第3巻-第1幕- 5年前のアイドルグループ
夏の陽光が訪れ、日差しが強く蒸し暑くなってきた頃。街行く人々は衣替えをして涼しげな半袖の服装、薄手の服装を好んで着ていた。照りつける日差しから身を逃れるため、傘を差して街へ出かけている人もいる。そんな六月末。
扇風機の風に当たりながら
「今日はどうするんだ?」
キッチンから隆善が自分用の朝食を持ってきてカウンターに置く。内容はほぼ一牙と同じだ。
「んー、多分そのまま真っ直ぐ帰ってきて手伝いになるかな」
「そっか」
隆善はキッチンから新聞を読む時に使っている椅子を引いてきて、一牙の隣に対面するように座る。肘をつきながらリモコンのボタンを押した。
『——ございます!
如月喫茶には三番テーブルの上に小さめのテレビを置いてある。基本的に店が営業している時には付けないのだが、開店前や客がいなくなって暇になった時はこうやってテレビを付けて暇を潰している。
今は全国区で放送されている朝のニュース番組が丁度始まった頃のようだ。
一牙はポタージュのカップを手に持って席を反転させ、テレビの方を見る。
本日の天気は晴れ。降水確率は一〇%。最高気温は三一度まで上がる予想だ。
「次の休み、エアコンの掃除でもすっか」
「まだしてなかったのかよ」
「あー……まぁ……」
「早めにやっておかないとサウナになるぞ、店」
「わーってるって。だからこうやって掃除すっかって言ったんだろうが」
ザクッと隆善がピザ風トーストを齧る。友人の
もうすぐ夏も本番だというのにエアコンの掃除をしていなかったとは。昼時の如月喫茶がどんな状態なのかは学校に行っている一牙はあまり分からないが、そろそろこの暑さだと扇風機だけで凌ぐのは難しいだろう。
ポタージュを飲み干して片付けをしようと席を離れた時——
「おっはようございまーす!」
店の入口が思いっきり開け放たれ、ベルが大きくカランカランと鳴る。
入ってきた人物はというと——
「おはよう、
「おはようさん」
如月喫茶の超常連で一牙の幼馴染でもある
隆善も一牙もドアが思いっきり開け放たれたことに驚かず、それがいつもの光景だと言わんばかりに柊茄に挨拶を返していた。
柊茄も一牙と同様に白色のカッターシャツを着て衣替えをしていた。スカートはいつもと変わらない紺色の色合いのものだが、心なしか生地が薄いように見える。黒緑のショートヘアを留めている葉の髪留めは、雫の髪留めに変わっていた。
店に入ってきた柊茄は一牙が座っていた席の左隣に座り、キッチンへ食器を返しに行った一牙を待つ。
「あら柊茄ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
とそこにトイレの方から姿を現した
舞柚の手には大量のトイレットペーパーが入っている籠があり、ついさっきまでトイレットペーパーを変えていたことが想像出来る。
「もう朝ご飯は食べたの?」
「はい、食べてきました」
「そう? じゃあお水でも入れてゆっくりしてて」
「はーい」
柊茄は席を立ち、舞柚から渡された空のコップを手に取ってカウンターに入ってくる。アイスディスペンサーから氷水をコップに入れ、さっきまでの席に戻る。
すすっと氷水を飲み、朝でも蒸し暑く感じる体温を冷やした。
キッチンへ食器を返した一牙もコップを取って氷水を入れる。歩きながら氷水を飲み、自分の席に戻った。
「あ、舞柚さん! 冷凍パイナップルのアイスパフェ、よろしくお願いします!」
一牙が席に戻ると、柊茄が突然カウンターへ身を乗り出して舞柚へ注文を言った。カウンターに置いてあった氷水入りのコップが柊茄の体に当たって零れるかと危惧した一牙だったが、間一髪コップは倒れなかった。
「あらあら、もうその情報仕入れたの? 一牙から?」
「いや俺は教えてないぞ」
「多分もうそろそろかなーって思って」
「そうねぇ。今年はちょっとだけアレンジを加えようかなって思ってたの。試食代わりとしてなら用意するわよ」
