第5話 推しと人生相談

一月中旬都心でもチラホラと雪が降る寒空の下、積雪はたいしてないけど交通障害は起きていていて交通期間がストップしてしまうニュースが流れる。この程度で?と笑ってしまう。


テレビに映し出されるレポーターは慌てふためいている。




俺は、夕食後のコーヒーを飲みながら一息つきながらスマホを弄る。チョコをひとかけ食べてブラックコーヒーを飲む。糖分が脳に補給されて、カフェインも摂取したことで、頭が覚醒していく。仕事で疲れた日の夜はコーヒーとチョコに限る。


 甘いものこそが正義だ。チョコの濃厚な甘さがブラックコーヒーと合わさる味が好きだ。


 甘さの余韻を感じながらもう一口コーヒーを口に含む、程よい苦味にほんの僅かな酸味が心地よい。仕事で疲れた心を優しく癒してくれる。


 俺は、再びスマホを操作すると、永遠の推しの子であり先日、友達になった叶羽未来のアドレスの通話ボタンを押そうかどうしようかスマホと睨めっこしてやっぱり通話はしないでおこうと決めるが、指先が誤って通話ボタンをタップしてしまい、意図して軽快なコール音が鳴る。


 慌てて通話を切ろうとするも、3コール目にして通話が繋がってしまう。


 ここで通話を切ろうものなら失礼に当たってしまうから俺は、諦めて通話へと出る。




「もしもし、佐藤さんなんですか?こんな時間に?」




「い、いや別に何ってわけじゃないんですけど……」




「酷い!用も無いのに電話してきたのですか?!わたしそんなに暇じゃ無いんですけど!」




「ごめん、すぐ切るよ…」と俺は、慌てて通話を切ろうとするが、「ちょっと待って!」と言う彼女の言葉で手を止める。




「冗談ですよ、何か用事があったから電話してきたんじゃ無いんですか?」




「それは……」


なんでも、お見通しか。かなわないな……




「頑張って、わたし佐藤さんの力になれるなら悩み聞きますよ。」


嬉しいことを言ってくれる。未来たんに話を聞いて貰えたら百人力だろう。


「未来たん、友達として相談があるんだけど、訊いてくれない。ダメかな?」


ダメ元で訊いてみる。やっぱりダメかな?


「人生相談?」




「そう、仕事関係なんだけど」


日々の鬱憤を引き出しても大丈夫だろうか?未来たんの負担にならないかな?


「会社内での悩みですかー。」




「まあ、そんなところです」




「わかった!佐藤さんはドルオタだから会社内でドルオタ仲間が居なくてアイドルトークが出来なくて悩んでいるんでしょ!」




「違うよ!会社にドルオタ仲間がいないのは合っているけど、そうじゃなくて……」


確かにうちの会社にはドルオタ仲間は居ない。だけど、相談したいのはそれじゃない。


「じゃあ、なんなんですか?」




「実は、今の仕事を辞めたいんだ」


もう限界だった。このままでは、俺は中小企業の歯車。俺の人生これでいいのか?


夢を追いかけてそれを叶える奴は小さい頃から努力してきたから光を掴めるのだけど、俺は、子供の頃から、こうなりたいという夢が無かった。


ズルズル生きてきたから今のブラックな人生がある。そんな暗闇を晴らしてくれたのが未来たんだった。でも、今は……


「今の仕事は嫌いなんですか?」




「まあね、仕事は、それなりに出来るんだけど良くも悪くも無くて、やり甲斐とか達成感が得られなくてさ…元々、やりたい仕事じゃなかったし俺には向いていないと思う。」


仕事しながら未来たんを追っかけていたから仕事の辛さも苦にならなかったけど、今は、その支えが無い。だからこの生活では持ちそうにない。




「嫌な仕事を無理して続けても辛いだけですからね。クリスマスの夜に、わたしに言ってくれたみたいに、今度はわたしが佐藤さんの背中を押してあげます!」




「ありがとう、未来たん。」






「佐藤さん、わたしは応援していますよ、仕事を辞めること」




「どうせなら二人して幸せになりましょう!」




「なんだか、プロポーズの言葉みたいだね」


どう考えてもそうとしか聞こえないけどこれは完全に言葉の綾だろう。でも、その言葉に俺の胸は高鳴った。




「別に変な意味じゃないですよっ!そんなのじゃないですからね!」




電話口でもわかるほど未来たんは慌てていた。きっと耳まで真っ赤にしているんいるだろうな。




「わかっているって」


でも、どうしても俺も意識してしまう。だって推しの子からプロポーズまがいの言葉を向けられれば


どう考えてもそうとしか聞こえない。だけどこれ以上は言及するのはよしておこう。






「ありがとう、未来たん勇気が出たよ。明日、部長に仕事辞めたいって伝えてみるよ」


今の気持ちを真摯に伝えればきっと部長も分かってくれるだろう。


「実は俺、小説を書くのが趣味で、仕事しながらWEB小説を投稿していたんだけど、上手くいかなくてやめちゃってさ」




「でも、すきなのでしょう?小説」




「ああ、好きだよ。読むのも、書くのもね。どうせ仕事するなら好きなことを仕事に出来たらという憧れがあるんだ。」


今の社会、仕事を選んでいられないのはわかっているんだっけど、どうしても夢を見てしまう


もっと良い環境で好きなことを仕事にしたいというのは欲張りだろうか?でも、次の職場は自分を締め付けるもののないところがいいと兼ねてから考えていた。


「好きなら、続けたらいいですよ、せっかく小説が書けるのにやめてしまうのは勿体ないです」


「うん、また、書いてみる!俺の小説を世間に認めてもらって今の会社も辞めてやるんだ!」




 「その意気ですよ佐藤さんその熱い想いを部長さんに伝えたらいいじゃないですか。ご武運をお祈りしています。」




「ありがとう!じゃあ、またね。」


未来たんに相談して良かった。何だか気持ちが楽になった気がする。


「はい、おやすみなさい!」




「うん、おやすみ」


。自分のやりたいことをやるんだ!そのことを部長に伝えよう。でも、自分の気持ちに正直になってやりたいことをやれるのは学生のうちだけのような気がするが、そんなの関係ない。


 学生の頃、に読んだマンガにオタク教師が学生に向けて


『自分だけの武器を磨け。そして現実に自分だけのルールを認めさせろ!』と説いていたけど、本当にその通りだ。


今の社会自分に、誰にも負けないコレだ!という武器が無ければ夢を掴むことは出来ないだろう。


 小説家にしても漫画家にしても成功しているのは自分だけの武器を持っている人達だ。俺の武器はなんだろう?


俺が誰にも負けないもの。それは……




まさか未来たんと電話で夜のおやすみを言えるなんて思っていなかった。なんだかほんとに友達みたいだなと思った。


               ***

読んでくれてありがとうございます。

2023.9/3に誤字脱字修正して少し改変しました。

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