第2巻-第3幕- ラミネートされた栞

 四月の終わり頃になると、クラスには様々な派閥が生まれる。

 派閥が形成されるのは水無月高校でも例外では無い。

「マジ部活きちぃわ……」

「わっかる。あのハゲの練習内容が意味分かんねぇんだよ」

「今日カラオケいかね? 新しい機種が駅前のあそこに追加されたんだってさ」

「マジで? 行く行く!」

「なぁ昨日の真緋軍見たか? レイス隊長のあのシーンいいよな」

「見た見た。ザ・王道ってとこはあるけどその王道が俺的にはたまんねぇんだよ。でも俺はメルディーたんに罵られてぇ」

「アイツからさぁ、明日の帰りにデート行こって連絡来たんだよね」

「えー、明日の帰りは俺とデートじゃねぇの?」

 スポーツができる明るくて騒がしい派閥、今時の流行に乗っかっている最先端を行く派閥、勉強ができ、読書やアニメ鑑賞が好きな物静かな派閥、男女関係を持ち恋愛に青春を捧げる派閥、誰とも関わろうとする気が無い一匹狼の派閥等という派閥が形成される。

 無論、自分がどの派閥に入っているかは自覚してみないと分からない。形成される派閥によってクラスの雰囲気というものが分かり、クラスメイトの人間性というのも少なからず理解できる。派閥を理解することで人間関係を築いていくことができるのだ。

 派閥の関係が拗れるといじめ問題への発展、人間関係の崩壊に繋がっていく。

 一匹狼の派閥は二年三組には形成されておらず、それぞれ友達がいる派閥に所属しているような感じだ。

 一牙は物静かな派閥に所属しているのではないかと思う。ただ自分がそう思っているだけで、他の人から見たら別の派閥に所属しているのかもしれない。

 朝早く登校した一牙は数人しかいない教室の自分の席に座って小説を読み始めた。

 喫茶店を舞台としたミステリー小説であり、一牙が中学生の頃からずっと連載している。喫茶店の雰囲気が如月喫茶と同じような感じだからか、物語にのめり込みやすかった。

「おはよー」

「おっはー」

 まばらと人が来だし、教室の雰囲気が賑やかになっていく。

 数十分前までは数人しかいなかった教室には、半分以上の生徒が登校してきていた。

「一牙さん、おはようございます」

 とそこに麗歌が優しく一牙に挨拶をかけてきた。

「おはよう」

 ぶっきらぼうながらも一牙も挨拶を返す。

 麗歌は一番前の自分の席に鞄を掛けて、一牙の元へ戻ってきた。小説の続きは店の手伝いが終わってからだなと諦め、栞を挟んで小説を閉じる。

「随分可愛らしい栞を使うのですね」

「え? ああ……コレか」

 一牙は挟んだ栞を取り出し、麗歌に見せる。

 一牙が使用している栞は、ピンクの画用紙に黄や赤といった折紙の切り花びらをラミネートした簡素なものだ。

「小学校の……一年の頃だったか? 図工の時間で栞を作ったことがあったんだが、その栞作りに柊茄がハマったことがあってな、店で大量に作ってたんだよ。で、この栞はその時、柊茄が俺への誕生日プレゼントという当て付けで貰ったものなんだ」

