第2話 河津桜 凛

「むむむむむ……。」


 昨夜、紫苑からVRchatの存在を聞いてから一日経ち、太陽はお空の真上に登っていた。

 凛は気難しい声を上げながらプライベート用PCの前で頭を抱えていた。

 理由は「なにこのゲーム! フレンドいなかったら全然楽しくないじゃん!」だそう。


「どこ行っても外国人しかいないし! 日本人どこ?! 私が知らない間にグローバル化はこんなにも進んでいたの?!」


 広い部屋で一人発狂する凛。まるでギャンブルに負けた返済日前のパチンカスのようだ。

 ちなみに外国人しかいない理由は、昼間の時間は皆それぞれ仕事や学校があるからだが、凛がそれを知るのは、もう少し先の話。


「むー。紫苑ちゃんは今日案件の打ち合わせって言ってたし、他のみんなも仕事あるし……。」


 人気になれば忙しくなると思われがちだが、実際はそんな事はない。

 もちろん、企業に所属していれば話は別だが、個人勢のVtuberには、こういった時間は少なくない。

 VRchatが上手くいかず頭に血が上ったので眠たくない凛は、ゲーミングチェアでクルクルと回転しながら暇つぶしを考えた。

 回り始めて2分、そろそろ三半規管が限界を迎えそうになったところで、インターホンが鳴った。


「? 何か頼んでたっけ。」


 椅子から立ち上がり、ふらつきながらインターホンで返事をする。

 とりあえずは宅配ボックスに入れてもらって、後々取りに行く。

 出来るだけ人に会いたくないのもあるが、凛が住んでいるのは35階。いちいちここまで荷物を運んでもらうのが申し訳なく思えてきたので、最近は有酸素運動も兼ねて、荷物くらいは自分で持って入るようにしている。

 

「ま、エレベーター使うんですけどね。」


 有酸素運動なんてなかったんや。

 凛はロビーに設置してある宅配ボックスから、結構大きめのダンボールを取り出して、もう一度エレベーターに乗った。


「待って、想像の5倍くらい重い。」


 と、愚痴を溢しながら35階まで上がった。

 ここまで来れば、あとは楽しい開封のお時間だ。凛はルンルン気分でそのダンボールを開けた。


「あ~買ったなぁ……そういえば。」


 そう、ダンボールの中から出てきたのは白い箱。

 昨夜深夜テンションでポチったVRヘッドセットである。

 今まさにVRchatを諦めようとしていた凛にとっては、複雑な心境である。


「まだ開封してないし、このまま返品しちゃおうかな……。」


 頭の中に返品の二文字が浮かんだ凛。しかし、それと同時に少しだけ興味が湧いてきた。

 凛の頭の中は今。『これで映画とか見たら凄そう……。』とか、『VRでエロゲしてみたい!』といった欲望で溢れていた。


「まぁ、せっかく届いたんだし、ね。」


 凛は白い箱からVRヘッドセットを取り出し、説明書通りに設定していく。

 流石にVtuberという事もあって、こういった機材設定には慣れており、淡々とケーブルを繋いでいく。ちなみに、凛が使っているプライベート用デスクトップPCは、凛が自作したものだ。


「よし、早速装着!」


 ある程度の設定を終わらせ、VRヘッドセットを装着する。

 少し頭が重いが、初のVRという事の感動でそんなことはどうでも良かった。


「えっっっっっっろ。」


 何故かエロいという単語が出てきたが、それくらい感動しているということだ。

 とりあえず凛は、無料の空間ソフトをいくつか試してみることにした。


「すご。魚とかマジで触れそう……。」


 そうこうとしている間に、外はあっという間に夜。

 凛は一度VRヘッドセットを外し、開放感に浸る。いくら感動するとは言え、重いもんは重い。

 デスクの上においてあるペットボトルから水を接種し、ネットサーフィンを始める。


「あ、VRchatの初心者特集。」


 関連記事のところに出てきたのは、まさに諦めようとしていたVRchatの初心者向け特集のサイト。

 そうだ、最初から調べればよかった。

 そのまま吸い込まれるように、凛はサイトをクリックした。


 

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