第2巻-第16幕- 次なる標的は何処で

 翌日の如月喫茶は相も変わらず繁盛しており、一牙や麗歌、大学生のアルバイト従業員もてんてこ舞いだった。昼時になると近所の人々や評判を嗅ぎつけた人が来て、非常に大忙し。一牙も昼時の暑さと押し寄せる人の熱気に負け、腕をまくって仕事をしていた。

 兜型ケーキの売れ行きは上々で、このままのペースでいけばGW最終日の明日には売り切れる算段になる。まだ柊茄が食べていないので、一つや二つは残しておいて欲しいと心のどこかで願う一牙であった。

 お客の波は急に来て急に帰っていくもの。それは如月喫茶とて例外ではなく、午後二時を過ぎたくらいでお客は既にゼロ人となっていた。

「一昨日と同じな気がするんだが……」

「気のせいじゃね?」

 店の床を箒で掃きつつ掃除をしながら、一牙が呟いたことに曇妬が反応する。麗歌はいつもの席で昼食を取っており、大学生のアルバイト従業員はカウンターでSNSを見ながら昼食を取っていた。

 お金がないと毎回ほざいている曇妬は、今日はソフトドリンクもサンドイッチなども一切頼んでおらず、水のみで四時間くらい店に居座っている。忙しい時間帯は追い出したい気持ちもあったが、それ以前にお客のことで頭が一杯だったので、曇妬のことまで気が回らなかった。

「にしてもまだ西峰さん捕まんねぇんだな」

「仕方ありませんわ。昨日今日で警察が逮捕まで動くとは思えませんもの」

「それに、まだ居場所も掴めてないからな。まずは居場所を突き止めることが最優先事項だろうよ」

 岸越からの連絡は今のところ何も来ていない。きっと交番に缶詰になって探していることだろう。一牙に出来ることは、今度来店したらゆっくりと寛げる時間を提供することくらいだ。

「俺たちで探すってのは——」

「無理だ。やめとけ。柊茄を探しに行った時に身に染みて分かっただろ、お前は」

「そりゃあ……まぁ……そうだけどよ」

 一牙に止められ、曇妬は拗ねたように水をちびちびと飲む。

「私たちが何かしたら、警察の足手まといになるかもしれませんわ。ここは大人しくしておくのが吉だと思いますわよ」

「そういうもんかねー」

「そういうもんだ。探しに行く時間があるならGWの宿題でも終わらせておけ」

「見ないでおこうとしたこと言わないでくれよ……」

 背きたくなる現実を一牙に突きつけられ、曇妬は顔を伏せる。

「その反応見てる限り、何一つやってなさそうだな」

「んだよ、そんなこと言うんなら一牙は終わってんのか?」

「毎日寝る前にやってるぞ。一昨日までにはもう終わってる」

「私も、GW初日に全て終わらせましたわ」

「バケモンじゃねぇのか……」

「これが普通だ」

 宿題というものはコツコツを積み上げていくが如くやっていくことが非常に重要である。麗歌のように一日で終わらせる人もいれば、一牙のように少しずつ終わらせていく人もいる。提出日ギリギリにやるのは、時間と最悪のシチュエーションを意識してしまうため、内容が頭に入ってこない。

「ってことは柊茄もやってねぇんじゃねぇの?」

「もしかしたらな。でもアイツはそれなりにやるから、数ページくらいは終わってるんじゃないか?」

「お仲間減ったぞ……」

「また永嶋先生に呼び出されますわよ?」

「嫌だぁ! それだけは勘弁してくれぇ!」

「では、しっかりと終わらせることですわね」

「うう……」

 きっと曇妬の脳裏には、休日に永嶋先生に呼び出され、地獄の補習を延々と受け続けた先日の光景が浮かんでいることだろう。

 箒で掃いたゴミは埃を立てないようにサッとちり取りに集め、ゴミ箱の中に捨てる。お客の足が多かったことから、砂ゴミがかなりあった。

「さてと……」

 少しだけ背を反らしてぐーっと伸びをする。前屈みでゴミを集めていたせいで、反ると背が少しだけ痛くなった。

 コーヒーでも飲んで一息つこうと考えたところに——

 カランカラン。

 とお客が入ってくる鐘の音が響く。

「いらっしゃいませ——えっ?」

 反射的に言ういつもの挨拶。背を反らしているみっともない姿を見られたのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、来店してきたお客を見て考えが変わった。

