一章
第1話 銃と魔法の世界の戦争
大昔この世界は、剣と魔法の世界だった。
だが時代と共に科学が進歩して、銃と魔法の世界に変わった。
剣と魔法の世界だったとき、戦場の主役は【歩兵、重装騎兵、飛竜、魔法使い】だった。
だが銃と魔法の世界になってからは【機械化歩兵、戦車、戦闘機、戦略級魔法使い】に進化していた。
そう、戦争だ。現在、世界大戦の真っ最中だった。
ユグドラシルの木をめぐって、二つの陣営が争っていた。
あらゆる寓話で有名な伝説の木は、領有権を持った国に繁栄をもたらしてきた。
だからこそ、何百回と戦争の原因になってきた。
今回の世界大戦だって同じだ。
かれこれ三年近く戦っていた。どちらの陣営も被害多数で国が傾いていた。
だがそれでも戦争は終わらない。
ユグドラシルの木で利益を拡大するための戦争だったのに、戦争が長期化して国力が疲弊した結果、ユグドラシルの木で国力を回復させることが目的になってしまったからだ。
引き際を間違えたギャンブラーと同じである。実にバカげていた。
そんな泥沼の戦場に、ヒューマンの青年・ムルティスがいた。
三年間も戦場にいるせいで、十九歳の若者になっていた。
利発そうな顔と、愁いを帯びた瞳が特徴的だ。標準的な体型だが、ムダなぜい肉は一切なくて、瞬発力と持久力に長けていた。
徴兵当初は二等兵だったのに、がむしゃらに生き残ってきたら、上等兵に昇級していた。
弾丸と魔法が飛び交う戦場で、三年間生き残れるのは、猛者の証だ。
なぜなら生命探知の魔法があるせいで、遮蔽物や塹壕に隠れても、敵に発見されてしまうからだ。
ダークエルフで小隊長のチェリト大尉が叫んだ。
「火炎業火弾の魔法だ! 全員伏せろ!」
部下の兵士たちが一斉に伏せた。
火炎業火弾の魔法。空からクマより巨大な火球が落ちてきて、地面に着弾。激しい爆発と熱風が吹き荒れる。何名かの兵士が針みたいな熱線に貫かれて即死した。死体には真っ赤な穴が開いていて、ちりちりと死肉が焼けている。
ムルティスは、仲間が死んでしまったことに心を痛めた。
だが戦場では日常茶飯事なので、すぐに思考を切り替える。
軍用の無線機を起動して、友軍の戦術級魔法使いに支援要請した。
「こちらアルファ小隊。敵軍の戦術級魔法使いが攻撃魔法を撃ってきました。友軍の戦術級魔法使いに対処を頼みます」
だが返事はない。
代わりに、第六中隊の指揮官である、エルフのディランジー少佐が返事した。
『味方の後方部隊が、敵の飛竜部隊に奇襲されて、戦術級の魔法使いが暗殺された。繰り返す、わが軍の戦術級の魔法使いは暗殺された』
友軍の戦術級の魔法使いが死ぬと、敵軍の戦術級の魔法使いに対処するのが難しくなる。
なぜなら魔法使いは、魔法障壁に守られているせいで、銃弾で殺すのが難しいからだ。
そんな非対称性を活かして、敵軍の戦術級の魔法使いは、もう一発、戦術級の攻撃魔法を飛ばしてきた。
土石流の魔法。通称・塹壕潰しである。
「総員、塹壕から飛び出せ!」
チェリト大尉の指示で、部下の兵士たちが塹壕から逃げ出していく。
だが三名ほど逃げ遅れた。彼らは空から降ってきた土石流に飲み込まれて、塹壕の内側で圧死した。
ムルティスは、もしこの世界に魔法がなければ、塹壕の生存率はもっと高かったんだろうな、と思った。
だが、文句をいっても生存率は上がらないので、次の塹壕に飛び込んだ。
敵の連携攻撃から逃げるためだ。
土石流の魔法で塹壕を埋めてから、そこから脱出したやつらを榴弾砲で仕留めるのが、両陣営で流行している戦法だった。
チェリト大尉が、すぐさま指示した。
「総員、近くの塹壕に飛び込め。すぐに砲弾が飛んでくるぞ」
ひゅるるると空から砲弾が落下してくる音が響いて、すぐ近くに着弾。
次の塹壕に入れなかった兵士たちが、爆風と破片に巻き込まれて死んだ。
ムルティスは、またもや味方の兵士が死んでしまったことを悲しんだ。
