


 そう思ったムルティスは、リゼ少尉からナイフを取り上げて、質問した。


「子供を人質に使う卑怯なマフィアって、もしかして商売敵ですか?」


「そうよ。あちらさんもBMPの密売をやってるからね。でもうちの商品は正規品と同じぐらい品質が優れてるから、マフィアのBMP密売は廃業寸前まで追い込まれちゃって、こうやって強硬手段に出たわけ」


 チェリト大尉が管理するBMPは品質が良い。


 これは大事な要素だ。


 正規ルートでは、どんな錬金術師が製造したのかわかるように、ポーション類のボトルに製造者の銘柄を刻印する決まりがあった。


 たとえば個人で製造したポーション類であれば個人名が刻まれるし、工場生産であれば工場名が刻まれる。


 だが犯罪組織の取り扱うBMPは無刻印だ。非合法で製造されたものだから、誰が作ったのかわからないように隠してあるわけだ。


 製造元がわからないポーションなんて、普通は飲まない。


 もし粗悪品を飲んだら内臓を壊す可能性だってあるわけで、公の場で使用するなら正規品を買ったほうがいい。


 だがBMPは軍と警察以外の所有が禁止されているわけだから、民間人が使用するためには非合法のルートで手に入れるしかない。


 となれば、品質のいいBMPは飛ぶように売れる。


 だがなぜチェリト大尉の管理するBMPが、そこまで品質がいいのか、潜入捜査の視点で気になった。


 もしかしたら暗黒の契約書につながる情報かもしれない。


 と思うものの、ムルティスの立場で製造元を探ったら、潜入捜査がバレてしまう。


 とにかくいまは、女将の処遇をどうするのか優先したほうがいい。


 女将は涙を流しながら訴えた。


「夫は戦争で亡くなってしまったので、この商売で子供たちを食べさせてるんです。もしわたしが死んでしまったら、子供たちが路頭に迷ってしまいます。お願いします、許してください。なんでもしますから」


 どうやら女将は、表の商売である酒場と、裏の商売であるBMPの売人をやることで、三人の子供たちを養っているようだ。


 戦争が終わった直後だと、女手一つで子供三人を育てるのはそれほど大変なのである。


 ムルティスは、事情があるならしょうがないじゃないか、という立場である。


 だが、リゼ少尉は困っていた。


「うーん、事情があるっていうのはそうなんだけど、かといって密告を見逃したら示しがつかなくなって、他の売人たちがおかしなことを始めるから……」


 これだけ長時間女将を拘束していたから、三人の子供たちが裏口から出てきて、心配そうに見ていた。


「お母さんを許してください」「お母さん、なにも悪いことしてないよ」「お母さんをいじめないでよぉ」


 三人の子供たちは、じわっと涙を浮かべて、母親の命乞いをした。


 ムルティスも、リゼ少尉にいった。


「誰しも間違いがあるんですから、やり直しのチャンスを与えるのも、仁義だと思いますよ」


 さすがのリゼ少尉も、良心の呵責を感じたらしく、別の判断に切り替えた。


「ああもう、アグサ1に相談してみましょう」


 リゼ少尉は、裏商売用のスマートフォンで、チェリト大尉に連絡。


 女将が地元マフィアに脅されて密告したことを報告した。


 チェリト大尉は、二秒ほど悩んでから、明快な結論を出した。


『地元マフィアの連中も、そろそろ鬱陶しくなってきたしな。女将には囮をやってもらって、あいつらは皆殺しにしよう』


 どうやら商売敵をせん滅することで、この問題を解決することにしたらしい。


 ムルティスは、せん滅作戦を歓迎した。女将を殺害するぐらいなら、マフィアを皆殺しにするほうが気楽だからだ。


 リゼ少尉は、女将の肩をつかんで、説得をはじめた。


「ケジメを回避して生き残るチャンスよ。あなたはマフィアのボスを自分の店で接待して、嘘をつけばいいの。うちの組織をことごとく密告して、壊滅状態に追い込んだってね」


 女将は、ごくりと息をのんだ。


「ほ、本当に大丈夫なんですか? この作戦が失敗したら、うちの家族はみんな悲惨な死に方をすることになります……」


「前向きに考えましょう。この作戦が成功すれば、地元マフィアは滅びるから、あなたにも利益があるわよ。だってあたしたち、みかじめ料なんて徴収しないし、秘密さえ守ってくれるなら危害を加えるつもりもないし」


 みかじめ料の徴収なんて、チェリト大尉がやるはずがない。


 もしやろうとしても、ガナーハ軍曹が激怒して、殴ってでも止めるだろう。


 部隊の規律とは、下士官のモラルが決めているのだ。


 女将は、ふぅふぅと深呼吸してから、ぐっと握り拳を作って、ついに決断した。


「その作戦に乗るしかなさそうですね。マフィアのボスは、わたしに惚れてるみたいですから、そこをうまく利用しようと思います」


 決まりだ。これより元軍人だらけの犯罪組織は、地元マフィアせん滅作戦を開始する。

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