第2巻-第17幕- 顔認証システム搭載監視カメラ

 翌日のGW最終日。朝のニュースは帰省ラッシュで高速道路が大渋滞し、人が大量に詰め込まれていく電車の画像が流れていた。今頃、水無月駅のホームは人で溢れかえっているのだろうと、一牙は絨毯の上を歩きながら何となく考えていた。

「ありがとうございます。岸越さん。ホテルの人と話を取ってもらいまして。本来でしたら、私が話を取ろうと思っておりましたが」

「いや、麗歌ちゃんが気にすることじゃない。元々、こういうのは僕たち警察の役割だからね」

 現在、一牙たちは岸越の連れ添いの元、水無月市プリンスホテルにいた。エントランスにいたホテルの関係者と主催者に改めて話をし、ホテルの管理室へと向かっている。ドクドクと心臓が波打っており、緊張感がとてつもない。

 今、この場には岸越、一牙、柊茄、曇妬、麗歌、暮撫の六人がいる。暮撫は昨日言っていた通り一牙たちの保護者役として、岸越はその五人をまとめる引率者だ。六人の数歩後ろには三十代と思しき私服警察官が二人ついてきている。

「岸越さん、警官何人いるんすか?」

 曇妬が小声で岸越に聞いた。

「僕と、そこ二人と、外の車に二人、パーティー会場に潜入する私服警官の二人も入れて七人かな。大丈夫、もし西峰……東川が君たちを襲ってきたら、僕たちが守ってあげるから」

「はあ……」

 これはいわば潜入捜査なのだろう。何人で行動するのが最適解なのか一牙には検討もつかないが、おそらくこれが岸越の思う最低人数なのかもしれない。

 この七人の警察官を統率しているのは岸越だ。岸越の一言で、後ろの人たちは動かすことができる。そこに一牙は疑問を思い、曇妬と同じように小声で訊ねた。

「岸越さんって交番勤務ですよね?」

「そうだよ」

「なのに現場指示ができるって、岸越さん実はかなり階級が高いんじゃ……」

「あれ、話してなかったかな? 僕って警部補なんだ」

「警部補って巡査部長より階級が一個上の?」

「そうそれ。三十代前半くらいにようやく昇任試験に受かって昇任したんだ」

「へ、へぇ……」

 一牙は少し顔が引きつり、くぐもった反応しか出なかった。

 岸越の階級である警部補は警察法に定められている階級から第七位に位置している。下に巡査部長、巡査があり、上には警部、警視と続いている。日本全国の警察官の内、約三十パーセントくらいが警部補だったりするのだ。

 警部補は交番だと交番所長となる。つまり岸越は水無月高校前の交番において一番偉い人という立場にあるのだ。

 実際のところ、一牙は岸越が交番に勤務しているという警察官だということしか知らなかったため、かなり驚いている。実際に現場を指示している姿は常連の岸越ではなく、警察官としての岸越であり、格好いいと思えた。

「こちらです」

 ホテルの従業員がギィと扉を開けると、目の前に映し出されるのはディスプレイの壁。超大型ディスプレイの映像は四十くらいに分割されており、一つ一つが防犯カメラの映像だ。リアルタイムで今のホテルの様子を映し出している。

 ホテルの管理室は白を基調とした壁に覆われており、ディスプレイの前にはパソコンと向き合っている管理人が五名ほど横一列になって仕事していた。左右の壁には何やら大型の機械が稼働しており、迂闊に触るなと言っているように佇んでいる。

「管理長、連れてきました」

 従業員が伝えると、中央に座っていた従業員が立ち上がり、一牙たちのところに来た。『SECURITY』と書いてあるジャケットを着ており、首からはネームプレートが下がっている。

「初めまして。私、水無月市プリンスホテルの管理長をしております、米村よねむらと申します」

「警部補の岸越と申します。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 管理長の米村はかしこまった挨拶を、岸越は警察手帳を取り出して礼儀正しく挨拶を交わしていた。

「こちらの方が……」

「はい、昨日お話した通り、結婚詐欺犯、東川の顔を覚えている方たちです。今回、東川逮捕に協力していただいております」

「そうでしたか。皆さん、本日はお願いします」

「お、お願いします……」

 一牙はぎこちなく管理長の方に挨拶をし、軽い自己紹介を行った。

 全員の自己紹介が終わると、一牙たちはパソコンの前で仕事をしている管理室の人たちのところへ連れて行かれた。

「こちらが当ホテルの防犯カメラの映像となっております。各フロアごとに映像の場所は変わっており、あちらから一階、その下が二階と続いていき、こちらの映像が十二階のところとなっております。今回のパーティーで使われる部屋は三階の朱雀の間でございますので、こちらの側の映像のみ、見ていただけると助かります」

