第36話 推しと不安なステージ
未来たんは、自分がアイドルを志した過去を語ってくれた。
彼女にそんな知られざる過去があるなんて驚いた。
と同時に、元々、どこにでもいる普通の女の子だったんだなと安心した。
カリスマアイドルとしての才能は彼女はこれまでの経験から後天的に備わったものだった。
生まれ持ってのカリスマ的才能と言われても納得しただろうけど、彼女のこれまでの努力があってこそアイドルとしての輝きを発揮していたのだと思うと、これからより一層応援したくなった。
「未来たんにそんな過去があったんだ……一緒に『放シス』のオーディションを受けた友達はその後どうなったんだ?」
受かったのは美来たんだけだし、また、彼女もアイドルを目指して頑張ってきたのに気になった。
「舞雪ちゃんのことですか?」
「そうそう、あんなにアイドルになりたがっていたのに一度の挫折じゃ諦めなかった彼女はこれくらいじゃ諦めないよね?」
「それが、舞雪ちゃんは……『放シス』のオーデに落ちてからはもう……」
「まさか諦めてしまったの?」
だとしたら、それは悲しいことだ。
「そうなんです。あれ以来、アイドルに対する熱が冷めてしまったみたいで、アイドルになる夢は諦めちゃったみたいです」
「そうなんだ、アイドル志した者がみんな成れる世界じゃないけど、それは残念だな」
彼女のアイドルに対しての熱意があれば、いつか、夢が開花していたただろうに。
アイドル業界は、厳しいシビアな世界だし、皆が美来たんみたいにカリスマアイドルとして成功できるわけでは無い。
アイドルを夢見て辛い生活を強いられるのなら、他の職業を選んで正解だったのか?
でもそんなこと、当人は決して納得しないことだとは思うけど、こればかりは仕方がない。
「それが、それだけならいいのですけど、あれ以来、アイドルに対して否定的 になってしまったんです」
「それってアンチになってしまったっていうこと?」
「はい、そうです……」
「そうか……アイドルを夢見ていた子がアンチに堕ちるのは正直、悲しいな」
(それも、アイドル業界に誘った本人が自らアンチになるなんてな、皮肉なものだ……)
「じゃあ、もしかして復帰会見の動画配信で『ババドル』ってコメントを送ってきたアンチって……」
「分かりません。違うといいのですが」
「その可能性はあって欲しくないな……」
かつて、一緒に夢を志した親友が今度は夢を阻む存在になるなんて考えたくもない。
「そうだ、佐藤さん、大事なお知らせがあるんですけど、聞いてくれますか?」
「お!いいけど、どんな知らせなんだろう?」
「実は、四人体制となった私たち新生『放課後シスターズ』のお披露目ライブを恵比寿ガーデンプレイスで開催することが決定したんです!」
「おお!それはやったな!」
「嬉しいですか?!」
「そりゃあ、もう最高の気分だな!おめでとう。ところでいつやるんだ?」
またステージ上で美来たんのパフォーマンスを見られると思うと嬉しかった。
今まで、何度もしもまた未来たんが復帰しないかのもしもを妄想したことか。
それが、現実のものとなって嬉しい。
「それはですねー、夏休みシーズンの七月二三日日曜日です。観にきてくださいねー!」
「ああ、絶対に行く!」
正直、社畜に夏休みなど無いに等しいけど、開催日が、日曜日なのが唯一の救いだった。
もし、開催日が平日だったら涙を飲むことになっていただろう。
でも、同時に、本音は観に行きたいけど、俺がライブを見に行って、アイドルに復帰したばかりの未来たんにまた恋愛疑惑がまた浮上しないかが心配だった。
このまま一緒に居たらいつかボロが出る、俺という存在が美来たんにとっての足枷になってしまう。
彼女への想いが恋慕から愛情に変わっていることを自覚し、彼女のことを必死で頭から追い出そうとする。
アイドルに恋心を抱いてもいいが、ガチ恋はするものじゃないな。と一人、自分の気持ちに釘を刺した。
***
新生『放課後シスターズ』のお披露目ライブ当日、わたしは緊張していた。
ファンの前では久しぶりのパフォーマンスに、上手く出来るだろうか?練習で歌唱やダンスの勘は戻ったけど、緊張のあまり失敗しないだろうか?それが心配だった。
そして、佐藤さんは、わたしのサイリウムカラーの赤ライトを振ってくれるだろうか?わたしが推しメンだとい言ってくれていたし大丈夫だよね?いざ、恵比寿ガーデンホールのステージに上がってみると不安は更に加速した。
それは、佐藤さんが事前にチケットを渡しておいたにも関わらずVIP席に居なかったのだ。
トイレに席を外しているのかな?と思ったがどうやら違うみたいだ。いつになっても現れる気配がなかった。
そんな、どうして……わたしはそんな不安な気持ちの中、ライブが始まった。
各々、自己紹介をし、一曲目の曲で会場を暖めてから、真凛のMCに入る。
「今日は新生『放課後シスターズ』のお披露目ライブに来てくれてありがとう!うんと盛り上げていくからお姉ちゃんに任せておいてね!」
続けて、唯花がMCをする。
「皆、元気―?!わたしは元気いっぱいだよー!今日は楽しんでいってね!」と元気いっぱいのMCが終わると、
そして、最後にわたしののMCの番となった。
「一度は、アイドルを引退したけど、やっぱり、皆と一緒のステージに立ちたくてアイドルがやりたくてまた、戻ってきました。こんなわたしで良かったらまた応援してくれると嬉しいです!」
客席から、『アイドルなのに恋愛して俺たちを裏切りやがって! よく戻ってこられたなー!!』
『お前なんてアイドルに復帰しないでそのまま引退して、彼氏とよろしくやっていれば良かったんだ!』とアンチからの怒声が飛び交う。
わたしは萎縮してしまって声が出なかった。申し訳無い気持ちでいっぱいになる。
それでも中には、『頑張れー!』『気にするなー!』との励ましの声も聞こえてきて、
わたしは勇気付けられて、気持ちを持ち直した。
「こんなアイドルとして至らないわたしですが、精一杯頑張ります。ステージパフォーマンスで挽回したいと思います、どうか見ていてください!」
そうして各メンバーのMCを終えて佐藤さん不在の中、セトリを 歌い始めるのだった。
***
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