第18話 裏の商売にも広告と営業が必要です

 翌日、表の運送業務を定時退社後、またもや裏の仕事に従事する。


 裏の仕事は、もう一種類あった。BMPの利用者を増やすために営業・広報するのだ。


 使用する車両は汎用的な中型車だ。とくに違法なブツは積んでいないので、普通の車を使っている。ただしいつでも乗り捨てられるように、例のごとく架空の人物を登録してあった。


 運転手はリゼ少尉である。日中は営業っぽい格好をした彼女だが、夜間になると例の覆面とコートで見た目を偽装していた。


 エルフの娼婦だ。乳房なんて過剰なぐらい膨らませてあるし、お尻から腰にかけてのラインは狙いすましたように湾曲していた。しかもボディーラインを強調するために、いやらしい衣服を着ている。


 正直露骨すぎるのでは、とホビットに偽装したムルティスは思った。


「アグサ3(リゼ少尉)、なんで偽装の見た目を、エルフの娼婦に設定したんです?」


「一つ、見た目にインパクトがあると、本来の種族がワーウルフだって気づかれないから。二つ、男はみんな巨乳のエルフに弱いから、商談で強い!」


 リゼ少尉が、エルフの娼婦の見た目でウインクした。


 いくら演技だとわかっていても、やけに艶めかしかった。スケベな男だったら、つい鼻の下を伸ばしてしまい、商談で損するんだろう。


 ムルティスは、女って怖いな、と思うばかりだった。


「賢い選択ですね、アグサ3らしいです」


「そういうあんたは、なんで偽装先をホビットにしたわけ?」


「アグサ2(ガナーハ軍曹)の物まねですね」


「あんた、そういうところあるわよね。迷ったらあの人の真似するの」


 昼飯のメニューに迷ったり、どんなスポーツ番組を見るのか迷ったりしたら、ガナーハ軍曹と同じものを選ぶ。


 いまに始まったことじゃなくて、戦時中からずっとそうだった。


 ムルティスにとって、ガナーハ軍曹は道しるべなのだ。


「尊敬してるんですよ。兄貴分ですから」


「そうね。女のあたしには理解できない関係性だわ」


 なんて会話していれば、目的の建物に到着した。


 薬局である。店内には医薬品と一緒に、錬金術師が錬成したポーション類も売っていた。


 こちらの店舗は、医療省と錬金ギルドの二つから正式な認可を受けているし、店長の名前と登録してある電話番号も本物だった。


 こんな普通のお店でも、上手に営業すれば、BMPの宣伝担当になってくれるらしい。


 ムルティスは、いまいち構図を理解できなかった。


「そもそもBMPって、戦闘で使うポーションじゃないですか。それなのに普通の薬局が宣伝して、お客さんが増えるんですか?」


「あんたわかってないわね。日常で使う機会なんていくらでもあるのよ。娼館が快楽を高める魔法を強化する。闇医者が回復魔法の効果を底上げする。マフィアに雇われた魔法使いが抗争で使う。カタギの人間がおもしろ半分で使う。他にもたーくさん」