「分かりました」

 暮撫が一牙たちに変わって答える。

「それと、このことは他言無用でお願いします。我がホテルのセキュリティをあなた方は見ているということですので——」

「口外すると機密情報漏洩罪みたいなもので逮捕、ですよね? 岸越さん」

「え、ああ……。そういうことになるね……」

 突然一牙から降られたことに驚き、岸越は戸惑いながら答えた。

 防犯カメラの映像は一階のあるポイントはエントランス、階段とエスカレータ、エレベータなどの場所を移しており、三階も同様だった。宴会場があるところはそこも映し出されており、朱雀の間の前には婚活パーティーの関係者たちが、受付の準備を進めている。

 麗歌が管理長に質問を投げかけた。

「失礼でございますが、顔認証システムは、この監視カメラ群には搭載されていませんのですか?」

「いえ、しっかりと顔認証システムは搭載されております。しかし、システムを作動すると人々の情報が我々のパソコンに波のように入ってきて、とても追い切れないので、普段は使用しておりません」

「そうですか、ですが今回ばかりは起動してください。犯人は当たり前ですが変装をしてくる可能性が大いにあります。例え顔を知っていようとも、変装されたら非常に分かりづらくなります。我が社の顔認証システムは世界的にも技術が高いものとなっています。ですので……」

「理解しました。では櫻木様の提案を呑ませてもらいます。顔認証システム、作動!」

「了解、顔認証システム作動します」

 左端にいた女性が復唱すると、恐ろしい速さでパソコンのキーボードを入力していき、顔認証システムを作動させる。

 顔認証システムが作動したことを確認すると、管理長が麗歌に訝しめな目を向けた。

「先ほど、我が社の顔認証システムと申しておりましたが、あなたは一体……櫻木という苗字からしてもしや……」

「すいません、先ほどの自己紹介で言い忘れておりました。私、櫻木財閥の娘です。この度は我が財閥の製品をご採用していただき、誠にありがとうございます」

「え……櫻木財閥の!? そそ、そんな、滅相もございません。こ、今後ともよろしくお願いします」

 櫻木財閥の令嬢としった管理長、そして管理室の人たちは、急に顔色を変えて麗歌に頭を下げ始めた。麗歌は戸惑ってしまい、一牙が仲裁に入ってこの場を何とか沈める。

「しかし……財閥の影響力は凄いな」

「そうですわね……ここまで神みたいに扱われるのはちょっと……」

「ドン引いてたもんな、みんな」

「そうね……」

 昨日の夜に麗歌から報告があった。麗歌の父親である凜之介曰く、世に普及している防犯カメラのほとんどが櫻木財閥の傘下に入っている電子機器メーカーが製作したものであり、顔認証システムは全てに搭載されていることが分かった。水無月市の普及率は百パーセントらしい。一牙は改めて櫻木財閥の影響力に驚かされた。

 ただ、顔認証システムを使用するか否かは設置されている場所の責任者の有無が関係している。さらにこの顔認証システムは消費電力が非常に大きなことが欠点として上がっており、普及しているとはいえ、実際に使用している場所は一割にも満たない(電子機器メーカー調べ)らしい。

「それにシステムだって見間違うこともありますわ。だからこそ、私たちの目で見極めなければなりません」

「だな。西峰……じゃない、東川が来ると考えて、注意深く観察しよう」

「ああ」

「ええ」

 四人は意志を確かめ合うかのように頷き、モニターを見つめ始めた。暮撫は既にモニターを凝視しており、先ほどまでの一牙たちの会話は耳に入ってきていない。

「「「「「…………」」」」」

 一牙立ちのモニターを見る目がだんだん鋭くなり、同時に管理者の人も緊張感を持ってパソコンの画面を注視している。

 十時に近づくにつれて、だんだんホテルへの人の出入りが多くなってきた。

 顔認証システムは問題無く作動しており、エントランスから入ってきた婚活パーティー参加者及びホテル宿泊者、関係者の顔を管理者のパソコンの画面上に次々と表示していく。

 パソコンの画面に映し出されている顔は五秒ほど経つと消え、自動的にその人のデータは消去される。再びその人を確認しようと思ったら、他の監視カメラに引っかかって画面に出るのを待つしか無い。

 目が痛くなるほど人の流れは多くないが、家族連れや大人数がエントランスを出入りするとパソコンの画面に表示される数が多くなる。そうなると必然的に大量の人が画面に流れてくるため、見落としもあるし、目が疲れてくる。

