第4話 推しと卒演

一二月になった。嫌な季節だ。月末になれば街中は赤と白に色づいてカップルがそこら中に溢れるからだ。独り身の俺はそんな憂鬱な日々を過ごすことになるだろう。そんな絶望的の中で嬉しいニュースも飛び込んだ。なんと、1一二月二五日に、未来たんの卒演が開催されるのだ。未来たんファンの俺は、泣いて喜んだ。最高のクリスマスプレゼントだ!

 だって、未来たんの最後の晴れ舞台が見られるのだから!開演は午後一八時からだから仕事を上がってから向かうことができる。


月曜。


残業なんて絶対にしないぞ!と意気込む。え?フラグが立った?のんなの気のせいだろ。




この日は、朝から忙しかった。仕事を残さないように必死で業務をこなしていき、仕事がどんどんはけていった。終業時間が近づいてきてこのまま順調にいけば定時で上がれると思っていた矢先のこと、隣のチームでトラブってしまい急きょ、救援要請を頼まれて、まさかの残業コースとなってしまった。


「佐藤、すまないが今日仕事に残ってくれ」有無を言わせぬ上司頼みの言葉に、俺は咄嗟に言葉が出なく、上司が悪魔に見える。遅れて「はい、わかりました……」と軽く頷く。

これだからブラック企業は嫌だ!ささやかな楽しみすらも奪っていく!と諦観モードになるも気を取り直して、速攻で、仕事を終わらせて、急いで卒コン会場に向かう。


電車から降り、最寄り駅から走って。空から雪が降りしきり、寒さに身を凍えなごら必死で走った。

黒い雪雲が、俺の心を映し出しているかのようだ。


会場に着いた。

が、時には既に公演が終わった後だった。


「クソ!間に合わなかった!」

ごめん、未来たん。必ず行くって約束したのに…と悲しみに暮れてステージ上を見ると、そこはステージ衣装に身を包んだ未来たんが一人佇んでいた。


「なんで……」

よく見ると彼女の表情は、どこかくらく、表情が曇っているように見える。それより、公演は終わったのになんで未来たんがステージに居るんだ?そのことが気になった。


未来たんは俺に気付き「遅いですよ、佐藤さん。なんで卒演見にきてくれなかったのですか?!佐藤さんにわたしの最後の晴れ舞台を見て欲しかったのに。佐藤さんの嘘つき!」


「ごめん、急に仕事が入っちゃってさ……」


「もう!わたしと仕事、どっちが大事なの?!用事があるからって途中で帰っちゃえばよかったのに!」


まるで、彼女がわたしと仕事どっちが大事なの!?と怒っているようでこんな状態なのに気分が上る。


「俺の仕事もそれと一緒だよ。お得意様からご贔屓ひいきにして貰う為にね」と優しく諭す。二十歳と言ってもまだ子供なのだと思った。


「なんで、わたしが、ステージで待ってたっか分かりますか?」


「どうして?」

本来なら、他のメンバーと一緒に舞台裏に下がるのにどうして?まさか、また戻ってきた?なんのために?!考えても訳が分からなかった。


「それはですね、佐藤さんに特別に個別握手会を開いてあげたいと思ったからです。」


「いいのか?俺なんかの為にそんな特別に!」

もう最高すぎるんだけど!未来たんはどうしてそんな良くしてくれるのかな?

考えても分からない。だからその行為に甘んじることにした。


「いいのです。わたしが佐藤さんにしてあげたいからじゃダメですか?」


「そんなことない。‘ありがとう未来たん!」


なんていい子なんだろう!俺の為にここまでしてくれるアイドルって他にはいないぞ!俺は、神対応過ぎる彼女に最大級の感謝をした。


「、始めるよ。佐藤さん」


「お願いするよ」

咄嗟のことで言うことを何も考えていなかった。俺が未来たんに伝えたいこと。それは……

ふと、彼女の手が震えているのに気が付いた。未来たんは酷くきんちょうしているようだ。

「大丈夫?やっぱりやめておく?」

「大丈夫です。それに途中で握手会をやめるなんて、ダメですよ!最後の握手会なんですから」



「でも、握手するのが怖いのです。佐藤さんは安全と分かってはいるのに......」


「いつも応援していました。卒業してもこれからも頑張ってください!」


「怖いなら握手はいいよ」

「で、でも!佐藤さんが握手するのは当然の権利なわけで、いけません!」


「俺は、未来たんも楽しくないと嫌だ。」


「それなら、また今度にしますね」

「え?また今度??」

アイドルとファンが触れ合えるのは基本、握手会だけだ。それも、今回がさいごだからもう未来たんと会うことは無いだろう。なのに、彼女は今、『また』と言った。

「どういうことかな?」


「それは、佐藤さん!わたしと友達になってください」

「と、友達??」

アイドルと友達となるということはファンとして彼女を応援していたら有り得ないことだ。


それが、今、彼女は友達の申請を申し出してきている。


呆気に取られて……

「へっ?」

「えっ?」

と、二人して間抜けな声を漏らしてしまった。


しばらくの沈黙が続く……


「いや、これはその…普通の女の子になっても推してくれるって友達かなと思って。ダメ、かな……」


「いや、今まで推しの子だったのに友達とかファンとしていいのかな?」

「え……」

未来たんは瞳に涙を浮かべて今にも泣きそうになっていた。


これは、マズイ!


「クリスマスを一緒に過した仲だし、知り合いや友達くらいいいのかもしれない」

いきなり恋人になって欲しいだったら困惑しただろうけど、友達だったらいいな。

いや、普通に考えて元アイドルと友達なんて普通はなれないどとあり得ないのだけど。

「友達からでお願いしますっ!」


「わかった」

友達からか、なんだかその次もあるみたいな言い方だな。まあ、気のせいか……

そんなことはあり得ないのだから。だからこれは俺の考えすぎだろう。


「ありがとう」


「でも、なんで俺なんかを選んだの?こんな冴えないオッサンと友達になったっていいことないぞ。」

未来たんはロリ系アイドルとして活動してきていた。今もその容姿は健在だ。一緒に歩こうものなら事案になってしまうだろう。

「それはですね、痴漢から助けてくれた時から佐藤さんのこといいなと思ったから……」


「あれは、その場に居た男なら誰でも止めるだろ?」

咄嗟のことだったけど、あんなの目の前にしたら男なら助けに入るだろう。

「皆見て見ぬふりだった…佐藤さんだけが助けてくれたのです。だから……」


「そうか、じゃあ、よろしくね未来たん。」

「よろしくお願いします、佐藤さん」

こうして、俺は、推しの子と友達になった。


***


自宅に帰って自室に篭って佐藤さんと出会った今までのことを物思いにふける。

本当なら、佐藤さんとの握手会で告白するつもりだった。それは、痴漢から助けてくれた時から好きだったから……


佐藤さんは、他の人とは違う。皆、わたしが痴漢されているのを見て見ぬふりだった…

それでも、佐藤さんだけが助けてくれた。こんな人はもう出会えないと思った。


クリスマスに佐藤さんと握手会できて本当に良かった。嬉しかった。


卒演では想いを伝えられないで友達になって欲しいとい言ったけど、いつか本当の気持ちを伝えられたらいいな。そう枕に顔を埋めジタバタと一人、悶えるのだった。
















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