「人類っていうのは、良くも悪くも底が知れないですね……」


「ほら、無駄口叩いてないで、さっさと営業するわよ」


 リゼ少尉は、風のような速さで入店した。


「この人、水を得た魚みたいに活き活きと仕事してるけど、そもそも職業軍人より営業職の方が向いてたんじゃ……」


 ムルティスも、一歩遅れて入店した。


 店主は、バーコード頭の中年男性だった。どうやら筋金入りのスケベらしく、エルフの娼婦に偽装したリゼ少尉にデレデレと鼻の下を伸ばしていた。


 リゼ少尉は、販売カウンターに肘をついて、白くて眩しい谷間を見せつけながら、交渉を開始した。


「店主さんに頼みがあるんだけど」


 店主は、しゅぽーっと鼻息を荒くしながら応対した。


「ど、ど、どんな商品をお求めでしょう」


「手を組みましょう。あたしたちはあなたに広告料を払うから、あなたはあたしたちの商品を宣伝してほしいの。この店舗にはよく来るでしょう、BMPの潜在的なユーザーが」


 店主は、リゼ少尉が裏社会の人間だと気づいた。


「こ、困りますよ。こんな普通のお店に……これ以上ヘンなこというと警察呼びますよ」


「お願い、手伝って」


 リゼ少尉は、店主の手をぎゅっと握って、瞳にうるうると涙をためた。


 色香に泣き落しを混ぜた完璧な演技である。


 彼女は商売のためならウソ泣きもできるわけだ。


 女って本当に怖いな、とムルティスは思った。


 なお店主は、綺麗に誘惑されていた。


「ダメなものはダメですよ。うちはずっとまともな商売しかしてないんですから」


 と、いいながら、リゼ少尉の谷間や尻ばかり見ていた。


 どうやらえっちなことをさせてくれれば、裏商売を手伝うのもやぶさかではないらしい。


 なんて正直な男だろうか、とムルティスは一周まわって感心した。


 だが取引の場面で、スケベ心を抑制できないのは、商売人として致命的だろう。


 リゼ少尉は、店主の手をゆっくり引っ張ると、胸の谷間に差し込ませた。


 店主は、ひょーっと馬鹿正直に興奮しながら、リゼ少尉の偽装された巨乳を思う存分揉みまくった。


 この決定的な瞬間を、ムルティスが裏仕事用のスマートフォンで動画撮影した。


「アグサ3、証拠を確保しました」


 リゼ少尉は、店主の手首をがっしり掴むと、恐ろしい笑みを浮かべた。


「この動画、あなたの奥さんが見たら、どんな感想を持つのかしら?」


 店主は青ざめた。


「そんなことしないでください! うちの妻、娼館に通うだけで怒るような女ですよ!」


「それじゃあ、うちの商品を宣伝するしかないわね」


「あぁ……こんなことになるなら、娼館の巨乳エルフコースですっきりしてから店頭に立つんだった……」


 こんな言い訳をしているようじゃ、遅かれ早かれ色仕掛けに引っかかっていたはずだ。


 それはさておき、営業は成功した。


 車に戻ると、ムルティスはリゼ少尉に質問した。


「せっかく動画で脅したのに、広告料を払うんですね」


「効果は賄賂と同じだけど、広告料って名目で支払うと罪悪感が薄れるのよ。しかもお金を受け取った時点で共犯関係だって認識するから、警察や錬金ギルドに密告する可能性が減るわけ」


「こういうのってアグサ1(チェリト大尉)の発想じゃないから、アグサ3(リゼ少尉)が考えたんでしょう?」


「そうよ。地元の土着型マフィアは脅しだけで従わせてきたみたいだけど、ああいうのって長続きしないと思うわよ。だって脅したら恨まれるんだから、密告される可能性が高まるでしょ。密告されたら販売ルートがいくつか消えるんだから、広告料払うよりトータルでマイナスじゃないかしら?」


 ムルティスは確信した。リゼ少尉は職業軍人をやるよりも、民間企業で営業や広報をやるほうが向いていたのだ。


 だがBMPの販売は、表の商売ではなく、裏の商売だ。


 リスクヘッジは、かなり神経質にやらないといけない。


「興味本位で聞くんですが、いくら営業戦略で上手に立ち回っても、密告をゼロにできないと思うんですよ。そういうときって、どうするんです?」


 リゼ少尉は、ボールペンを取り出すと、ナイフみたいに握った。


「ケジメつけさせるのよ。ってわけで、これからケジメの営業に行くわよ」


 誰かが密告したから、これから処刑しにいくのだ。


 ムルティスは気が重くなった。また誰かを殺さないといけないのだ。いくら潜入捜査のためとはいえ、敵兵でもない相手を殺したくなかった。


 せめて同情心のわかない悪人であればいいのだが、リゼ少尉の営業方法から考えると、おそらく相手は一般人だろう。

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