「やほー、来たわよー」

「柊茄と暮撫さん……?」

 来店してきたのは常連お馴染みの柊茄と暮撫だった。一瞬だけ思考が止まった一牙は昨日と様子が違う暮撫に疑問をぶつける。

「暮撫さん……あの……大丈夫なんですか?」

 だが、一牙のそんな考えはすぐに杞憂だったと告げられる。

「ええ、大丈夫。もう心配要らないわ。色々ありがとね」

「は、はぁ……」

「立ち直りはえー」

「メンタル凄く強いですわね……」

 と暮撫の様子を見て、曇妬と麗歌も小声で感嘆を露わにしていた。

「さ、お母さん、久しぶりに何か食べよ?」

「そうね……」

 暮撫は柊茄に促されるまま一番テーブルの一牙が座っている場所に座った。麗歌は昼食を食べ終えていたようで、食器類を持って厨房の方に入っていった。

「じゃあ一牙、いつものミルクティーと、兜型ケーキ一つ。お母さんはどうする?」

「カフェオレでいいかしら……」

「あ、はい。承りました」

 一牙はどこややりづらさを覚えながらも、注文を記憶して厨房の方に入っていく。

「母さん、兜型ケーキ一つ。柊茄のやつ。あと暮撫さん来てるぞ」

「さっき麗歌ちゃんから聞いたわよ。兜型ケーキは私が持っていくから一牙は飲み物やって」

「はーい」

 舞柚の手には麦茶が注がれていたコップがあったため、きっと長話をするつもりだろう。

「一牙さん、手伝うことありますか?」

 昼食の食器を片付けていた麗歌が一牙に訊いた。

「カフェオレ用のミルク用意しといてくれ」

「分かりましたわ」

 いつも行っている通りにミルクティーを作り上げ、コーヒーをドリップして、麗歌が用意した温かいミルクをコーヒーの中に投入していく。

「何かあったんすか?」

「まぁ……ちょっとな」

 大学生のアルバイト従業員が少しこの話について聞いてきたが、一牙は曖昧に濁した。ソーサーに角砂糖を置いて、二人の元へ運んで行く。

「はい。ミルクティーとカフェオレです」

「ありがとうね」

 柊茄は礼も言わず、ただ淡々に自分好みのミルクティーを作って飲んで満足する。暮撫はいつも柊茄が飲んでいるミルクティーのことを把握しているはずだが、改めて角砂糖とグラニュー糖一本を全て投入するミルクティーに恐ろしさを心配さを感じる。

