第7話 元軍人だと、職業安定場で求人を紹介してもらえない
ムルティスは、チェリト大尉の犯罪組織についてレクチャーを受けた。
運送会社を隠れ蓑にした、BMPの密売組織だった。
BMPとは、バトルマジックポーションの略だ。魔法使いの火力を底上げするためのポーションであり、錬金術師が作る普通の薬だ。依存性はないし、体に悪い成分もない。
ただしテロリストがこれを活用すると、戦闘級の魔法使いでも、戦術級の魔法使いと同程度の被害を出せるようになるため、軍と警察以外の使用は法律で禁止されていた。
そんなBMPを民間人に売りさばく犯罪組織を、チェリト大尉が管理していた。
ディランジー少佐は、ムルティスに潜入捜査の要点を説明した。
「この仕事の難しいところは、BMPの密売組織が、運送会社を隠れ蓑にしていることなんだ。運送会社の過半数の社員は真面目に働いてるだけで、裏の仕事に一切関与してない」
「つまりまずは普通に入社してから、悪い意味で見込みのありそうな社員にならないと、大尉から裏の仕事にスカウトされないんですね」
「理解したなら、さっそく行動開始だ。潜入の手順を守れよ」
ムルティスは、潜入の手順通り、まずは職業安定所にやってきた。
なぜ初手から運送会社の採用試験を受けないかというと、潜入捜査を成功させるためには、説得力が必要だからだ。
もしなんの脈絡もなく犯罪組織に入れてくれなんて頼んだら『そもそもなんでお前は、うちが裏商売で稼いでることを知っているんだ?』と疑われて、その場で殺されることになる。
だから説得力のあるシナリオを作らないといけない。
【チェリト大尉を頼る前に、自分で仕事を探したんですが、ぜんぜん見つかりませんでした。もしかしたら冤罪で逮捕されたせいで、印象が悪くなってるかもしれません。お願いです大尉、なんでもいいから仕事をください】
という潜入捜査用のシナリオを完成させるために、職業安定場を利用する。
「それはともかく、戦争が終わった直後だと、復員した連中でごったがしてるな」
職業安定所は、仕事を求める復員兵たちで混雑していた。もちろん一般のお客さんも利用しているが、割合としては少数だった。
復員兵たちのオーラは、一般のお客さんとは剥離していた。
戦争終結から二か月たっても、戦場の色を残していた。
隠しきれない殺気というか、いつどこから砲弾が飛んでくるかわからない恐怖で、常に体が力んでいるのだ。
きっとムルティスも、同じようなオーラをまとっているんだろう。
ならば、ますます潜入捜査用のシナリオを完成させないと、普通に働くことに説得力が出てこない。
ムルティスは、求職用の端末を操作して、利用者情報を登録した。
だが有効な求人件数は、ほぼゼロだった。
今年二十歳で満十九歳の若者なんだから、年齢で弾かれているわけではない。
隣の端末に移動すると、利用者情報を登録せずに、現在募集されている求人一覧を表示した。
そこそこの件数が募集されていた。
「つまり元軍人っていう肩書きだけで弾かれてるわけだ」
求人に関する法律によれば、元軍人というだけで就職を拒否することは、明確な違反のはずだ。
しかし現状として元軍人というだけで拒否されているし、警察も逮捕するつもりがない。
政府インテリマスコミ国民……すべての属性に拒絶されると、法律は機能しなくなるんだろう。
もし世界大戦に敗北したなら、その責任を負う形で働く口がなくなるのは、受け入れがたいが、まだ理屈としてわかる。
だが休戦条約が結ばれて戦争が終わったのに、なぜ就職先がなくなるのか。
国民は恐ろしい生き物だ、とムルティスは思った。
そんな個人的な感情はともかく、潜入捜査用のシナリオを完成させないといけない。
適当な求人案件に登録して、窓口に向かった。
職業安定所の職員は、冷たい顔で応対した。
「登録している企業は、あなたを採用したくないみたいです」
だったらなんで求人募集に載せたんだ、と言いたくなった。
だが潜入捜査のシナリオ作りの最中だから、穏当に答える。
「なぜですか? 俺はなにも悪いことをしていないはずですが……?」
「あなたは魔法が使えないし、錬金術の心得もないし、学歴がない中卒だ。仕事歴も徴兵された軍隊だけ。いったいどこに採用する理由があるんです?」
魔法が使えないことも、錬金術の心得がないことも、短所だと認めるしかない。
だが学歴が中卒扱いになってしまうのは、高校一年生で徴兵されたからだ。しかも三年間も戦場にいたから、徴兵されなかった同級生たちはすでに卒業している。
ムルティスは一切悪くない。
それなのに学歴が原因で門前払いを食らうのは、国家と社会のほうが間違っているだろう。
しかし不満ばかり述べていたら、潜入捜査の説得力がなくなってしまうので、しょうがなく演技を続けた。
「たしかに特技や学歴はありませんが、やる気はあるんです。本当です」
「でも戦場にいた人たちは、散々悪いことをしてきたじゃないですか」
三年間も世界大戦をやってしまうと、両陣営の兵士たちが均等に残虐行為を働いていた。
精神のすり減る消耗戦が続いたせいで、倫理観が壊れてしまったのだ。
だがムルティスは、軍の規律を律儀に守ってきた。
捕虜を正しく扱ったし、横領や横流しにも加担していない。
しかし国民たちは、元軍人すべてを戦争犯罪者だと思っているようだ。