 当時、ラミネーターは如月喫茶にしかなかったため、自作の栞は店でしか作れなかったのだ。

「てっきり一牙さんが作ったものだと思いましたわ」

「なっ……」

 うふふとからかう麗歌に一牙は少しどぎまぎする。

「一牙さんが作った栞はありませんの?」

「俺のは……結構前の大掃除の時に捨てたな」

「残念です。一牙さんが作った栞見てみたかったですわ」

「いや、一年の時のものだぞ……」

 と、一牙の脳裏に電撃的な速度である記憶が流れ込んでくる。

「待てよ、そういや大量に作ってた時、柊茄に何枚かあげてたな……」

「柊茄さん、今も持っているでしょうか」

「さぁな。こればっかりは柊茄に聞かないと」

「そうですわね」

「よー……お二人さん。おはー……」

 やけに窶れた様子で曇妬が一牙の後ろの席に座る。そのまま机にぐでーと突っ伏す。

「どうしたお前」

「何だか真っ白に燃え尽きているようですわ」

 顔だけひょこっと上げて、曇妬が涙目になりながら理由を説明した。

「昨日の補習がもう大変でよ……。永センったらテストで合格するまで家に帰らせねぇ気でいやがったんだ」

「あの先生はそういう先生だって去年思い知っただろ。で、何回くらいやり直したんだ」

「十回くらい……」

「日頃の不真面目さが当たったんだろ」

「もう数字は見たくねぇ……」

「こう言っていいのか分からないですが、ご愁傷様です」

「麗歌さん、慰めになってねぇから……」

 立ち上がって麗歌を指さす曇妬と、苦笑を浮かべる麗歌。一牙は曇妬の不甲斐なさに呆れを覚えて頭を抱えた。

 賑やかに談笑している中、一牙の隣の席に誰かが座る。

 黒と緑が混じったショートヘアで、前髪を葉の形のヘアピンで留めている少女だ。

「よ、おはよう柊茄」

 一牙はいつも通りさりげない感じで柊茄に挨拶をした。

 しかし柊茄の視線はやや虚ろしており、普段の子供っぽい元気さが感じられない。

「あ……おはよ」

 帰ってきた返事にも元気が含まれていなかった。

 何かがおかしいと一牙と麗歌は感じ取り、机に突っ伏していた曇妬もスイッチを切り替える。

「どうしたんだよ柊茄。いつものお前らしくないぞ」

「そ、そうかな……ちょっと寝不足なだけかも。……ふあぁ」

 言い終わると柊茄は口を大きく開けて欠伸をする。

「何時に寝たんですの?」

「えっと……深夜の一時くらい……かな。ちょっとドラマの一気見しちゃって」

「ダメですわよ。しっかりと睡眠は取らないと」

「うん。肝に銘じておくわ」

「…………」

 柊茄から感じた元気の無さが寝不足だと知り、一牙は少し安堵する。寝不足であればきっとすぐにいつもの柊茄に戻るだろう。

 だが、柊茄が寝不足になるほどまで起きていたこと自体が珍しい。普段なら日付が変わるまでには夢の中にダイブしているはずだ。よほど見ていたドラマが面白くて続きを見ないと寝られないものだったのだろう。

 それに寝不足以外での微妙な疲弊さが感じる。一牙の気のせいなのかもしれないが。

「なぁ一牙。もうすぐGWだろ? そろそろあの兜みたいなケーキが出てこないか?」

 柊茄の体調の異変さに脳が没頭していたのか、曇妬の言葉で現実に引き戻される。

「あ、えっと……お前何て言った?」

「だーかーら、GW限定の兜みたいなケーキがもうすぐ出るだろ?」

 少し膨れっ面になりながら曇妬が怫然とした。

「よく覚えてるな」

「へへっ。結構美味かったから記憶に残ってるんだ」

「一応、来週のGWに合わせて販売するつもりだ。詳細は俺も母さんからまだ聞いてない」

「兜みたいなケーキ……ですか」

 首を傾げて麗歌が何やら考えていた。

「鉄の兜にケーキを乗せるようなものですか?」

「いや、少し違うな」

「どういうものですの?」

「普段のケーキにあるスポンジを二等辺三角形のような形に作って、その上に角を表現する果物やチョコを乗っけることで、子供に日に作る折紙の兜みたいな感じのケーキのことさ」

