第10話 椎名 狛音


昼休憩を終えて、そのまま流れるように今日一日の仕事を終えた。

 時刻は6時を回ったところ。伊織は冷蔵庫になにもないことを思い出して、渋々買い出しにでかけた。

 と、その前に部長に退勤連絡をしなければならない。


伊織:今日の業務を終えたので退勤します。

椎名:了解。明日の出勤連絡も忘れないように。


 伊織はその連絡に「承知しました。」と返信して、近くのスーパーに買い出しに出掛けた。

 バイクだと荷物を乗せるのが面倒臭いので、歩きで行く。歳を重ねると運動しなくなるので、腹がぽっこりとしだす。なので歳を重ねるほど運動しなくてはならないのだ。


「今日の晩御飯は何にしようかな~。」


 今日の献立を考えながら道を歩く。帰宅ラッシュの時間帯なのか分からないが車通りが多い。

 結局、今日の晩御飯は思いつかず、徒歩5分のスーパーに着いた。

 カートにカゴを乗せてスーパー内をうろうろする。


「なんも思いつかんし、惣菜でいいかな今日は。」


 と、惣菜コーナーに移動すると、何やらあたふたとしている女性が一人。

 焦った表情というか、泣きそうな顔でカバンを探っている。

 大まか、財布を忘れたとか、そんなところだろう。


「……はぁ……。」


 このまま見て見ぬふりして、何かあったら夢見が悪い。

 伊織は少し迷って、あたふたとしている女性に話しかける。


「あの。」

「へ?」


 びっくりしたのか、余裕がないのか、女性は気の抜けた声で返事をした。

 というかこの人、普通に美人だな。

 

「どうかしましたか?」


 多分財布を探しているが、もしこれで違ったら恥ずかしいので、一応聞いてみた。

 女性はまだあたふたとしているが、徐々に落ち着いてきた。


「えっと、さ、財布をどこかに落としてしまったみたいで……。」

「なるほど。家に忘れてきたとかではなくて、ですか?」

「わかりません。もしかしたら家にあるかもしれません。」


 少し話してみて気が付いたが、この人の声、どこかで聞いたことがあるような気がする。

 まあ、他人の空似という可能性もあるが……。


「じゃあ、俺が建て替えますんで、家を探してみましょう。」

「そ、そんな! 悪いですよ……。」

「いいんですよそのくらい。それに、お腹空いてんでしょ?」


 伊織はそう言って、女性のカゴの中に目を向ける。

 カゴの中はお菓子やジュース、弁当にスイーツとカゴの半分ぐらいまで詰まっていた。

 それに、そのカゴの中のものを戻すほうが面倒臭い。


「~~~ッッッ!!! ……あ、ありがとうございます……。」


 顔を真っ赤にしたあと、冷静にしようと無理したせいで、なんか可愛い。

 伊織は適当に自分の晩御飯を選んで、レジに向かう。値段はそこそこしたが、あの可愛い顔を見られたのなら安い出費だ。

 買い物袋で各々分けて、そのまま帰ろうとしたが。女性に呼び止められた。


「あの、お金返したいので家に来てもらってもいいですか?」

「え?」

「あっ、じ、時間があればでいいので。」

「いや、時間は大丈夫ですけど……。」

「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」


 女性の純粋な目に勝てなかった伊織は渋々承諾して、スーパーの外に出る。

 どうやら、車で来ているらしい。

 女性はカバンから車の鍵をだして、駐車場を進む。


「あの、」

「はい。」

「お名前、教えてもらってもいいですか?」

「俺のですか?」


 他に誰がいるんだ。

 と、自分でツッコミを入れるボケをしてしまうくらいには、伊織も応用している。

 女性も戸惑いながら、小さく頷いた。


「えっと、九条伊織です。」

「九条さん……。あ、私は椎名 狛音しいな こまねです。」

「よろしくお願いします、椎名さん。」

「はい。よろしくお願いします、九条さん。」


 軽い自己紹介を終えた伊織と狛音は、車に向かう。

 そして、車はまさかのジープラングラー。なかなかに厳つい車がスーパーに停まっているなと思ったら、狛音の車だった。

 ただ気になったのは、その厳ついフォルムには似合わない初心者マークが貼ってあったこと。


「……失礼を承知で聞くんですけど、椎名さんっておいくつですか?」

「えっと……今年で二十歳になります……。」


 二十歳?! 絶対に若いだろうとは思っていたが、予想以上に若かった。

 

「えっと、免許を取ったのはいつですか?」

「去年……です。」


 初めての車がジープラングラーか……。

 伊織が初めて免許取ったときに買ったのは軽車だった。まあその後すぐに自動二輪の免許を取ってバイクを乗り始めたのだが……。


「だ、大丈夫です! 自転車でも来れる範囲内でしか車で行きませんので……。」

「お手柔らかにお願いします。」


 伊織は荷物を後部座席において、助手席に乗る。

 今まで軽車しか乗っていなかった伊織の感想は、ただただ車っぽい……だった。

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