「俺は戦争犯罪者じゃありませんよ。その証拠に、軍の刑務所に入ってないでしょ?」
「おや、でもあなたはユグドラシルの木を折った犯人じゃないですか」
なんで公務員であるはずの職業安定所の職員まで、誤った情報を信じているんだろうか。
さすがに潜入捜査のシナリオ作りを忘れるぐらい、怒りが前に出てきた。
「俺は敵兵を狙撃しただけだ。戦略級の攻撃魔法を撃とうとしたやつを。仲間を守るために。それがなんでユグドラシルの木を折った犯人にされてるんだ?」
ムルティスが怒り剥き出しで抗議すると、職員は冷や汗を垂らしながら目をそらした。
「とにかく他を当たってください」
「他ってどこだよ。ここは国の管理する職業安定所だろうが」
がらがらがらっとシャッターが閉じて、本日の受付は終了になってしまった。
ムルティスはシャッターを蹴っ飛ばしてから、悪態をついた。
あまりにも理不尽な扱いだ。なんで高校在学中に徴兵されて国のために戦ったのに、いざ戦争が終わって帰国したら悪者扱いなのだ。
いくらでも怒りのエネルギーは溜まっていたが、潜入捜査のシナリオ作りを続けないといけない。
破滅的な衝動をぐっとこらえて、他の地域の職業安定場も回って、民間の求人誌にも当たって、すべて門前払いされた。
取り付く島もなかった。まるで社会全体が元軍人を飢え死にさせようとしているようだった。
いくらシナリオ作りのためとはいえ、こんなことを続けていたら心が病んでしまう。
きっと自分以外の元軍人たちも、こんな調子で仕事を得られなかったから、犯罪で飯を食うことにしたのだ。
まったくもってバカげた社会だ。
精神的に疲れたムルティスが、公園の生け垣に腰掛けたら、誰かに話しかけられた。
「あんちゃん、苦労してるようだな」
四十代ぐらいの右足を失った傷痍軍人が、生垣を根城に路上生活していた。
「あなたも、戦場帰りですね」
「あんちゃんより、一年近く前に復員したんだ。この通り、戦場で役に立たなくなってね。だが世間ってのは冷たいよ。経済活動の役に立たないやつは、ゴミみたいに扱われる」
傷痍軍人は、ぼろぼろだった。衣服は擦り切れた迷彩服だし、血色は悪いし、義足を持っていなかった。
ムルティスは、世間の冷たさに悲しくなった。
「あなたは立派に戦ったから、足がなくなったんでしょう。それなら敬われるべきだ」
「そう思ってくれるのは、軍隊経験者だけ。他の連中は、いっそ死んでくれたほうがいいと思ってるんだ。足のない元軍人なんて、なんの生産性もないからね」
「生産性って……なんで世界はこんなことに……」
ムルティスは、どんどん落ち込んできた。潜入捜査のシナリオ作りなんてすっかり忘れるぐらい、元軍人の扱いの悪さに辟易していた。
傷痍軍人は、シケモクを吹かしながら、しみじみと語った。
「かつて剣と魔法の世界だったときは、王侯貴族と宗教家が支配者で、亜人種が差別されてた。それが銃と魔法の世界に進歩したら、今度は経済活動に役立たないものが平等に差別されるようになった。世界の支配者が、民主的に選ばれた議会と資本家に変わったからだな」
ムルティスはびっくりした。路上生活者が突然インテリみたいなことを言い出したからだ。
「学があるんですね」
「実は教員免許持ってんだよ。だがどこにも働き口がない。片足なくなった元軍人ってだけでな」
教員免許を持った働き盛りの男性が、傷痍軍人という理由だけで路上生活者になる。
こんなふざけた社会を守るために、あの悲惨な最前線で三年間も戦ったんだろうか。
ムルティスは、死んでいった仲間たちにも、この手で殺した敵兵たちにも、申し訳ない気持ちになってしまった。
だが、あの戦争に参加した理由は、家族を守るためであった。
そう考えると、参戦したことそのものを否定するわけにはいかないんだろう。
ならばせめて、この片足を失った功労者のために、明るい未来を祈るしかない。
「これは俺の気持ちです、使ってください」
ムルティスは、財布から数枚の紙幣を取り出すと、傷痍軍人に恵んだ。
「いいのかい? おれはもしかしたら、嘘の物乞いかもしれないよ」
このあたりでは嘘の物乞いが横行しているんだろう。世界大戦を三年間も続ければ、国力が疲弊して、誰もが貧乏になる。
だがムルティスは、傷痍軍人を信じることにした。
「戦場で足を失ったことだけは、嘘のつきようがないでしょう」
「……ありがとう。大切に使うよ」
傷痍軍人は、目じりに涙を浮かべながら、数枚の紙幣を宝物みたいに掲げた。
ムルティスは、傷痍軍人に別れを告げると、公園を出発した。
すっかり日が暮れていた。丸一日屈辱にまみれたおかげで、潜入捜査用のシナリオは完成していた。
本来の手順であれば、いますぐチェリト大尉に接触して、仕事を紹介してもらうはずだった。
だがその前に、やっておきたいことがある。
自分の目で、妹の病状を見ておきたい。
ディランジー少佐が嘘をついていると疑っているわけではない。
だが、これだけ元軍人が冷遇される社会であれば、どんな情報だって自分の目で確かめておかないと、思わぬところで足をすくわれるかもしれない。
そう判断したムルティスは、帽子とフードとマフラーで顔を隠してから、夜行列車で実家に帰ることにした。
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