純愛

 エリザベスとヘンリーの挙式がいよいよ明日に迫っていた。


「エリザベス……」


 イースター卿は彼女の寝所へと訪れていた。


「無礼者。私は王妃となる人間ですよ」


 イースター卿は、その場にひざまづいた。エリザベスは大きく真っ白なメレンゲにふわふわの生クリームと苺を乗せて、ゆっくりと口に運んだ。


「失礼いたしました。明日の結婚を心から……」


「でも、今夜だけは名前で呼んでほしいの。いいでしょ、ウィル?」


 エリザベスはそう笑うと、イースター卿にワイングラスを差し出した。


「このワインは彼からもらったのよ」

 エリザベスは注ぎながら言った。二人は乾杯をすると、ソファに隣り合って座った。


「美味しいでしょ、ウィル。ランカスター家はお金持ちなのよ」


「これからはウィルと呼んではなりません。いかなる時も」


「わかっているわ」

 エリザベスは、平らで屈強なイースター卿の太ももにそっと手を置いた。イースター卿はその手をぎゅっと握りしめた。ああなんて冷たい手なのだろうと、イースター卿は思った。


 イースター卿とエリザベスは見つめあった。彼女の青い目は悲しい色に染まって揺れ動いていた。


「いけません。王妃たるもの、結婚までは……」

 耐えきれずウィルが言った。


「エリザベスオブヨークはインキュバスに誘惑されたのよ」


 結婚して1年、長男のアーサーが生まれた。この時イースター卿は、ヘンリー7世とエリザベス王妃のもとに仕えていた。この二人は誰もがうらやむおしどり夫婦。そして、イースター卿も、その明るく楽しい性格が誰からも好かれていた。


「イースター卿、アーサーばかりを相手しないで私たちとお茶でも飲みましょう」

 エリザベスがそういうと、隣のヘンリー7世も笑顔で頷いた。


「しかしながら陛下、アーサー様が私のことを離そうとなさらないのです」


「あら、アーサーは本当にウィルのことが好きなのね」エリザベスはにこりと笑って言った。


「ウィル?」

 ヘンリー7世がぽつりとつぶやいた。その調べるような残酷な響きにイースター卿の心臓は壊れそうなほどの振動を立てた。ヘンリー7世の顔をちらりと見ると、イースター卿は不器用に笑った。


「陛下、あだ名で呼ばれるとは、身分にふさわしくありません。いくらアーサー殿下が母親を差し置いて私にご執心であったとしても、あまりからかうのはおやめください。私のことは、そうですね、サーイースターとでも」


「そうか」とヘンリー7世は言葉を遮るように言った。「君が“あの”ウィルか」


 魔女狩りが始まったのはそれからすぐであった。そして、イースター卿も対象となり、ロンドン塔へと幽閉された。


 処刑前日、ヘンリーがイースター卿の元へと現れた。


「長年我々に仕えてくれた君を手放すのは心苦しくてならないよ」


「これも天命であると甘んじて受け入れましょう」とイースター卿。


「アーサーは本当に君のことが好きであった。生まれた日を考えると結婚初夜の時の子であると考えていた。奴が魔法使いであることに気が付くまでは」ヘンリーは笑った。「エリザベスもアーサーも幸せにしよう。ゆえに心置きなく、安らかに眠るがいい」


 その言葉にイースター卿は黙り込んだ。

「何より君が私とベスを繋げてくれたのだ。母マーガレットの要望を君が握りつぶしていれば、今頃王のまま君臨していたリチャードが君とベスを処刑していたに違いない」ヘンリーは不敵な笑みを浮かべた。「本当に感謝しているよ」


「何をおっしゃります陛下。私は自身の役目を果たしたまでのこと。ウェストミンスター寺院でエリザベス殿下の悲しまれる日々を、私が見ておられましたでしょうか」


「ほお」ヘンリーは言った。


「エリザベス女王はウェストミンスターで大変お苦しい日々を過ごされていたのでございます。私はその心の傷を癒そうと勤しんだのです。そして……」


「ベスは夢の中でウィルという男に抱かれている」ヘンリーさイースター卿の言葉を遮ると腰元の剣を抜いて、イースター卿の首元に当てた。

「彼女は君の名を呼び、涙を流す。しかし、それも今日までのことだ。明日には君のことなど忘れていよう。王宮には、まだルーシーが残っている。彼女の作った魔法薬のおかげでべスはすべてを話したぞ。彼女は罪悪感で苦しんでいる。だからこそ、ベスを苦しめる君の記憶を消し去るのだ。すべてな」


「それがベスの幸せになるのか!」イースター卿は叫んだ。「ヘンリー聞こう、それで君の心は救われるのか!」


「サーイースター!いや、ウィル。君の負けだ」

 ヘンリーは王家のローブを翻して去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る