 カフェオレを飲むと、舞柚が兜型ケーキを持ってきた。

「はい、柊茄ちゃん。兜型ケーキ。いつものショートでよかったわよね?」

「はい。ありがとうございます」

 今度はしっかりと礼を言うと、フォークを手に取って兜型ケーキを切って食べ始めた。

「さて、暮撫。もう心の方は大丈夫なの?」

「大丈夫よ舞柚。心配要らないわ」

「本当かしら? 学生の時から何でも塞ぎ込んじゃうんだから」

「もう、それはいいでしょ!」

「あれ? 一牙の母ちゃんと柊茄の母ちゃんって同級生だったのか?」

 少し居心地が悪そうに丸くなりながら水を飲んでいた曇妬が聞いてきた。

「そうよ。高校からのね」

「へー」

 自分から聞いておいて、まるで興味無さそうな反応をする曇妬。舞柚は曇妬の反応に少しだけイラッとしたが、気に留めないでおいた。

「一体どんな心境の変化があったの? 余程のことが起こらない限りは立ち直れないものだと思ってたけど」

「そこは……ちょっと私なりに……ね?」

「ふーん……。ま、そういうことにしておいてあげるわ」

 舞柚はこれ以上聞くのは止め、別の話題を持ち出した。

「で、暮撫はこれからどうするつもり?」

「まずは西峰さんを必ず捕まえる。その後は私と同じ境遇にならないよう色んなことで活動していけたらって思ってるわ」

「そう。ちゃんと考えてるなら私も協力してあげる。いいでしょ?」

「もちろん! 舞柚ほど強い人がいてくれると助かるわ」

「どういう意味で言ってるのかしら……」

 舞柚は暮撫の言葉に苦笑を浮かべた。友人として心強いのか、はたまた物理的に強いのかどっちの意味で言っているのか理解できなかった。

「あんさぁ、ちょっと昨日帰ってちょっと考えたことあんだけどいいか?」

 曇妬が手を挙げて、発言していいかと許可を取る。先ほどまで舞柚と暮撫の母親同士の会話だったため、話題が切り出しづらかったのだろう。

「何よ。しょーもないことじゃないわよね?」

「んな訳ねーって!」

「ふーん……、で何考えたのよ」

 きっとロクなことじゃないと予め推論を立てた柊茄は、曇妬の話などどうでもよさそうに兜型ケーキを頬張る。

「西峰さんって結婚詐欺犯だったんだろ? 詐欺犯って金が欲しいっつー悪者じゃん」

「そうですわね。ほとんどの詐欺師の目的はお金ですわ」

「で、西峰さんと柊茄の母ちゃんって、婚活パーティーで知り合ったんだろ?」

「そうだけど……」

 暮撫はあまり曇妬の話の内容がピンと来ておらず、曖昧に返事をする。

「なら、柊茄の母ちゃんから手を引いたっつーことは、またどっかで探してるんじゃねーか?」

「何をだ?」

「だから! 柊茄の母ちゃんみたいな人をだよ! 金くれそうな。ってことは、どっかで開催される婚活パーティーとかに参加すんじゃね? そこなら警察が張り込めば捕まえられそうな気がすんだよ」

「「「「「——っ!」」」」」

 一斉に曇妬の話を聞いて、ピリピリとした鋭い雰囲気が立ち込めハッとする。

 まるでみんな目から鱗が落ちたかのように、曇妬に視線を向けていた。

「な、何だよ……」

「それだ曇妬!」

「え? 何? 何が?」

 一牙が何を指しているのか全く分かっていない曇妬は、首をあちこちに振りながら困惑の色を隠せない。

「どういうことだよ一牙」

「お前言っただろ。どこかの婚活パーティーに西峰が参加するって。つまり参加するってことは西峰の居場所を特定できるってことだ」

「そっか!」

「お前、自分で考えたことの内容くらいちゃんと理解しとけよ」

「えへへっ」

 一牙は誰も褒めてないと付け加え、はぁ……と溜め息を漏らす。

「一牙さん、西峰さんがあの姿のまま会場に現れることはないのではないでしょうか? 変装、整形をしてくる場合もありますし、第一に会場に来ない、参加しないという選択肢も捨てきれないはずです」

「麗歌の言うことも一理あるな。けど、今ある選択肢を全て蹴るよりは、実際にやってみてから結果を見た方がいいんじゃないかと俺は思う。来る来ないことは置いておいてな」

「そうですわね」

「それに、櫻木財閥の力なら、顔認証システムの防犯カメラとかあるんじゃないか? 買い被りかもしれないけどよ」

 麗歌はうーん……と天井を見つめた後、首を傾げて言った。

「ちょっと分からないですわね。帰ったらお父様に聞いてみますわ。あればその会場に導入できるかどうか交渉してみます。すぐには難しいと思いますが」

「ああ、頼む」

 天下の櫻木財閥の力を使うのは少し反則かもしれないが、相手は犯罪者なのである。向こうは平然と法律に対して反則行為を行っているので、こちらも反則には反則で対抗するまでだ。

「で、一牙。どこかで開かれる婚活パーティーってどこで行われるのよ。それが分からないと話になんないでしょ?」

「だよなぁ。問題はそれだ」

 婚活パーティーなんて日本中どこでも開催している。そんな数ある中、西峰がいつ、どこの会場に参加するか見当が付かない。ある程度暮撫からお金を奪ったということは、暫くの間は顔を出さない可能性もある。そうなってしまっては一牙たちにはお手上げだ。

 うーん……と悩んでいると、思わぬところから助け船が入る。

「あのー……俺知ってますよ……」

「本当か!?」

 助け船を出したのはカウンターで昼食を取っていた大学生のアルバイト従業員だった。

 恐る恐ると手を挙げている様子は、先生に当てられたくないけど、挙げざるを得ない時の子供のようだ。

「え、ええ……。姉がそれに参加するって張り切ってるもんで……」

「どこで、いつ開催されるんだ?」

「明日の十時くらいから、水無月市プリンスホテルで行われるっぽいですよ。そこで男性陣と女性陣の自己紹介がてらちょっとした余興を楽しんだ後に、水無月市総合ホールでレクリエーションをして、夜には男性陣の家に女性陣が言って夕食を振る舞ってもらう。って流れになってるっぽいです」

