第5話 留置所へようこそ
ムルティスは、留置場にぶち込まれた。
鉄格子で囲まれた狭い部屋は、かび臭くて、埃だらけで、いくつかの血痕が残っていた。
そんな部屋に、六名の容疑者が入っていた。誰もが悪人面で、暴力と犯罪の匂いをぷんぷんさせていた。
徴兵される以前であれば、怖い人たちであるとか、近づいてはいけない人たちだと思ったんだろう。
だがいまでは、彼らの目つきや物腰から元軍人であることが伝わってきて、親近感が湧いていた。
そんな容疑者のうち、青い鱗のリザードマンが、ムルティスの顔に気づいた。
「あんたの顔、見たことあるよ。ユグドラシルの木が折れた現場にいた人だろ?」
「俺が折ったわけじゃない。俺が敵の戦略魔法使いを撃ったら、そいつの魔法があのデカい木を折ったんだ」
「そうそう、どうにもこの国の賢いやつらはいけないね。国民から非難されるのを恐れて、すべての責任を元軍人に押し付けてくるんだから。おかげでおいらも仕事がみつからねーよ」
他の五人の容疑者たちも、こくこくとうなずいていた。
一般市民よりも、留置所にぶち込まれた犯罪者のほうが理解者であった。やっぱりこの世界は狂ってしまったんだろう。そう思わざるを得なかった。
ムルティスは、ぼろぼろのベンチに腰掛けると、青い鱗のリザードマンに質問した。
「あんたはなんで捕まったんだ?」
「ここだけの話、ちょっとしたブツを売りさばいててね。まぁ証拠は見つかってないから、無罪放免になるだろうけど」
どうやら違法な品物を売りさばいているようだ。
以前のムルティスなら、なんて悪いやつだと思ったんだろう。だがいまでは、たいした悪さじゃないなと思った。
それぐらいムルティスは、リハビリから逮捕されるまでの間で、人間不信になっていた。
「俺は市民への暴行容疑で捕まった。正当防衛だったのに。あと金庫の金を大家に盗まれたのに、なぜか俺が脅迫容疑で捕まった。この国は、元軍人をゴミみたいに扱ってる」
青い鱗のリザードマンも、膝を叩いて同意した。
「まったくだぜ。元軍人ってだけで、どこの職場でも門前払いさ。このままだと飢え死にするから、しょうがなくこっちの商売に手を出したんだよ」
他の五人の容疑者も、似たり寄ったりの理由で、裏の仕事に手を出して、逮捕されたようだ。
ムルティスは、元軍人が社会的に死んでいることを再認識して、より気分が重くなった。
「もしあの戦争に勝ってたら、勲章の一つでも貰えたんだろうか」
青い鱗のリザードマンは、長い舌をびよーっと伸ばして、あくびをした。
「たとえ戦争に勝ってても、経済が悪化したことのスケープゴートにされてたと思うぜ」
たとえ勝てたとしても、ひどい扱いを受けたのではないか。そう疑いたくなるぐらい、元軍人たちは政治や一般市民に対して不信感を抱いていた。
その後も容疑者同士でたあいもない雑談をしていたら、留置所の担当者がムルティスを呼びにきた。
「取り調べだ。さっさと外に出ろ。口答えするな、きびきび歩け」
留置所から引っ張り出されて、取調室に押し込まれた。
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