二章

第9話 運送会社に潜入した

 翌朝、チェリト大尉が勤務する運送会社にやってきた。


 敷地の広さから建物の構造まで、都会ではありふれた荷物の拠点だ。大型の倉庫があって、何十台ものトラックが稼働している。


 トラックドライバーという職種の都合上、荒くれものが多い。パワー自慢のドワーフや、筋骨隆々のリザードマンなどをよく見かけた。


 そんな職員たちを横目に、会社の事務所をたずねれば、チェリト大尉が待っていた。


「よくきたな、ムルティス上等兵」


 チェリト大尉は、先月病院で会ったときより、充実した顔をしていた。顔色もよくなっていたし、身なりもよくなっている。


 きっと裏の商売で稼いだことで、生活に余裕があるんだろう。


 だが、そのことを指摘してはいけない。


 あくまで表向きの立場で把握できる情報は、チェリト大尉に誘われて、運送会社に就職したことだけである。


 それ以外の情報は、ディランジー少佐から受け取ったものだから、知らないフリをしないといけない。


 もし知りすぎている情報をぽろっと漏らしたら、潜入捜査がバレてしまうだろう。


 だからムルティスは、まるで病院から出てきたばかりで、なにが起きているのかわからない若者の口ぶりで挨拶することにした。


「チェリト大尉、病院で再会して以来ですね。机で仕事してるってことは、会社の偉い人になったんですか?」


 チェリト大尉は、余裕の笑みを浮かべた。


「うちの叔父が経営している会社だからな、その一部門をまかせてもらえたわけだ」


 一部門を丸ごとまかせてもらえたから、そこを犯罪の拠点にしたわけだ。


 運送会社の経営者である叔父は、チェリト大尉が世間に迫害されているから、親族の温情により拾ってくれたはずだ。


 それなのに、善意を裏切って犯罪の拠点を作るなんて、仁義に厚いチェリト大尉らしくなかった。


 だがそんなこと質問できるはずがないので、なにも知らないフリをしながら、入社用の書類を書き上げた。


 完成した書類を事務職員に提出したら、社長が事務室に顔を出した。


 チェリト大尉の叔父・ピッケム社長だ。


 筋肉自慢のダークエルフだった。基本的にエルフは細身の美形が多いのだが、彼はあきらかにパワータイプだった。肩幅は広いし、首も太い。さすがに運送会社の社長だけあって、筋肉の威光で社員たちをまとめているんだろう。


「お前がムルティス上等兵だな。チェリトから聞いてるよ。戦略級の魔法使いを仕留めたんだって」


 ピッケム社長は、がはははと豪快に笑いながら、ムルティスの背中を大げさに叩いた。


 どうやら彼は、ユグドラシルの木が折れたことを、あまり気にしていないようだ。


「社長は俺を責めないんですか。お前が余計なことをしたせいで、ユグドラシルの木が折れたんだって」


「とんでもない。本来、戦略級の魔法使いを倒せたら、二階級特進でボーナスがっぽがっぽなんだぞ。それなのに、みんなして罪をなすりつけて、よってたかって叩くなんて。この国は、いつから手柄をちゃんと評価できなくなったんだろうな」


 ムルティス自身も忘れていた。本来、戦略級の魔法使いを討ち取ったら、二階級特進でボーナス支給のはずだった。


 しかし政治マスコミインテリ国民に、ユグドラシルの木を折った悪者扱いされてしまえば、武功なんて吹き飛んでいた。


 だがピッケム社長は、腹立たしい大多数と違って、ムルティスの功績を正しく評価してくれる。


「ありがたい評価ですね。病院でリハビリしてるときも、街に戻ってきてからも、ずっと悪者扱いされてきましたから」


「安心しろ。おれは他の連中と違って、元軍人だろうと普通に雇うぞ。大切なことは、真面目に働くことだ。がんばったやつが評価されて、怠けたやつはクビだ。単純だろう?」


 事務スタッフにも、倉庫の従業員にも、トラックドライバーにも、元軍人がたくさんいた。


 本当にこの会社は、元軍人であっても雇用しているのだ。


 ムルティスは、心の底から感動した。


「いい会社ですね、本当に」


 潜入捜査のためのお世辞ではなく、本音で褒めていた。


 それだけ、この国の軍人叩きに嫌気が差していた。


 他の会社も、ピッケム社長と同じように、元軍人を採用してくれればいいのに。そう思わざるを得なかった。


 ピッケム社長は、リンゴをがぶりと丸かじりしながら、ムルティスのケツを軽く蹴った。


「お世辞はいい。いますぐ働くんだ。仕事はいくらでもあるんだからな」


 たとえ尻を蹴られても、人類の敵を採用してもらえるのだから、文句はない。


 あまりにも良い会社だから、潜入捜査を無視して、普通に働いてもいいぐらいだった。


 もちろん暗黒の契約書を探さないと、妹の心臓移植が実現しなくなってしまうから、こちらの仕事もがんばるが。


 ムルティスは、胸元に隠したブローチを、ちらっと確認した。


 反応なし。


 少なくとも運送会社の事務所内には存在しないらしい。


 だが運送会社の関係者が、どこかに隠しているかもしれない。


 倉庫の片隅、社員たちの自宅、運送会社の中継地点……もちろんチェリト大尉の犯罪組織が大本命だ。


 ディランジー少佐に受けたレクチャーによれば、犯罪組織が運送会社の設備を利用して、暗黒の契約書を国内に運び込んだらしい。


 その段階で、街中に設置してある白い宝石が、暗黒の契約書を感知。


 戦士ギルドの要請により、ディランジー少佐の率いる捜査チームが、暗黒の契約書を追跡した。


 だが政府内と警察内の内通者が、捜査上の情報を漏らしたせいで、どこかに隠されてしまった。


 だからムルティスに白羽の矢が立った。


 どこかに隠されているであろう、暗黒の契約書を探し当てるためには、ブローチの反応を頼りに、足で情報を稼ぐしかない。


 だが、いきなり犯罪組織に潜入できるはずがない。


 まずは普通に働いて、チェリト大尉の信頼を得てから、なにかうまいきっかけを作ることにした。

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