リチャードの戴冠
リチャードの戴冠式当日。隠し部屋の中にはバッハの小フーガト短調が残酷に響いた。
「もう耐えられないわ」
エリザベスが部屋から飛び出そうとした。
「殿下!だめです」
「好きにさせてあげて」
ルーシーはエリザベスに魔法をそっとかけて人々には見えないよう透明にした。
「ウィル、私は街中に出て情報をかき集めるわ」
「ルー」
「このままでいいわけがないでしょう。学生の時の友人もまだ、何人か宮廷に仕えているはず。そこを頼ってみる。ここにずっと住むのは無理よ」
戴冠式後、人がいなくなった寺院をイースター卿はエリザベスを探して歩き回った。マリア像の前からすすり泣く声が聞こえた。エリザベスの声だ。イースター卿はそっとエリザベスを透明にする魔法を解除した。
「殿下」
イースター卿は片膝をつくと、パン屋で買った小さなメレンゲを渡した。エリザベスは一口で食べると、一筋の涙をこぼした。
「私たちはイエス様やマリア様からも隠れて弟の死を悼まなければならないのね」
エリザベスはステンドグラスの外へと目をやった。そこからは、戴冠式を終え、パレードを行っている様子が見て取れた。町中の人が街頭に出て、祝福の言葉を投げかけている。
「富や名声はいらないわ。ただ私は普通に暮らして、普通の幸せを手に入れたいだけなのに、なぜそれさえも許されないの」
「泣くのはおやめください」
イースター卿は無意識の間にエリザベスの手を握りしめた。イースター卿は自らの無礼に気がつくと、慌てて手を離し、その場にひざまずいた。
「王女様」
イースター卿にエリザベスはそっと手を差し伸ばした。
「私の冷え切った手を温めてほしいのです」
イースター卿はエリザベスの手を取り立ち上がると、じっとその目を見つめた。目を赤くはらしたエリザベスは目線をそらした。
「私の血と肉と汗に変えても」
イースター卿はそっとエリザベスを抱きしめた。
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