第7話 VTuberデビュー?1
「おはようございま〜す。」
今日も、重い瞼を擦り気の抜けた挨拶をして出社する。
昔は“社会人なんて言う程辛くないだろ!“とか思っていたが、年をとれば取るほど、辛くなってくる。
「おはよ〜伊織。……なんか、部長が呼んでたぞ。」
「くぁwせdrftgyふじこlp……え? 俺何かした……?」
南原の突然の報告に、伊織はすっごく焦った。
日常に字幕がついているのなら、字幕は記号だらけになったくらいには焦った。
「わからん。でも、別に怒ってる風には見えなかったぞ?」
ほんとか? 勘弁してくださいほんとに。俺まだ死にたくないよ……。
伊織が焦るのには訳がある。伊織だけでなく大概の社員は、課長に呼び出されることは度々あるが、部長に呼び出されることは滅多にない。伊織も入社してから呼び出されたことは一度もない。
あるとするなら、やばい失敗をした時かやばい失態をしでかした時だけだ。
「入社してきたら、第一会議室に来いってさ。」
「えっと……通常業務があるので……」
「今日は別にいいってさ。……まあ、どんまい。」
「……南原。パソコンの履歴は、任せたぞ。」
覚悟を決めた伊織の言葉に、何を察したのか知らないが、南原は声のトーンを下げ「ああ。任せろ。」と洋画でよくいる相棒キャラのようなセリフをかましてきた。
しかし、そんなネタに構っている余裕は今の伊織にはない。
伊織は鞄を置き、着ていたジャケットを椅子に掛け、死地に足を運んだ。
第一会議室の前、ドアには使用中と書かれた看板が貼ってあった。
伊織は大きく深呼吸をしてから、二回ドアをノックした。
部屋の中からは「入れ。」と重々しい声が聞こえてきた。
「失礼します!」
伊織はチビリそうになるのを気合でなんとかし、ドアを開けた。
広い部屋に縦二列で並ぶ長机と、たくさんの椅子。部長は、部屋に入ってすぐの椅子に真顔で座っていた。
怖い。何が怖いって、この広い部屋にこんなおっかない顔した人と話をするとか……もはや一種の拷問である。……で、どうすればいいの、俺。
伊織はどうすれば良いのか分からなので、ドアのところでしばらく待っていたら、部長が口を開いた。
「まあ、かけなさい。」
「失礼します!」
部長が自分の隣の椅子を指して話したので、伊織は部長に一礼して隣に座る。
「急に呼び出してすまなかったね。」
「いえ全然。」
「時間がもったないから早速本題に移るが、いいか?」
「はい! 全然大丈夫です!」
ここで「ちょっと待ってください。今日の天気について話しましょう!」とか、言えるわけ無いだろ!
「実はね、君に頼みたいことがあるんだ。」
部長は声のトーンを上げて、威圧感の無い話し方になった。
「俺に頼み事、ですか?」
「ああ。君は確か、3DCGクリエイターを副業にしているんだってね。」
「え、どっから漏れたんですかその情報。」
そう、。実は、伊織は趣味を兼ねた副業をしている。
それが3DCGクリエイターだ。もともとVRchatの存在を知ったのも、3DCGの勉強中だった。
Vtuberのアバターも、3Dは関係なくとも、作り方は勉強した事はあった。
そして今、Twitterなどで依頼を請け負っている。
しかし、本当にどこから漏れたのだろうか。
「君の同僚の人から聞いてね。」
「なるほど……。」
絶対に南原である。
「そこで、物は相談なのだが、君にVtuberというのをやってもらいたい。」
伊織は、部長の言葉を理解できなかった。というか、部長の口からVtuberという単語が出てくること自体想定してなかった。
伊織はその場で十秒ほど固まり、ようやっと言葉を理解した。
「えっと……部長。今俺に、Vtuberになれって言いませんでした?」
「ああ。そう言った。」
「え~っと、理由をお聞かせ願いますか?」
「実はね、私の娘が今、企業専属でVtuberというのをやっていてな。最近娘に。『会社でVtuber取り入れたら面白いんじゃないの?』と言われてな。」
「あ~。それで請け負っちゃった感じですか?」
「ああ。この前まで娘と仕事についてで喧嘩して、口も聞いてくれなくてな。この前やっと話ができたから、嬉しくてな……。」
やだ。何この部長さん、めっちゃかわいいんですけど。
普段は厳格で勤勉というガッチガチの人だと思っていたが、ちゃんとお父さんしているようで、少しほっこりした。
「なるほど……分かりました。そういうことなら俺も協力します。」
実を言うと、もともとVtuberに興味がなかった訳では無い。
やってみたいという好奇心はあったのだが、如何せん時間がなかった。
だからこそ、今回話が回ってきたのは、伊織にとっては願ってもない話だった。
「ありがとう、九条君。社長には許可をとってあるから、早速Vtuberの準備に取り掛かってもらえるか?」
「え、いいんですか?」
「ああ。何だかんだ社長も乗り気でな……。」
「なるほど。それで、アバターのイメージはどんなのがいいですか?」
伊織の質問に、部長は少し頭を悩ませる。
そして何かに納得したように頷き、少し口角を上げて伊織に告げる。
「君に任せる。」
「……え?」
「私も社長も、そういう知識は全く無いからな。一番知っている君に任せれば大丈夫だろう。」
部長の言葉を聞いて、伊織は思った。
バリバリのプレッシャーかけてくるやん……。
と。
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