「斬新なアイデアですわね」

「そうなの。でも桜の花びらパンケーキとは違って少し値段が高いのよね」

 元気の無さがいつの間にか消え失せており、如月喫茶常連顔になった柊茄が割り込んでくる。

「微妙に作成する手間があってだな。その手間を考慮して少し高めに設定してあるんだ」

「桜の花びらパンケーキは五三〇円だけど、子供の兜型ケーキは六二〇円」

 相変わらず値段までよく熟知しているなと別の意味で感心した。

「そうなんですの。一度食べてみたいですわ」

「何なら今日母さんが試作品を作るとか言ってたから、食べるか?」

「いいんですか!?」

「あ、ああ……」

 麗歌の勢いに少し圧倒された一牙。やはりお嬢様でもデザート関連のものは好きな女子なんだと思った。

「曇妬と柊茄も来るだろ? 一応試作品だから金は取らないはず」

「行くに決まってんじゃねぇか!」

「柊茄は?」

「あ、えっと……」

 いつもなら飛びついてくるところなのに、戸惑うことに一牙は不思議に感じた。

「ごめん。今日も家の用事で行けないの。食べたい気持ちはあるんだけど」

「そっか……」

「残念ですわ」

 家の用事であれば仕方が無い。柊茄は手を合わせて謝罪するように頭を下げた。

「ごめんね。でも、来週は必ず食べに行くから」

「GW期間ならいつでもいいんだけどな」

 舞柚は簡単に売り切れにさせないくらい大量に作る。例え期間が過ぎても、余りがあれば在庫がなくなるまでメニューに追加するほどだ。

「そういえば柊茄さん。一牙さんが使っている栞って柊茄さんがプレゼントしたものと聞きましたが、それは本当ですか?」

「え? 栞?」

 麗歌の話に不思議がりながらも、柊茄は一牙の小説から栞を勝手に抜き出した。

「あっ、おい!」

「へー、懐かしいわね。てかまだコレ使ってたんだ」

「まぁ……な。割と丈夫に作ってあるし、市販の栞を買う必要もないかなって」

「おやおやぁ? 一牙せんぱーい? もしかして照れてるー?」

「…………」

 ガゴンッ!

「ふがっ!」

 煽ってきた曇妬に、一牙は無言の拳を頭上から叩き込み、曇妬の頭を机にぶつけさせた。

「一牙、覚えてる? この栞ってよく私と一牙と私のお父さんと一緒に作ったわよね」

「お前の父さん、やけに張り切って作ってたのは覚えてる」

「実はね、この栞作りって私だけじゃなく、お父さんもハマってたみたいなの」

「なるほどな。だから張り切ってたわけか」

「ラミネートの機械も買うつもりだったらしいんだけど、置き場所とかどうしようって話になって結局無しになっちゃったんだ」

「あまり使わないもんな。普通の家庭じゃ」

 一般家庭でラミネーターを使うことはほとんどないと言っていいだろう。この栞を作るためだけに買うという選択肢を無しにしたのは、妥当な判断だったと言える。

「柊茄さん、その栞ってまだ家にあったりしますか?」

「うーん……どうだろ。お父さんの遺品整理の時に全部捨てちゃったかな? お母さんに聞いてみれば分かると思うけど」

「そうでしたか」

「じゃあさ、麗歌。今度一緒に作ろ」

「楽しそうですわね」

 楽しそうな予定を話していることには結構なのだが、難点が一つ。

「結局店で作ることに変わりはないんだけどな」

「いいじゃん。画用紙とかは私たちが買ってくるから。一牙はラミネートする機械だけ貸してくれればいいの」

「ラミネート用のフィルムも買ってこいよ」

「はいはい」

 キーンコーンカーンコーン……。

 朝のSHRが始まる予鈴の鐘の音が教室中に鳴り響き、話し込んでいたクラスメイトはそれぞれ自分の席に戻っていく。麗歌もやや名残惜しそうに、自分の席である最前列の窓から三番目の席に戻っていった。

 その三分後、朝のSHRが始まる鐘の音が鳴り、担任の永嶋勝騎先生が不機嫌そうな表情で入ってきた。

「朝のショート始めるぞ」

「起立。礼。着席」

 淡々と学級委員の仕事である号令をこなす。永嶋先生は出席簿を開き、欠席の生徒を記入していく。

「全員出席……っと。今んとこは優等生だな」

 バタンと意味ありげに片手で出席簿を閉じる。

「えっと、特にこれと言って伝えることはねーが、もうすぐGWだからって浮かれないようにしろ。授業はしっかりと受けろよ。いいか」

「「「はーい」」」

「んじゃショートは終わり」

「起立。礼。着席」

「それじゃ、チャイムが鳴るまで出るなよ」

 永嶋先生はそれだけ言うとさっさと教室を出て行った。

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