第23話 推しからのSOS2

ある日の平日のこと。佐藤さんが仕事で家を空けている最中にわたしが留守番をしていると突然、インターホンが鳴らされた。


 佐藤さんが帰ってくる時間には少し早いから宅配便か何かと思い、ロックを外して、玄関を開けるとそこには見知らぬ男の人が立っていた。




わたしは、一瞬、身が竦む思いをした。


 やっぱり、まだ見知らぬ男性を前にするのは怖いのだ。




わたしは、電車で痴漢に遭ってから男性恐怖症になっていた。


アイドルを卒業したのもそれが理由だった。男性ファンの前に立てなくなったのだ。




 「未来ちゃんが僕のアカウントをブロックするから会いに来ちゃった。」と笑顔で言ってくるも恐怖でしかなかった。


 ファンが自宅に推し掛けてトラブルに遭ったという事件を以前、耳にしたことがあった。


まさか、自分の身に起こるなんて思ってもみなかった。


 今、目の前に居る男もなにを仕出かすか分かったものじゃない。




手元に防犯ブザーが無いのがなんとも歯がゆい。


ここで鳴らせば、周囲の人が気付いてくれるだろうが、今はそれが出来ずにいた。




「なんで、わたしが住んでいる家を知っているのですか?」


ふと、疑問に思ったことを訊いてみる。行きつけのカフェを特定したことは分かるが、どうして自宅まで特定されているのだろうとそんな疑問が湧いてくる。




「ああ、それね、この前、カフェで偶然に未来ちゃんを見かけて、君の後を尾けさせてもらったんだ。まさか、彼氏の家で同棲中とはね!」




「ち、ちがう!」 と即座に否定したかったけど、彼が言っていることは的を射ていた。




「彼が、引退会見で言っていた、痴漢から助けてくれた人?」と尋ねてくる男。




ここで、佐藤さんを彼氏と認めたらネットになにを書き込まれるか分かったものじゃない。 彼に迷惑がかかってしまう!




 そもそも、佐藤さんとは恋人関係ではないし。




即座に、「恋人じゃ、ないです...」と否定しようと思ったけど、動揺して声が上手く出せなかった。




ただ、このままじゃ、佐藤さんに迷惑をかける。それだけは避けたかった。


 なんとかして、お引き取り願えないだろうか?そのことだけを考えていた。




 「わたしのことは、放っておいて帰って下さい!」


どうか、わたし達の関係を邪魔しないで欲しい。これがメディアに明かされれば、間違いなく炎上して今まで通りの生活は出来なくなってしまうだろう。


 


 それだけは、避けたかった。今までの幸せな生活が終わってしまう!


事態を打開する方法が分からないどうしよう....


この男に帰って貰う?でも、私たちのことをネットに拡散されたら終わりだ。




「未来ちゃんのことを放って帰ることなんてできないよ。だって君は僕が大好きで大嫌いなアイドルだからね」




「あ、元アイドルか。まあ、どっちでもいいか」そういい男は更に言葉を続ける。




「君は、僕から全てを奪った。いや、僕だけじゃない。君のことが好きなドルオタ達の夢を裏切ったんだ!」






「僕はね、君がデビューした年から、僕が高校生のころから君の大ファンだったんだよ」




10代の全ては君に捧げたと言ってもいい。陰キャの僕は恋もろくに出来なかったけど、君にガチ恋していたんだ」




「それは、どうもありがとうございます。アイドル冥利に尽きます」


男性ファンからのガチ恋宣言は素直に嬉しかった。こんな状況でなければだけど。


 だけど、今のこの状況では嬉しさよりも恐怖心の方が勝る。




「でも、あの引退会見は」なんだい!?僕は耳を疑ったよ。アイドルを好きな人ができたから引退するだって!ハァ!?ふざけるな!」




「ごめんなさい...」


ファンの気持ちを直で聞いて、わたしは、わたしを好きでいてくれたファンの皆に取返しのつかない裏切り行為をしてしまっていたのだと今になって気付いた。




 もう、取り返しはつかない。わたしが今後、向き合っていかなければならない問題だった。




どうやら、外では雨が降りしきっているようだ。ザーっという雨音が私の今の心模様を表しているようだ。




「僕は、その日、君のアイドルファンでいるのを辞めたよ。CDこそ砕かなかったけど、僕たちファンを裏切った、君の歌声は、もう聞きたくないと思ったね」




「ほんとうに、すみません....」


それしか言葉が出なかった。それ以外の言葉なんて今の彼には火に油だろう


「謝るなら、僕だけじゃなくて、全、未来たんファンに謝ってよ!」




「謝りますから、ここはお引き取りください!」


わたしはとんでもない罪を犯してしまった。これは、これからの人生を掛けて償わないといけないことだ




「ここまで失礼なことをしておいて、言葉だけで終わらせる気かい?誠意を見せてよ!」




「そう言いますとどうしろと?」


わたしにできることならなんでもする。ただ、体を使うのには抵抗がある。


もし、そんなことを求められたらどうしよう....




「そうだね、家の中に入れてよ、お茶くらい出してもてなし手貰わないと気が済まないね」




「お茶を出したら帰ってくれますか?」




(それだけで済んで佐藤さんに迷惑が掛からないなら、安いものかもしれない)




「いいですよ、上ってください。ただ、可笑しなことをしたら警察を呼びますから」




そう念を押して男を、マンションの部屋に上げた。




男が中に入る隙をついて、佐藤さんにメッセージを残して。




               ***


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