それと同時に、敵軍の魔法使いの運用に違和感を覚えていた。
いくら最前線だからといって、こんな短い間隔で戦術級の魔法が飛んでくるなんて絶対におかしい。
敵味方問わず、戦術級の魔法使いは貴重な戦力なんだから、いざというときだけ前に出すはずだ。
だが今日は、二回連続で戦術級の魔法が飛んできた。
つまり敵側の戦術級の魔法使いは、わざわざ最前線に陣取っていることになる。
ムルティスは、塹壕から頭だけだして、双眼鏡で敵の陣地を観察した。
全体的に混乱が起きていた。敵兵の足並みが乱れて、負傷者の搬送も行われている。
なぜ彼らが負傷しているんだろうか。こちらは反撃していないのに。
なにかトラブルが起きている。
その原因に気づいたのは、ワーウルフの女性だった。戦術級より一つ下のランクで、戦闘級の魔法使い・リゼ少尉である。
「ちょ、ちょっとまずいわよ、あいつが練ってる魔法式って、戦略級よ! なんでこんな最前線に戦略級の魔法使いがいるわけ!?」
戦略級は、戦術級の一つ上のランクであり、最高クラスの魔法使いのことだ。
戦略級の攻撃魔法を使えば、たった一発で小さな町を破壊できる。もし術者の技量が高ければ、都市部だって一撃だ。あまりにも強力な攻撃魔法なので、戦略級の魔法使いを五人保有していれば、大国と呼ばれるぐらいだった。
それぐらい重要な人材なんだから、普段は本国の軍事基地で待機しているはずだ。
だが事実は小説より奇なりだ。
敵軍の戦略級の魔法使いは、なぜか最前線にいる。
チェリト大尉が冷や汗を垂らした。
「うちの陣営も大概だが、敵の陣営もいよいよ頭がおかしくなってきたな。万が一戦略級の魔法使いが戦死したら、国家的な損失だろうに」
ムルティスは、チェリト大尉に質問した。
「戦略級の攻撃魔法って、やっぱ俺たちのいる高山に撃つつもりですよね」
第六中隊は、色々な土地を転戦してきたが、最近は高山地帯を防衛していた。
ここはユグドラシルの木に通じる道を見下ろせる高台であった。
敵軍にしてみれば、目の上のタンコブだったはずだ。
「もしかしたら、高山という地形ごと消したいのかもしれん。敵にしてみれば、とんでもない数の戦死を生み出した憎き山だろうし」
チェリト大尉が分析していると、リゼ少尉がふさふさの尻尾で砂利だらけの地面を叩いた。
「ノンキに分析してる場合じゃないでしょ。戦略級の魔法を撃たれる前に殺さないと」
作戦を決めたのは、第六中隊の指揮官であるディランジー少佐だ。
『マジシャンキラーで狙撃するしかないな』
マジシャンキラー。対魔法障壁用徹甲弾である。錬金術師の作った高価な砲弾で、魔法使いの魔法障壁を貫ける。
ただし万能ではない。もし戦略級の魔法使いが防御に徹しているなら、魔法障壁が分厚くなっているため、貫くことはほぼ無理だ。
だが攻撃魔法を撃つ瞬間だけは、必ず障壁が薄くなるため、その瞬間にマジシャンキラーを撃てばいい。
なんて理想論を述べたが、それ以前の問題があった。
「マジシャンキラーって、人間が構えて撃つもんじゃなくて、車両の砲身で撃つやつですよ。うちの部隊、戦闘用の車両が品切れしてるのに、どうやって撃つっていうんです?」
ムルティスがいったことは、本当のことだった。ここ最近の攻防で、高山を防衛する側も、攻略する側も、すべての戦闘車両を失っていた。
それどころか、丸々一か月、戦車と戦闘機とミサイルを見ていない。
そんな劣悪な装備状況で、どうやってマジシャンキラーを撃つのか。
ディランジー少佐が発表した。
『再生兵器を使う』
第六中隊は、破壊された歩兵戦闘車の機関砲を地面に埋めて、固定砲台みたいに使っていた。これにマジシャンキラーを装填して、敵の戦略級魔法使いを狙撃するわけだ。
苦肉の策というべきか、正気の沙汰ではないというべきか。
どちらにせよ、他に手段はなさそうだった。
では誰が再生兵器でマジシャンキラーを撃つのか?
