第2巻-第8幕- 再婚という考え

「ばいばーい」

「じゃ、また明日」

「おう」

 校門では生徒が水無月駅方面、住宅街方面へと別れていく。学校前の国道は相変わらずの交通量で、車が高速で駆け抜けていく。入学式に咲いていた桜の花々はほとんど散ってしまい、代わりに緑が生い茂る葉桜へと変わっていた。一牙たちの足下には桜の花びらが地面にくっついている。

 曇妬を待つ間、一牙は校門の柱にもたれかかりながら携帯で研究しに行く場所の確認をしていた。マップアプリを使い、どの道からどう通ればいいのか、以前通った道を思い出してシミュレートする。水無月駅の北口から歩いて、あの道を通ってそこを曲がって……。

 ついでに行く場所の評価も見ておく。星五段階評価で四・七の評価。否定的、批判的コメントは少なく、みんな口を揃えて「楽しかったです」「また来たいです」と投稿していた。

 柊茄たちの評価はどうなるか分からないが、気に入ってくれるなら一牙としても嬉しい。

「柊茄さん、お母様はいつ頃から再婚する男の人とお付き合いしていたんですの?」

「うーん……私もよく分かんないんだ。ちょっと前にその男の人と初めて顔を合わせたくらいだし。お母さんもはぐらかして教えてくれないし」

「そうでしたか」

「うん。だからこそ驚いたの。お母さんの演技なのかもしれないけど、全然付き合っているような素振りとか見せなかったし。ちょっとお母さんの謎が深まったかなーって」

「きっとお前にはあんまり伝えたくなかったんだろうさ」

 一牙は開いていた評価の記事を消して、携帯を暗転する。

「どうして?」

「再婚ってあまりよくないイメージがあるからさ。前好きだった人を裏切って別の人を好きになるっていう悪い意味で捉えられることが多い。ま、人間の本能上、それは仕方ないことなのかもしれないけどな」

 勿論、これはあくまで一牙の偏見を含めた個人的な見解であり、再婚のイメージがいい人だっているかもしれない。

「それってつまり私がお母さんの再婚に反対するかもしれないってこと?」

「かもしれないな」

「うーん……でも、もしお母さんが『再婚しようと思うの』って再婚前に私に相談されたら『ちょっと考えさせて』って保留にしちゃうかも。死んじゃったお父さんのことや、これからどうなるんだろうって色々考えちゃうかもしれない」

「つまりは受け入れってことでしょうか」

「だと俺は思う」

 一牙は麗歌の意見を飲み込んで、柱から離れて葉桜になった木々を見つめた。

「自分自身はいいのかもしれないが、子供の気持ちは親には分からない。だから受け入れがしっかりと出来ていれば問題はないんだよ。出来てなければ子供というか受け入れる側は反対、拒絶、保留といった感じに動くんじゃないかって俺は思う」

 子供は親が思っている以上にデリケートな存在だ。新しい生活を受け入れ、呑み込みが早い反面、自分の気持ちには嘘一つ付かず正直に言い、親がそれを受け入れるまで突っ走る。受け入れられなかった場合は、機嫌が悪くなり、元気を無くしてしまう。元の元気さに戻すには子供自身が新しい生活、人を受け入れなければならない。