「かぁー、目いってぇ」

 曇妬が目をこすり、腕を上げて伸びをしはじめた。

「一牙、ちょっと休ませてくれ」

「分かった」

 曇妬は床にあぐらを掻いてへたり込むと、目を左手で押さえる。

 かくいう一牙も目がそろそろ痛くなってきており、曇妬と一緒に休憩したいくらいだ。目薬の一つや二つ、持ってくるべきだったかと自己反省しつつ、モニターとパソコンの画面を交互に見る。

 時刻は午前九時五十分。人の流れが少し緩やかになってきた。

 大半の婚活パーティー参加者は受付を済ませ、会場である朱雀の間で待機している。婚活パーティーの受付をする人の数はもういなく、受付の前には関係者以外誰もいない。

「西峰さん、来ないわね……」

「そうですわね……。このままですと、来ないということになりますわね……」

「くそ……ダメだったか……」

 画面に映し出される人は東川の「ひ」の字もないホテルへの客ばかりだ。一名か二名ほど東川という苗字の人を見たが、どちらも女性の方で、婚活パーティーとは無関係の人だった。

 三分くらい経過すると婚活パーティーの関係者は続々と朱雀の間へ入っていき、残っているのは受付関係の二名となる。その二人も、もう誰も来ないと踏んでいるのか、お互いに会話しだしているのが見える。

 一分、また一分と時が過ぎていくが、誰も受付に現れない。

 曇妬、柊茄、麗歌、暮撫は目を休めるために休憩しており、今、モニターを注視しているのは一牙のみになる。

 誰も来ない画面を見て無駄足だったかと考えた矢先、パソコンからアラーム音が鳴り響き、一牙たちの心臓がビクッと飛び跳ねた。

 キュイン! キュイン!

「な、何だぁ! 一体……」

「火事……じゃないよね?」

「一牙さん、何かあったんですか!?」

「一牙君、何かあったの?」

「三画面目、よく見てくれ」

 一牙が指さして見るように促した三画面目には、男性二人が歩いている姿が映っている。

「ん? もしかして……」

「西峰……じゃない、東川よねお母さん!」

「ええ、間違いないわ……」

 三画面目に映っていたのは眼鏡に金髪のカツラを被って変装した東川で、その隣を小型のタブレットを持って歩いているのは一牙たちも見たことがない男性の姿だった。

 東川の格好はグレーのカジュアルなトレンチコートにジーパン。黒いウエストバッグを巻き付けており、銀色のネックレスをしているようだ。金髪のカツラが絶妙に合っていない感覚を一牙は覚え、以前会った時の姿と照らし合わせると、別人のように見える。

 休憩していた四人はすぐさま画面にひっつき始め、管理室入り口付近で打ち合わせをしていた岸越も、一牙のいる場所に駆けつける。

「岸越さん、東川の隣にいる人って……」

「恐らく駒前だ。駒前は会場には入らず、会場の外から何かしらの伝達手段を使って東川と連絡を取り合うだろう」

 受付の画面では東川が受付をしているだけであり、駒前と呼ばれた男性は受付から離れた場所にいる。岸越の推察通り、駒前は会場に入らないようだ。

 やがて受付が終わった東川は受付の人に流されて朱雀の間に入っていく。朱雀の間の大きな扉が閉められ、東川は鳥籠の鳥となった。

「よし、こちら岸越。マル被が会場内に入った。金髪、グレーのトレンチコート、ジーパン、黒めのウエストバッグ所持。直ちに監視に当たれ。確保のタイミングはこちらが指示する。送れ」

 岸越は胸に取り付けられているトランシーバーを使って、会場内にいる私服警察官に連絡を入れた。

谷橋たにばし、了解」

道本みちもと、了解」

 二人の私服警察官から了解の反応を受け取ると、次は管理室の入り口にいる二人の私服警察官に指示をする。

「お前たちはレツの監視に当たれ。奴は朱雀の間にいるマル被と連絡を取るため、朱雀の間からそう離れないはずだ。どこかの休憩スペースに居座る可能性もある。ただ、すぐには確保するな。レツが確保されたとなると、中にいるマル被が逃げ出す可能性もある。マル被を確保した後、即刻レツも確保だ。いいな」

「「はっ!」」

「確保のタイミングは指示する。では、当たれ」

「「はっ!」」

 入り口付近にいた私服警察官は正しく敬礼をすると、駆け足で管理室から立ち去った。

 一牙たちは岸越のキリッとした言動に心打たれ、ぽかーんと見ていた。

「さ、一牙君。我々も会場内に潜入しようか」

「は、はい……」

 途端にいつもの岸越に戻ったことに一牙は戸惑いを覚えながらも、岸越の後に付いていって管理室を後にする。

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