チェリト大尉が、ムルティスの肩を叩いた。
「第六中隊で一番狙撃がうまいのは、スナイパーのお前だ。おれたちの命、預けたぞ」
ムルティスは、なんともいえない気分になった。
たしかに狙撃がうまい自負はある。だが第六中隊の命運をかけた一発を任されるとは思っていなかった。
第六中隊の仲間たちは、ムルティスを信じているが、過剰な期待はしていなかった。三年間も戦争をしてきたせいで、生き残る意識が希薄だからだ。
だがそれでも、ムルティスは真面目に狙撃するつもりだった。この三年間、ずっと一緒に戦ってきた仲間たちを守るために。
気合を入れながら再生兵器の銃座に座ったら、すぐ隣にリザードマンの男がついた。
「ムルティス、スポッターはまかせろ」
リザードマンのガナーハ軍曹だ。
ムルティスが徴兵された直後、電車のボックスシートに座っていた彼だ。
ムルティスとガナーハ軍曹はすっかり仲良くなっていて、弟分と兄貴分の関係になっていた。
「軍曹、貧乏くじかもしれませんよ」
もし狙撃を失敗したら、第六中隊は全滅だ。死んだ仲間たちには叩かれないだろうが、最近迷走している軍本部や、誇張表現が常のマスコミには叩かれるだろう。
だがガナーハ軍曹は、不器用に微笑んだ。
「あの世に行ったとき、一人で責められるより、二人で責められたほうが気楽だろう」
どうやらガナーハ軍曹は、失敗の責任を分散させるために、わざわざスポッターをやってくれるようだ。
ムルティスは、ガナーハ軍曹に感謝した。
彼は、いつでも模範的な軍人であった。
第六中隊に入隊した当初から、厳しくも優しい人であった。
ムルティス以外の若い兵士にも尊敬されていた。
そんな相手にスポッターをやってもらえるなら、とても心強い。
ムルティスは迷いや不安を投げ捨てると、再生兵器のスコープをのぞきこんだ。
戦略級の魔法使いを確認。大木の頂上に仁王立ちして、恐ろしい量の魔力を練っている。うまくいえないのだが、顔色が悪いというか、目つきが淀んでいる感じだった。
ああいう感じの表情を、戦場ではたまに見る。錯乱した新兵が、大声で叫びながら塹壕を飛び出すときと同じ表情だ。
なぜ戦略級の魔法使いが、錯乱した新兵と同じ表情をしているのか疑問に思うが、いまはとにかく狙撃に集中したほうがいい。
ガナーハ軍曹も、狙撃銃のスコープを使って、敵との距離を計測。
「距離八百メートル。風速三メートル。空気抵抗と重力の影響を修正するために、狙撃ポーションを飲んでおいたほうがいい」
ムルティスは、錬金術師の錬成した、狙撃ポーションを飲んだ。狙撃スキルが向上して、弾道に対する空気抵抗と重力による影響が軽微になった。
ただし、あくまで補助的なアイテムだ。
ちゃんと敵に当てるためには、狙撃の技術が必要である。
ムルティスは、なぜか狙撃がうまかった。魔法は一切使えないし、学もないが、なぜか遠くの標的に当たるのだ。
軍事の道理にはあっていない。狙撃手には弾道計算の知識が必要なのだが、そのあたりを感性でカバーできてしまうからだ。
しかし第六中隊を救えるなら、道理なんてどうでもいいだろう。
戦略級の魔法使いが、攻撃魔法の詠唱を終わらせるまで、あと何秒ぐらいだろうか。
戦闘級の魔法使いであるリゼ少尉が、だいたいの時間を計算した。
「あと五秒ぐらい。心の準備をして」
あと五秒。短いようで長い時間だった。
タイミングが難しい。敵が魔法詠唱を終わらせて、攻撃魔法を撃とうとした瞬間に、再生兵器の砲弾を当てないといけない。
幸い弾速の速い砲弾だから、そこまでシビアなタイミングにはならないはずだ。