「本当ですか! やった!」
「それじゃあ帰ってくる頃合いを見て用意しておくわね」
「お願いしまーす!」
夏が近づくと如月喫茶のメニューにも夏っぽい期間限定メニューが追加される。それが『冷凍フルーツのアイスパフェ』だ。
新鮮なフルーツを凍らせ、提供する際に程よい具合に解凍しておくことでザクッとした冷凍フルーツの新鮮な食感が楽しめる。フルーツの酸味にバニラアイスの甘味が混ざることで絶妙な味わいを引き立たせ、清涼感を感じさせる。パイナップルの他にも苺、キウイ、蜜柑、葡萄の種類があり、全品それぞれ七五〇円。時折、舞柚の気まぐれでグレープフルーツやスイカといったフルーツも追加される。あくまで気まぐれだが。
『——続いてのニュースです。人気アイドルグループ『
「あ……」
先ほどまでの明るかった柊茄は消え失せ、少し物悲しくなる。氷水入りのコップを両手で握り、水面に映る自分の顔を覗き込んでいるようだった。
「そうか……もう五年か……」
「早いものね……」
隆善と舞柚がテレビを見ながら小さく呟く。
TWINKLE☆STARというのは今から約五年前、一牙たちが幼稚園くらいの時期に流行ったアイドルグループだ。五人のメンバーで活動し、日本にアイドルブームを巻き起こした。ライブがあれば会場の外まで人が溢れる程超満員、テレビに出れば視聴率は激増、CDやグッズは発売日に即完売という現象を生み出した。
だがそんなある日、メンバーの一人の鳴海七胡が水無月市の農村部にある空き家で遺体として発見された。それによりTWINKLE☆STARは四人で活動していくこととなったが、上手くいかず、半年程でグループは解散すると発表した。以降、メンバーはソロで活動を続け、バラエティーでたまに姿を見るくらいになった。
このアイドルブームに一番に乗っかってショックが大きかったのが柊茄だ。
柊茄はTWINKLE☆STARが活動を始めた当初からのファンで、特に鳴海の熱烈なファンだった。部屋は鳴海のグッズで埋め尽くされ、母親の
だけど鳴海の死が発表された時、柊茄は現実を受け入れられず家に閉じ籠もってしまった。店には来ていたが、その目はとても虚ろなものだった。そしてTWINKLE☆STARが解散するとなった時、心の中ではもう踏ん切りが付いたのか、解散を受け入れていつもの柊茄に戻った。
その始終を一牙はずっと傍で見ていたため、柊茄のこの気持ちは理解が出来る。だけど理解が出来るだけで慰める言葉が見つからないのだ。
「し、柊茄……」
「だ、大丈夫。あのことについてはもう大丈夫だから。いつまでも引きずってちゃ天国にいる七胡ちゃんも悲しんじゃうもんね」
「それならいいんだが……」
一牙は柊茄を安心させようと伸ばした腕を引っ込めた。
「ねぇ一牙、今度の休みの日、ちょっと付き合ってくれない?」
「あ、ああ……でも……」
一牙はちらりと隆善の方を見た。カフェオレを飲んでいた隆善は一牙の視線に気付き、カフェオレの入ったカップを置く。
「行ってこい。エアコンの掃除は俺だけでどうにかなる」
「え? あなた、まだエアコンの掃除してなかったの!?」
「あー……えっと、それはだな……」
舞柚にエアコンの掃除をしていないことに釘を刺され、隆善は視線を泳がして誤魔化す方法を探し始めた。このまま店にいると自分まで巻き込まれそうなので、少し早いが学校に行こうと席を立つ。
「あ、もう行くの?」
「ああ。母さんと父さんの言い合いに巻き込まれたくないからな」
カウンターの裏に置いてあった鞄を持ち、言い合っている隆善と舞柚を置いて店のドアに手を掛ける。
『え——? それ本当——し、失礼しました。た、たった今入った速報です。げ、現在大人気アイドルの
「えっ……?」
そのニュースが聞こえた途端、柊茄の瞳からハイライトが無くなっていくのを一牙は感じた。
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