 子供の気持ちを理解し、自然に受け入れさせるのは非常に至難な技だ。

「現に柊茄は受け入れが出来てなかったから、気分というか元気がなかった。そうだろ?」

 ふぁさぁと風が靡き、木々が合唱を始めた。

「うん。そうかもしれない。お母さんの突拍子な発表と新しいお父さんとの付き合い方というか色んなこと考えちゃって私自身がオーバーフローしちゃったのかも」

「寝不足の演技はもうちょっと磨いた方がいいかもな」

「やっぱバレてた?」

「少しな。最初は本当に寝不足かって思ったけど、微妙に疲弊さが感じ取れたからな。寝不足以外の何かがあるんだろうって思ってた」

 今度は柊茄が校門の柱にもたれかかる。

「あーあ、やっぱバレちゃってたかぁ。一牙には敵わないわね」

「伊達に長く幼馴染やってないってことさ」

「強いなぁ。私の幼馴染」

 一牙と柊茄は同時に笑い出した。麗歌はそんな二人を穏やかそうに、そして少し羨ましそうに見つめていた。

「仲がいいですわね。本当に」

 麗歌の一言は一牙と柊茄に聞こえることなく、通り抜けていった風に乗せられて消えていった。

「おーい、一牙ぁー!」

 自転車を引きながら曇妬が大声で一牙を呼ぶ。校門を通っていく他の生徒が一瞬一牙を見たが、気にすることなく学校を後にしていく。

 一牙の前まで来た曇妬は、待ちきれないと言わんばかりに一牙の制服を引っ張った。

「よっし、早く行こうぜ!」

「はいはい急かすな。それじゃあ、行くか」

「ええ」

「はい」

 一牙たち四人は水無月高校を後にして水無月駅方面へと歩き出した。


「それで、今日の研究場所はどこなのよ?」

 水無月駅内を通り過ぎて反対側の北口に来た一牙たち。水無月駅北口の待ち合わせシンボルとなっている紫陽花の銅像前で柊茄が聞いた。

 周辺は様々な人でごった返しており、サラリーマンやカップル、水無月高校の生徒がそれぞれの目的に向かっていた。目の前の大きなビルにある電光掲示板には『GW最終日に水無月市最大の婚活パーティー開催! 参加者募集中』とでかでかと宣伝していた。

 紫陽花の銅像付近にはティッシュの押し売りや宗教勧誘の人たちがいたが、特に構わず無視を決める。麗歌は押し売りに弱いのか、ティッシュを貰っていた。

 一牙は携帯のマップアプリを見て、方角を確かめる。

「もうすぐだ。えっと……こっちか」

 現在位置と向かう場所を確認し、携帯をポケットにしまって歩き出す。

 紫陽花の銅像から歩いて約七分程度。少し人通りの少ない煉瓦の道に入る。

 この煉瓦の道は業者の車以外一切通らない歩行者天国でもあり、通称「煉瓦通り」。周りの家々は老舗の和食屋や染物屋、漬物屋といった歴史を感じさせる佇まいの店舗が並んでいる。

 その時代から取り残された雰囲気のせいか、すれ違うのはご老人ばかり。若者の姿は今歩いている一牙たちくらいしかいない。

 水無月高校の制服を着ていなければ修学旅行生にも見えなくはないのかもしれない。

「ほえー、俺初めてこんなところに来たぜ」

「私も。水無月駅から離れた場所にこういう場所があったのね」

 周りの家々を曇妬と柊茄が物珍しそうに眺めている。

「それほどまでこの街を知らないってことじゃないのか?」

「うぐ……そうかもしれない。私ってあの住宅地しか熟知してないところあるし」

「井の中の蛙ってところでしょうか?」

「れいかぁー、もしかしてからかってる?」

「いえ、そんなつもりでは……」

 というやりとりをしながら煉瓦道を進んでいく。

 煉瓦道に入って約三分。お目当ての場所に辿り着いた。

「ここですか?」

「そう。ここが今日の研究場所」

 一牙たちの前には黒い木材で作られたシックでオシャレな喫茶店があった。店名は「フェー」と読む(店の評価記事に書いてあった)。「f」と「e」と「e」の三文字で書かれており、真ん中の「e」の上にはアクセントのような記号が付いていた。頭上の看板と、窓にも同じものが刻まれていた。

「フェー……フランス語で「妖精」って意味のお店のようですわね」

「さっすが麗歌! 私読めなかった」

「俺も」

「妖精……か」

 如月喫茶にもこうしたオシャレな店名があったらどうだろうかと無意識に考えてしまう。あったらどんな店名なのだろうか。如月という苗字から連想して二月に関係する語句が望ましいよなと思考を回転させる。

「一牙、入らないのか?」

 現実に呼び戻される曇妬の声。店の前にただ突っ立っているだけでは何をしにこの店に来たのか、その意味が無くなる。逆に店員から不思議な眼差(まなざ)しを向けられて入りづらくなってしまいそうだ。

「あ、ああ。入るか」

 店名のことはかなり先のことなので一旦忘れ、研究に専念しようと喫茶「フェー」の扉を開けた。

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