異世界の挽歌 ~あの世で結ばれる義兄弟の誓い~
秋山機竜
プロローグ 徴兵
ムルティスというヒューマンの男子高校生がいた。
まだ高校に進学したばかりなので、制服のサイズはちょっと大きめだ。
教科書だって新品同様だし、通学用の自転車も真新しかったし、下宿先の鍵だって持ち慣れていなかった。
これからどんな学校生活が待っているんだろうか。たくさん友達はできるだろうか。もしかしたら彼女だってできるかもしれない。
期待と不安で胸を膨らませていたら、学校に召集令状が届いた。
徴兵である。
戦争が始まったのだ。
教室にやってきた軍の担当者いわく、いつ復員できるかわからないという。
だが祖国を守るためには、武器を持って戦うしかない。
ムルティスは、家族を守るために、徴兵に応じた。
支給されたばかりの軍服を着て、軍港行きの列車を待つ。
両親と妹には、昨晩のうちに別れの挨拶をすませてきた。
十歳の妹との会話は、鮮明に覚えている。
『お兄ちゃん、絶対生きて帰ってきてね』
『必ず帰ってくるよ。お前は体が弱いから、心配だしな』
『わたし、がんばって100メートル走、まともに走れるようになるから、お兄ちゃん元気出して』
妹は昔から病弱で体力がなく、100メートル走を完走することすら難しかった。
そんな子が、兄を励ますために、自分の苦手分野を克服しようと決意したのだ。
ならばムルティスだって、なにがなんでも生きて帰るべきなのだ。
だが正直なところ、戦争なんて行きたくなかった。
鉄砲で人間を撃つなんて無理だと思っていた。いやそれどころか敵に撃たれて死んでしまうかもしれない。
戦争は怖い。昨晩だってあまり眠れなかった。
なんで戦争なんて起きるんだろうか。
偉い人たちの事情はよくわからないが、もし戦争をするなら勝ってほしかった。
ついに列車が到着してしまった。まるで地獄につながる直通便に見えた。
重い足取りで乗車したら、乗客は徴兵された兵隊だらけだった。
誰もがそわそわしていた。これから戦場に向かうのだから、不安と悩みは星の数ほど多いだろう。
ムルティスがボックスシートに座ると、対面には筋骨隆々のリザードマンが座っていた。
「まさかお前みたいな子供が徴兵されたのか、まだ学生だろう?」
彼も徴兵された兵士だ。新品の軍服を着ていて、簡素な荷物を持っている。
「はい、高校入学したばかりで、いきなり召集令状です」
「どうかしてるんだ、この国は。こんな若者を戦場に連れ出すなんて」
「あなたも徴兵されたんですか」
「ああ、物流の仕事をやってたんだが、元気なやつは根こそぎ徴兵らしい」
「勝てるんでしょうか、この戦争」
「わからん。だが徴兵された兵士が優先すべきことは、生き残ることだ」
自分が生き残ることを優先して、敵兵を殺すことを優先しなくてもいい。
きっとリザードマンの先輩は、そういっているんだろう。
初対面の彼に、ちょっとしたアドバイスをもらったら、ムルティスの戦争への不安は少しだけ軽くなった。
「あなたのアドバイスのおかげで、なんだか心が軽くなりました。ぜひとも名前を教えてください」
「ガナーハだ」
「俺はムルティスです。よろしくお願いします」
ムルティスと、ガナーハは、握手をした。
この出会いは、ただの偶然だった。
だが彼らの運命は、まったく同じ道を走っていた。戦時中だけではなく、戦後まで、ずっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます