第37話 推しとあなたの好きなところ
新生『放課後シスターズ』のお披露目ライブが始まる数分前、佐藤は『放シス』のライブには来ていなかった。
ライブ当日に突然、仕事が入ってしまい、春風と供に出張先に出向いていた。
それに、俺が行ったら、また恋愛疑惑が起こって報道されてしまうだろう。以前のような恋愛騒動になってしまう。
せっかくアンチが落ち着いたというのに、また美来たんを傷つけてしまう。
だから俺は『放シス』のライブに行くことをやめた。
アイドルに復帰した美来たんにとって俺は、足枷でしかないから。
そう決め込み、取引先に向かう道中、正直に言うと頭の中は、『放シス』ライブのことで一杯だった。
心に靄がかかった様に、気持ちが晴れない。もう、そろそろライブが始まる時間だな。
俺にはもう関係のないことだから……美来たんになんて言い訳しよう。急な仕事ができたからでいいか。
「先輩、今日はすみませんでした。出張に付き合わせてしまって。今日は確か、『放シス』のライブのはずですよね?もう、始まってるんじゃ……」
『行かなくていいんですか?』と視線で訴えかけてくる。
「もう、いいんだ。行かないって決めたんだ。」
俺、そんなに行きたそうにしていたかな?なんとかして誤魔化さないと。
「なんでですか?あんなに楽しみにしていたのに!先輩、会社でも未来たんが復帰したってあんなに喜んでいたじゃないですか?!」
「それは、そうなんだが今は、仕事中だろ?」
「何、いい子ぶっているんですか、そんな!先輩が、『放シス』のライブより大事な用事があるわけないじゃないですか!」
「そ、それは……」
正直なところ『放シス』のライブより大事な用事などない。
でも、美来たんのこれからのアイドル活動を考えたら、俺は身を引かないといけないのだ
「ほら、仕事なら、わたしに任せて、早く『放シス』のライブに行ってください!」
「だって、俺が行ったら、また美来たんに恋愛疑惑が浮上して迷惑になってしまう……」
でも、本当は行きたくてしょうがない!だけど、そんなこと出来るわけないじゃないか 。
「また、スキャンダルが起こると思っているんですか?」
「そ、そうだけど……」
だって、以前も俺との‘同棲がバレて炎上したからまたそうなったらと思うと怖かった。
「ないない、それだけは無いですよ!こんな根暗でパッとしない死んだ魚の目をした男が恋人だなんて…ストーカーの間違いですよね?!」
「おい!それはあまりにも酷く無いか?!ストーカーはないだろ」
「じゃあ、ガチ恋勢の痛いファン?それはそれでキモイですよねー!」
「お前な、言いたい放題言いやがって、普段からそう思っていたのか!」
「まあねー」
「まあ、恋はしているけど、アイドルにガチ恋なんてするもんじゃないだろ?!」
「先輩がそれを言いますか!?冗談ですよー!間に受けないでくださいね。」
「マジかよ……」
俺も美来たんと同棲している手前言えたことではなかったな。
「あと疑惑なんて言うから、不審に思われるんですよ!」
「じゃあ、どうするんだよ!」
春風が何を言おうとしているかが分からない。一体、なにが言いたいのだろう?
「それじゃあ、公式に認めてしまうとかはどうですか?」春風は、いいことを思いついたように言う。
「バッ何を言っているんだ!そんなことできる訳ないだろ!それこそ炎上するわ!」
「じゃあ、先輩は、美来たんの恋人じゃなかったら一体なんなんですか?」
「俺は、美来たんにとって……」
そうだ!俺は、美来たんにとっての……春風の言葉で気付かされた。
俺は、本心に従うまでだ。
「ごめん、ちょっと用事を思い出した!取引先にはお前一人で行ってくれないか?」
そう言い残してきた道を走って戻る。
佐藤は、ライブ会場である、恵比寿ガーデンプレイスまで電車に乗って向かった。
***
未だ、佐藤さんはライブ会場の恵比寿ガーデンホールに現れない。
最後の曲へと移り変わりそうだ。もうライブも終わってしまう。
どうして来てくれないの?
わたしのことを推しメンだと言ったのも好きだと言ってくれたことも嘘だったのかな?
いや、そんな訳ないよね。そんな不安の中、『放シス』のセトリもラストソングを残すのみとなった。
最後の曲を歌う前に、わたしは単独で、MCにと入った。
『皆さん楽しんでいますかー!?今回のライブも次の曲も次が最後となります。この曲は、わたしの大切な人に向けて歌いたいと思います!』
紫色のロングヘアーに一番のチャームポイントにダークレッドのリボンに淡いピンク色のセーラー水着風のヘソ出し衣装に身を包み赤いリボンが装飾されたミニスカートを翻す。
これが今日の為に仕上げてもらったステージ衣装の勝負服。
ピンクのハート形のバックルが光り、これでもかと言うほどわたしを見てもらうために両手を観客のファンに向けて広げアピールをする。でも、一番見て欲しい人は客席に現れないことが残念でならない。
ここで、ファンの野太い歓声が起こり、わたしは、続ける。
「聞いてください。『君の好きな100のところ』」
わたしのMCは終わり、メロディが流れて、わたしは歌い出そうとすると
その時、ガーデンホールの後方の扉が勢いよく開いてそこから現れたのは……
息を切らした佐藤さんだった。
その時、不安な気持ちが解放されてわたしは安心して ラストソングを歌い出す。
わたしのありったけの想いを込めて佐藤さんに届けと唄った。
曲が終わり、歓声と拍手が静まるのを待ってわたしは口を開く。
『ご拝聴ありがとうございました。この曲は、わたしのサイリウムカラーを振ってくれた、わたしを推してくれる皆のために歌いました!」
この言葉を皮切りに、会場中で『うぉーー、美来たーん!!』と野太い歓声が飛び交い会場中サイリウムカラーが赤一色に染め上がりが大盛り上がりとなる。
わたしは、最後の最後で嘘をついた。それは、ファンの皆を傷付けないためのキレイな嘘。
上手な嘘を吐いてこそ一流のアイドル。嘘はファンに対する最大の愛情表現だから。
本音は、佐藤さんに向けて歌ったラブソングのつもりだった。このことは自分の心の中だけに大事に閉まっておくことにした。
***
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