知らない街のロボット

メンタル弱男

知らない街のロボット



『ようこそ、何かわからない事がございましたらお気軽にお声掛けください』


 プログラミングされたセリフは、つくられた笑顔の口の部分から聞こえた。

「あの、初めてこの場所に来てみたんですが……。なにかおすすめの場所はありますか?」

『食事をされますか? それとも買い物をされますか? もしくは他にしたい事がございましたらお伝えください』

 僕自身、ここに来た理由は分からない。いつも使っている電車から無意識に乗り継いで辿り着いたこの場所。名前も知らなければ、地図上の場所も全く検討がつかない。ビルが規則的に建ち並ぶビジネス街が広がり、歩道の脇にベンチが多く設置されている。ただ人の姿はひとつもなく、車が不気味な振動を連ねて走っているだけだった。

「他にしたいことか……」

 ズボンのポケットに手を入れて、何も入っていないことを実感する。スマートフォンは持ってきていなかった。いつも仕事に使うリュックサックもない。財布以外は全て置いてきた。

「特にしたいことはないのですが……景色が良い場所に行ってみたい……かな?」

 目の前の単調な動きしかしない物体に対しても緊張してしまう。結局はどこに行っても、環境が変わっても、自分は何も変わらないのだろう。

『景色が良い場所ですね。お探しします、少しお待ちください』

 考え込むようにして黙り込む。またこれもプログラミングされた表情……。

 僕は晴れているのに、どこか暗い青空を見た。ビルに遮られて水路のように四角く区切られた青色が、儚い過去のように思える。いや、もしくは未来なのか……どうだろう? もっと自然に囲まれた場所が良かったのかもしれない。

『お待たせしました。この通りを真っ直ぐ10分程歩いていただきますと屋上に展望台を設置した商業施設がございます。展望台からの景色はビル街とその奥にある海、そして何よりこの広い空に一番近いという実感を持つことができます。この付近では一番景色が素敵だと思います。いかがでしょうか?』

 僕は頷いて、ありがとうと言った。


 展望台に人の姿はなかった。商業施設にもロボットが動き回っているだけで、生きているものの気配は何一つとして感じられなかった。僕の心臓だけが決まったリズムで動いているような気がした。


 僕はゆっくりと息を吸いながら景色を仰ぐ。気味の悪い青空が迫る頭上に僕は立ちくらみする。そして、自分の中にある錆びたスイッチが音を立てるのが分かった。


 ありがとう。

 その言葉が確かに空に舞った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知らない街のロボット メンタル弱男 @mizumarukun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る