とはいえ、チャンスは一度しかない。
もし外したら、防衛拠点である高山地帯ごと第六中隊は消滅する。
せっかく三年間も生き残ったのだから、今回だって生き残りたかった。
ユグドラシルの木なんてわけのわからないオブジェクトの近くで死ぬより、生きて故郷の土を踏みたかった。
そんなことを考えていたら、ついに戦略級の魔法使いが魔力を練り終わった。
彼の手のひらにまばゆい光が収束して、灼熱の魔力で空間が歪んでいた。
だがまだ魔力障壁は薄くなっていない。
彼は、いつ攻撃魔法を解き放つんだろうか。
ムルティスは、撃つタイミングを推し測っていた。
戦略級の魔法使いの淀んだ瞳には、殺意や気迫みたいなものがなかった。
目的意識の欠如というか、これから大量殺戮を行う感覚がないというか。
ただひたすら虚無があるのだ。
一陣の風が吹いた。戦場の土煙に、血と硝煙と腐敗臭が混ざる。
それが合図になって、ムルティスと戦略級の魔法使いは同時に動いた。
戦略級の攻撃魔法、竜陣破断砲。
マジシャンキラーの高速砲弾。
二つの飛び道具が、己の力を発揮するために、この世界へ産声を上げた。
先に着弾したのは、マジシャンキラーだった。
戦略級魔法使いの魔力障壁を綺麗に貫いた。
大型の砲弾が直撃すれば、いくら魔法使いでもひとたまりもない。
上半身と下半身が勢いよく千切れた。
だが戦略級の攻撃魔法は、すでに発動している。
千切れた上半身の手のひらから、幾何学模様の魔法陣が浮かんで、明後日の方向へ小山ほど巨大な溶岩の塊が飛んでいった。
ムルティスは、まるで夢でも見ているような目つきで、溶岩の塊を見ていた。
飛んではいけない方向へ飛んでいる気がした。
ユグドラシルの木。
世界大戦の目的そのもの。
人類が二つの陣営にわかれて三年間も殺し合った象徴。
そんな大切なものに、戦略級の攻撃魔法が着弾しようとしていた。
だが止める手段なんてない。両陣営ともに戦車も戦闘機もミサイルも品切れだ。
友軍の兵士たちも、敵軍の兵士たちも、あっと息をのんでいた。
ムルティスも、ぼーっと見ていた。なんだかバカらしいとすら思っていた。
壊れてしまうなら壊れてしまえ。どうせ自分には関係ないことだ。
そんなことを考えてしまうぐらい、ユグドラシルの木が嫌いであった。
やがて溶岩の塊が、ユグドラシルの木に着弾した。
町を一つ破壊できる高熱の爆風が、ユグドラシルの木をへし折った。周辺の小屋から草原まですべてを焼き尽くして、取り残されていたガスインフラに引火して誘爆。
ユグドラシルの木が折れた木片と、溶岩の熱風と、ガス爆発の衝撃波が、全方位に飛び散っていく。
爆発の余波は、なんと高山地帯まで到達していた。
ムルティスの左側面に強烈な衝撃。爆風で吹き飛ばされたユグドラシルの木の破片が突き刺さっていた。
ケガするのは日常茶飯事だが、ケガした直後に意識が真っ白に染まっていくのは初めてだった。
どうやら瀕死の重傷を負うと、痛いという感覚すら吹っ飛んで、意識がすーっと薄れていくらしい。
この三年間、運よく生き残ってきたが、いよいよ死ぬようだ。
ガナーハ軍曹の衛生兵を呼ぶ声が山びこみたいに聞こえてくるが、もしかしたらあの世からの呼び声かもしれない。
きっと死んでいった仲間たちや、殺した敵兵たちが、恨み言をいっているんだろう。
お前も道連れにしてやると。
ムルティスは、ついに意識を失って、ガナーハ軍曹の呼び声も聞こえなくなった。
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