第48話推しと出勤前のキス

佐藤のWEB小説でのペンネーム叶歩夢の名で発売されたライトノベル『デスマーチから始まる同棲生活』の売上げは、芳しくなく不調だった。 

 

 WEB小説を書籍化出来れば専業作家となって、毎日、夢のような生活を出来ると思っていたが 

現実は甘くなかった。 

 

 佐藤は、以前と同様に、社畜として毎日働かねばならない。 

 

 それが、弱小作家の宿命だ。専業作家として活動出来ているのは一部の書籍がベストセラーとなった大人気の売れっ子作家だけなのだ。 

 

 所詮、弱小作家は仕事と兼業して苦い汁を啜るしかない。 

 

昨日、未来たんが言っていたように、今の仕事のままだと、体を壊し兼ねない。 

 

 『放課後シスターズ』のプロデューサーの話を真剣に考えてみてもいいのかもしれない。 

 

「あー、会社行きたくないなー」 

 

まだ、疲労が抜けきらず、体が重い。会社に行かないと思うと頭が痛くなる。 

 

 体が、拒絶反応を示しているのだ。 

 

朝食を食べながら、陰鬱な気持ちを吐露すると、未来たんが端を止めて、すかさず反応する。 

 

 今日の朝食は、玉子焼きに菜っ葉の和え物。味噌汁。睡魔と疲れで味が分からない。

「佐藤さん、お疲れのようですね。無理はしないでくださいね」と未来たんが労いの言葉をくれる。 

 

佐藤は少し気が楽になり「うん、程ほどに頑張ってくるよ!」 

とわざとらしく去勢を張る。でも、本当は行きたくないと本心が訴えかける。 

 

「頑張って下さい。それに、今日は部長さんに言うのでしょう?」 

 

「ああ、ガツンと退職願いを突きつけてくるよ!」 

 


「早く仕事から解放されるといいですね」 

 

「うん...そう願いたいものだな」 

 

一刻も早く今の社畜生活の環境から抜け出したい。その為には部長を説得しないことには始まらない。 

 だけど、佐藤は自信がなく佐藤は不安感が心を苛む。本当にあの部長を論破することが出来るのか 

 

「佐藤さん。会社に行く前に、その...しますか?」と未来たんは頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながら手をこねくり回してモジモジして言う。

 「い、いいのか?」

 その姿が奥ゆかしく、思わず抱きしめたい衝動に駆られる。 

 リビングに移動して、「じゃあ、おいで!」と未来たんは 両手を前に広げてハグの体勢で言ってくる。 

佐藤は、未来たんの腕の中に身を委ねて彼女から優しく抱き寄せられると、ギュッと、ハグをする。未来たんの胸に顔を埋め、起伏の柔らかさをとミルクの香り女性特有の甘い匂いと花のような匂いがして安心して心地いい。 

起伏に触れないように鎖骨部に顔をずらして、ハグをし胸に押し当てられる双丘の柔らかな感触になんともいえない暖かさを感じ、お日様に包まれているような心地よさを感じる。

 

 そして、お互いに唇を重ね、甘いキスをする。数秒間彼女の中に混ざり合うとほんのりと、玉子焼きの味がした。

そうすると、頭が蕩けて、さっきまで抱えていた不安感がスッと和らぐ。 

 もっとと思い、未来たんを求めると彼女は、それに応じてくれた。

そして、貪るような接吻をすると、未来たんは、「もうやめて」と手で佐藤の胸をタップしてくる。

 ゆっくりと名残惜しさを感じながら、重ねていた唇を離す。 

 

「いっぱい、したね......」未来たんは潤んだ瞳を伏せて、羞恥をかみ殺して言う。 

なんだか、いけないことをしたみたいな背徳感に心臓が高鳴る。 

 

未来たんから体を離し、佐藤は、立ち上がる。 

 

「もう、大丈夫。それじゃあ行ってくる」そう言って、決戦の地へと向かうのだった。 

 

               *** 

 

会社に出社すると、真っ先に部長からデスクに呼び出された。覚悟を決めて向かう。 

 