「一日でやることてんこ盛りすぎねぇか、それ」

 曇妬が婚活パーティーの内容に対して小さくツッコミを入れた。

「あ、何か前、一牙の喫茶店研究についていった時に、水無月駅でそんなことやるって垂れ幕出てた気がする」

「プリンスホテルと総合ホールを同時に使うということは、主催者は相当規模が大きい婚活パーティーをするようですわね」

「実際、水無月市最大の婚活パーティーだって宣伝していますよ。テレビの取材だって来るかもしれないって姉が言ってます」

「取材か……」

 一牙は今の大学生のアルバイト従業員の言葉で、首を傾けた。

「どうしたんだよ一牙」

「いや、テレビの取材が来るって知っているなら西峰は来ないんじゃないかって思ったんだ。岸越さんも言ってただろ、結婚詐欺犯は素性を隠して表だった行動はしないって。特に取材が来る婚活パーティーに参加でもしたら、警察に素性がバレるだろ」

「あー……確かにな」

 わざわざ自分が逮捕されるかもしれないところに足を踏み入れるほど、西峰たち結婚詐欺犯や他の事件の犯人たちは甘くないはずだ。自分たちで墓穴を掘るのは間抜けな犯罪者じゃないとできないだろう。

「ちょっと待ってください。テレビの取材が来るというのはお姉さんがそう言っているだけであって、実際に来るとは明言されていないのですよね?」

「そうですけど……。でもほら、よくあるじゃないですか。婚活パーティーの様子をバラエティにして放送するやつ。きっとその関係者が来てテレビに映れると姉は思い込んでいるんでしょう」

「バラエティなら編集とかに時間かかるわよね?」

「そう……ですね。朝のニュースとかを見ても、婚活パーティーをしていたというニュースはあまり報道されませんし……」

「一般的にバラエティとかで放映されるのは撮影してから一ヶ月や二ヶ月後の方が多いですわね」

「んでも、テレビが来るってことは誰も知らねぇんだろ? なら、もしかして西峰さんが来るって可能性もゼロじゃないよな?」

「……そうだな。テレビが来ないって誰も知らないなら、来るかもしれない。それに、そのテレビ報道とは別に忘れ物の件もある」

「忘れ物?」

 柊茄がそれとどう結びつくのかよく分からないような表情をしている。

「そ、忘れ物。西峰が忘れ物のことに気付いていないことが前提だが、気付いていないとなると、まだ俺たちが西峰を結婚詐欺犯だと思っていないんじゃないかと思うんだ。つまり騙せていると思い込んで、別のターゲットを探すためにパーティーに来るんじゃないかって」

「でも西峰さんの忘れ物って腕時計よ? 案外早く気付くんじゃないの?」

「かもな。普段付けているんなら尚更だけどよ。だが、気付いていないなら好都合だ。それに、まだ水無月市内に潜伏している可能性もある。来る来ないは置いておいて、この婚活パーティーに賭けてみるか?」

 一牙の提案に、曇妬、柊茄、麗歌の三人は黙って頷く。それはこの賭けに賛成していることを意味している。

「俺はこれから岸越さんに連絡する。張り込みしてもらえるか、俺たちをホテルに入れてもらえるか聞いてみる」

「頼みますわ」

「ああ」

「待って一牙君」

 ポケットからスマホを取り出して、岸越に連絡をかけようとしたその時、暮撫が一牙を制止させた。

「その……これって私だけの問題だと思うの。一牙君たちは協力しなくても……」

「何言ってるのよお母さん」

「柊茄……」

「お母さんだけの問題じゃない。私たちみんなの問題なの。私たちだって西峰さん……じゃなくて東川を捕まえたいの。お母さんが詐欺に遭ったのに見過ごせるわけないでしょ? それに捕まえたいって気持ちは私たちも同じ。だからね、勝手に協力させてもらうよ。お母さんが止めたって、私たちは止まらないから!」

「そういうことっすよ」

「協力させてください」

「迷惑はかけないので」

「あなたたち……」

 子供たちの信念を感じ取り、暮撫はこれ以上止めることを無理強いするのは止めた。

「分かったわ。その代わり、あなたたちの保護者としてついていくから。舞柚は店があるからね」

「まぁ……暮撫が見てくれるなら……。一牙、変なことしないように」

「しないっての」

 一牙は小さく溜め息を吐き、岸越に電話をかける画面まで操作した。

 子供だけで動くには限度がある。暮撫が見てくれることにより、動く範囲が少し広がればいいなと一牙は考えた。

「それじゃ、電話するぞ」

「お願いしますね」

「分かってます」

 プルルルルル……。

 一牙は岸越に電話をかけ、内容をこと細かく伝えた。

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