第17話 嘘と人間らしさ

 運送会社に就職してから、ずっとカプセルホテルで寝泊まりしてきた。


 だが、せっかく裏の報酬で五十万ゴールドも手に入ったので、奮発してビジネスホテルに宿泊した。


 ありふれたサイズの部屋なのに、恐ろしく広い部屋に感じた。


 いつものカプセルルームが狭すぎるだけなのだが、それでも人間らしさを感じた。


 そう、人間らしさだ。


 どうやら人間というのは、どんな種族であろうとも、体を休める場所にこだわる生き物らしい。


 そろそろカプセルホテルを卒業して、アパートを借りたほうがいいのかもしれない。


 それはさておき、ディランジー少佐に定期報告した。


『こちらハンター。裏の仕事には入れましたが、Aの情報はいまのところありません。ブローチの反応もありませんでした』


『本部了解。引き続き情報を漁れ』


『一つ教えてほしいことがあるんですけど、組織の密売にいつ気づいたんです?』


『捜査に関する情報は、お前には教えられない規則だ』


 秘密にしたということは、タレコミの可能性があった。


 もし誰かがタレコミしたとして、BMPを卸売りしている側がやったのか、それとも売人側がやったのか。


 どちらにせよ、背中から撃たれる可能性があるので、警戒心を強めておいたほうがよさそうだった。


 ディランジー少佐への報告を終わらせたら、自分の金で購入したプライベート用のスマートフォンを使って、妹のミコットに電話した。


「ミコット。体は痛くないか?」


『今日はすごく調子がよかったよ。そういうお兄ちゃんは、運送のお仕事に慣れたの?』


「もちろん慣れたさ。先輩がすごく良い人でね、丁寧に仕事を教えてもらったんだ」


 表の仕事だけではなく、裏の仕事にも慣れてきた。


 もちろん誰にも秘密を教えるつもりはないが、こうやって普通に会話していると複雑な気持ちになってくる。


 潜入捜査の悪いところは、胃をすりつぶすようなプレッシャーに毎日さらされることだ。


 いつかバレるんじゃないかという恐怖もあるのだが、それ以上に第六中隊の仲間たちに嘘をつき続ける罪悪感が重かった。


 最初の一か月間は、なんとか耐えられそうな雰囲気だった。


 だが、二か月目あたりから、だんだんと苦しくなってきた。


 潜入捜査のシナリオから解放される瞬間が、ほぼないからだ。


 ムルティスの場合、ホテルに宿泊して、ひとりだけの時間になったときが、唯一心が休まる時間だった。


 だからこそ自身の心が発する誘惑に耐えないといけない。潜入捜査に関するあれこれを、妹に電話で話したくなる衝動に。


 だが妹に秘密を教えてしまったら、彼女にだって危険がおよんでしまう。


 じっと耐え忍ぶしかない。


「それじゃあ、また電話するから、体に気をつけるんだぞ」


『うん、お兄ちゃんも、無理しないでね』


 妹と電話を終わらせたら、ぐでんっとベッドに寝転がった。


 こんな生活、いつまで続くんだろうか。


 もし暗黒の契約書が消滅してくれるなら、ぱぱっと問題が解決して、新しい生活が始まるのだが、そんな都合のいい展開は起きない。


 ムルティスは、体と心の疲れを癒すために、さっさと寝ることにした。

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