第6話 推しとお願い
昨日、未来たんと電話して部長に仕事を辞めたいと伝えることを決意した。今日は朝から気分が重い。
部長に話をどう切り出そうかと考えると胃が痛い。今から緊張してどうするんだ!
軽めの朝食を食べ、いつもより早めに出社した。
俺は、自販機で缶コーヒーを片手に、 昨日考えた会話のシチュエーションをスマホで確認する。
コーヒーを飲んで緊張を解す。よし、いくか。
部長が出社してきたタイミングで、部長のデスクへと向かう。
もう、心臓がバクバクだ。落ち着け俺!
「部長、仕事の前に大事なお話があるのですが、少しお時間をいいですか?」
「なんだ佐藤、私に話とはなんだ?どれ、言ってみろ。」
「あの、そのですね。この会社で働き出してから十年経ちますし俺、転職を考えているんです。」
言ってやった!今まで言いたくても言えなかったことを今、部長を目の前にして。
「転職ということは、うちの会社を辞めたいと言うことか?」声のトーンを下げながらそう言う部長。
これだけで分かる。ご立腹だ!マズイ、怒られる……
「そんなにうちの会社が不満か?そうなんだな!」
「今、辞めたら絶対後悔するぞ。いいか?お前は社会を分かってない!」
「そんな、今辞めなかったら後々後悔します!ここで行動しなかったことを後悔したくないんです!!」
ここで引き下がったら、一生会社の歯車にされてしまう。俺はここで食い下がる。
「今、会社を中途半端に辞めて、どこの会社がお前を採用するっていうのだ? 」
「そ、それは……」
ごもっともだった。図星で、この会社しか勤務経験の無い俺を採用してくれる会社は果たしてあるのだろうか? そんな不安が過る。
「いいか、佐藤。逃げるように辞めるな!辞めるんだったら自分に自信を持ってから辞めろ。」
「自分に自信を……」
そう言われ、ハッとなった。確かに、今の自分には自信がない。このまま辞めてしまって本当にいいのか……
「そうだ。何も、一生うちの会社で働けと言っているわけじゃない、今がその時ではないだけだ。分かるな?」
「は、はい。早まっていたかもしれません……」
今辞めれば、何もかも中途半端で終わってしまうだろう。最悪、転職に失敗して仕事を失い無職になる可能性だってある。
そんな危険を冒して次に進むのは間違っていると部長は伝えたかったのだろう。
部長は 完全に会社に縛りつけようとする悪じゃないから質が悪い。
「わかりました。今はまだ辞めないで頑張ってみます!」
でも、仕事を変えたい気持ちには変わりはない。辞めるのは今じゃないだけだ。
「分かったならよし。さあ、仕事をしろ!」
これで良かったのか?いいんだよな。今が好機でないから。仕事を辞めるのは難しいな……
佐藤は、気付いていなかった。これがブラック企業から抜け出せない沼にハマっていることに。
その後、モヤモヤした気持ちで仕事をこなしてある程度終わったから少し休憩を取ることにした。
***
「お疲れ様です。先輩!」
自分のデスクでスマホを弄っていると、春風がやってきた。
「先輩、仕事をサボってスマホを弄ったらいけないんですよ!部長に言ってやろー」
「上司チクリやめろ!少しスマホ見て休憩していただけだ。サボってはいない」
「え?それを、サボリと言うのでは?」
「うぐっ......」
痛いところを突かれた。確かにスマホを弄っていれば、サボリに思われても仕方がないか。
「なんて、冗談ですよ。コーヒーブレイクしませんか?」
「おっ、いいな。丁度、飲みたいと思っていたんだ」と春風と供に自販機コーナーへと移動した。
「先輩ブラックじゃないんですね。珍しい!」
「疲れているときは甘いコーヒーが飲みたいからな」
「先輩、わたしのも!」
「バカ、自分で買え!」などと一蹴するが見るからに凹んでしまった春風を尻目に
「何が飲みたいんだ?」と訊く。
自分から催促してくるあたり、イラっとするけど、後輩に奢ってやるくらい、俺にでもできる。こんなことで、ケチケチしたくないからなと思うあたり俺も、大概甘いよな。
「わー!ありがとうございます、ありがとうございます!この御恩は10倍返しにして返しますね!」
「ほう、10本も買ってくれるのか?」
「イヤだなー、わたしにそんな財力なでそれは、ありえませんよー」
「じゃあ、どうやって返すんだ?」
「愛情の10倍返しです!」
「いらねえ!」
要するに、今の10倍ウザくなるということか。
「酷い!」
そんなこんなで春風にココアを買い与えた。
「知っているかココアにはストレス緩和と安眠効果があるんだぞ。それ飲んで頑張れ」
「ありがとうございます!それではこれからはココアをがぶ飲みします」
「飲みすぎ注意な」
ココアは高カロリーだ。飲み過ぎては糖分の過剰摂取になってしまう。
休憩と雑談を終えて、仕事に戻った。
***
夜、今日あったこと。部長に退職届けを返されたことを未来たんに話したくて電話を掛けた。呼び掛けの電子音から3コールもしないうちにして通話が繋がる。
え?早くない?もしかして未来たんは、俺からの電話が待ち遠しにしていたのかな?
そう考えると嬉しくなった。
「もしもし?未来たん今、電話大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ!電話くるかなと思って待っていました!」
「そ、そうなんだ」
俺なんかの電話を待っていてくれたとかと思うと嬉しくなった。
「今日、部長に退職したいこと言ったよ。結局、部長から言いくるめられてダメだったんだ……」
なんか今日は散々な目に合って明日からまたあの激務の中へ戻るのかと思うと憂鬱になってくる……
「そうだったのですか、頑張りましたね。結果は残念でしたが一歩前進ですよ!」
「ありがとう……」
今は、その言葉が心に沁みた。あとひと押しでもされれば決壊してしまう自信があった。
「佐藤さん、わたしに何かして欲しいことは無い?佐藤さんが仕事を頑張れるようにお手伝いがしたいんです」
「そ、それは、なんでもいいのか?」
「はい、わたしにできることなら何でも」
未来たんはスタイルが良いそんな彼女が何でもってことは、あんなことやこんなこともか?
いや、ダメだろ!そういうことは恋人になってからだ。
今は、友達としてしてあげたい事を聞いてきているのだろう。
「それじゃあ、未来たんの手料理が食べたい。って、ダメだよな……」
彼女でも無いのにこんなお願い、普通だったら断られるだろう……
「いいですよ、作ってあげます」
「え?いいの?!」
俺は彼氏でもないのにそんなことされたら勘違いしてしまうだろう。
「いいですよ!」
本当かよ……
「やった……」
思わずそ、う、零していた。
これは夢か!それとも俺の幻聴か?!でも、何で俺なんかに?
と疑問は残ったけど、まあいいか細かいことは!
***
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