「昨日は、どうして、会社を休んだんだ!」 

 

「わー!すみません部長!!昨日は、疲れが抜けなくて出社出来なくて申し訳ありませんでした」 

 

「なにを甘っちょろいことを言っているのだ!他の社員を見てみろ元気に働いているだろ。 

お前も彼らを見習って働け!」 

 

「そ、それは仰る通りです」 

 

(他の社員が元気で働いているからといって俺まで元気に働けると思うなよな) 

 

「使えない奴はクビを切るからな。いいか、お前の代わりなどおくらでもいることを忘れるなよ」 

 

「は、はい。肝に銘じておきます」 

 

(使えないのはお前の方だろ禿げ!いつも偉そうに説教ばかりしやがって) 

 

あと俺、会社を辞めて良くね?だって、使えない社員なんだろ? 

 

「あの、部長、折り入ってお話があるのですが、お時間大丈夫でしょうか?」 

 

「なんだ?手短に済ませろよ。私は忙しいんだからな」 

 

「僕、もう限界なのです。だから会社を辞めさせて下さい!」と意を決して言う。 

 

すると部長の表情が、今までに見たことのない激しい怒りを覚えた表情に変わった。 

 

般若のような顔とはこのことか。 

 

「佐藤、お前...寝言は寝てから言えよ。駄目に決まっているだろ!」 

 

「そ、そんな......」 

 

「ふざけるのは顔だけにしておけよな!いつも仕事中に腑抜けた顔しやがって」 

 

「僕は、真剣に取り組んできたつもりです」 

 

 

「どうせ口だけだろ?人材不足のときに辞めたいだと?使えない社員でも居ないよりはマシだからな雑用くらいには役に立てよな」 

 

「そ、そんな......」 

 

(おいおい、使えない奴はクビにするって言ったばかりだろ?言っていること矛盾していないか?さっと俺をクビにして解放してくれよ) 

 

でも、これで、腹は決まった。 

 

 こんなクソ上司の元で働く会社なんて絶対に辞めてやる!と心に誓うのだった。 

 

               *** 

 

昼休みのこと。佐藤は春風と食堂で昼食を食べていた。 

 

佐藤は、未来からの愛妻弁当を食べ、春風は、社食の食券を買い、磯辺揚げうどんを啜っていた。 

 

「なあ、春風、俺が、転職したいって言ったらどう思う?」 

 

「え!?普通に嫌ですけど。先輩、会社辞めるんですか?」と即答してきた。 

 

「いや、今すぐに辞めようというわけじゃないが、近いうちにと考えている」 

 

「えー考え直してくださいよ!」 

 

「なんでだよ、お前の考えで人生の転機を棒に振らないといけないんだよ!それに俺はもう決めたんだ」 

 

「というか、イジリ甲斐のある先輩が辞めたら、私は何をしに会社に来ればいいんですか!?」 

 

さも当然に言う春風を佐藤は、「いや、仕事しに来いよ!」とすかさず突っこむ。 

 

「俺をイジルのがお前の仕事か?違うだろ、ちゃんと業務をこなせよな」

「半分はね。てへぺろっ!」 

と舌をチロリと出して茶目っ気たっぷりに言う春風。 

 

「可愛く言っても駄目だ。会社に何しに来ているんだよ!」 

 

「先輩が辞めたら私が困るんですからね。分かっているんですか?」 

 

「わかった、俺が居なくなって社内で話せるオタ友がいなくなるから会社がつまらなくなるってことか?」 

 

 

「それも、確かにありますが、それだけではないといいますか......」 

 

「なんだよそれどうせ、俺と遊べなくなるのが淋しいんだろ」 

 

 

「もう!分からないならいいですよ。この鈍感主人公ー!!」 

 

「人をラブコメ主人公みたく言うな!失礼な奴め」 

 

「先輩なんて知らない!もう、好き勝手に転職でもなんでもしたらどうですか?!」 

(本当は大好きな先輩が居なくなるのが淋しいんですからね、気付いてよ!) 

 

春風は、本心は心の奥底にしまうのだった。 


               ***

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