第2章 神様と死霊術師
第15話 不道徳者
「悪は消滅すべきです!!!」
クソめんどくさいことになった。
それが私の何よりの思いであった。
本当なら今日も目出度い日になるはずだった。
村全体からも、安堵の声が聞こえ、あのシルグレットもようやくかとつぶやいていたのが印象的であった。
しかしそれがまさかこんなことになるとは……。
「いいですか!?
つまり、そこにいる男……いや、そこにいる化け物はすでに人間ではないのです!
悪に侵され、血に狂い、神に反逆する。
天をゆがめし、邪悪の権化なのです!」
「……!!」
「ま、まってください!
エドガーさんは、エドガーおじさんはまだ誰も襲っていません!
それなのに、それなのにその言い草はおかしくないですか!?」
半吸血鬼となり、存在自体を否定されるエドガーに、それをかばうストロング村出身の子供たち。
「はぁ、どうやらこの子たちは吸血鬼の魅了にやられてしまったようですねぇ……。
まったく、これほど多くの人たちが騙されるとは嘆かわしい。
やはり吸血鬼は邪悪な存在、未熟とはいえ滅ぼさねばなりませんね」
そして、そんな話題の中心であり、今にもエドガーやストロング村の人々を目の敵にするのは、このギャレン村の教会の正式な司祭。
純白の法衣と巨大な法帽、さらに重厚感と威圧感あふれる杖をもっている女。
「そう!このすべての善なる神の主神にして、太陽神様の謙虚なる信徒、オッタビィア・ディ・ディンカの名において!
その邪悪なる者に裁きの鉄槌を下さねばなりません!」
その村の正式な聖職者である彼女は高らかにそう叫び、吸血鬼の被害者である彼らを高らかに威圧した。
「で、でもあなたが聖職者だっていうのなら、こっちだって聖職者はいるんだから!
このイオさんは、この村を何回も救ったし、その上、今なお多くの村人を治療してきた。
そんな人が大丈夫って言ってるんだから、問題ないに決まってるんだよ!
や~~い!!このインチキ聖職者!!!」
「はぁ!!なんですかこの不敬なガキは!?
私は太陽神様に認められた司祭ですよ!!
それに……私以外に聖職者がいるとは、それは本当ですか?」
ゲッと思い、なんとか訂正させようとするが時すでに遅く。
子供たちはこちらの方を指さし、件の女司祭はこちらを親の仇のようににらみつけてきた。
(……めんどくさいことになったなぁ)
こちらを強くにらみつける件の女司祭を見ながら、私は一人溜息を吐くのであった。
☆★☆★
さて、時間はさかのぼり先日の朝ごろ。
その日は珍しく早朝からシルグレットのもとに依頼の品を納品をして、その日の午後はそこそこのんびりしようとしていた。
『おおお!来たかイオ!
お前にいいニュースだ!』
そしかし、そんな中シルグレットから知らされたのが、村長とそのお付きの帰還の報告についてであった。
今までさんざん焦らされたり、思わせぶりな発言が多い中、はじめはその発言にそこまで信用はしていなかった。
が、どうやら話しているうちに、彼らが本当にもうすぐに戻ってくること。
さらには、すでに斥候役がすでにこの村に戻ってきていることを聞き、どうやらシルグレットの発言が嘘でないことを確信。
かくして、その日は本当は休むつもりであったが、予定を変更。
翌日にでも来るであろう、件の村長及びそのお付きの出迎えとあいさつの準備をする流れとなった。
「まぁ、私個人としては村の危機をずっと無視して今更?感がしなくもないけど。
こういうのは、初対面の印象が大事だからね。
しかも、噂を聞くに、村長は一応は貴族出身とのことだし」
「ふ~ん?イオでもそういうのを気にしちゃうんだ」
「いや、こちとら公認死霊術師だからね?
そういうのに気にしていかないと、めんどくさいことになるんだよ」
なお、なぜかヴァルターからの視線がややきつい。
いやさ、確かに君はどう考えてもそっち関係の関係者な見た目しているけど、口に出していないのは君自身だからな?
言えば敬うよ?
「ふ~ん、つまり、帰ってくるであろう没落貴族に毒を盛ればいいんですね!
ここに、風邪に見せかけて違和感なく体調を崩させる秘伝の毒が……」
「ベネちゃん!?!?」
「ははは、冗談ですよ冗談!
でも、村の危機の時に、村にいなかった村長なんて歓迎する必要があるんですか?」
そして、それ以上になぜか闇をあふれ出しているベネちゃん。
いや、ベネちゃんの言いたいことももっともであり、さらには彼女自身貴族などに思うところがあるらしいのはわかった。
が、流石にそれはやり過ぎだと説得し、ことを穏便に済ませるように約束させることに成功。
そんなやや胃が痛くなるやり取りを幾回か繰り返したのち、翌日には村長をはじめとする一団がこの開拓村に帰還。
数は10にも満たぬが、馬が数匹おり、軽鎧持ちや槍持ちもちらほら。
或る者は泣いて喜んだり、或る者は泣いて悲しんだり。
純粋に疲れを見せるものなど、その様子は様々であった。
「お初お目にかかります。
私の名前は、イオ。
王都の魔導学園から件の公募により、この村の発展のお手伝いをできればと思いやってまいりました」
「うむ、よろしく頼むぞ!
……とはいっても、おぬしは一応枠としては冒険者ゆえ、すぐさま優遇や直属にしたりなどはできんが……。
それでも、学園の魔導士が来てくれるとは有り難い!
これからも、よろしく頼むぞ」
あいさつに関しては可もなく不可もなく。
あくまで出迎えの歓待のついでにちょろっと顔見せしただけなので、詳しいことはわからず。
が、それでもとんでもない悪徳貴族とかではなさそうで、そこは何よりである。
それに、生命力にもあふれているため、おそらくはそれなり以上には戦えるタイプなのだろう。
「ねぇ、イオ!どうやらあの人はシルグレットと話があるみたいだし、僕らはこの辺で席をはずそうか!」
「そ、そうですよ、イオさん。
それにあの人どう見ても、イオさんの胸元をがっつり見てましたよね?
どう考えても、あのまま関わるとめんどくさいことになりますよ。
も、もう少し、自分を大切にしてください!」
もっとも、仲間2人の制止もあり、その日は村長にそれ以上接触することはできなかった。
それでも、おおむね歓待のほうはうまくいったようで、ちらりと横目で見たシルグレットもいい笑顔をしていたのが印象的であった。
かくして、この村に多くの戦闘のできる若者が戻ってきて、この村担当の聖職者も帰還。
こうして、私は安堵の息を漏らすとともに、次の日から好転するであろう村の治安問題に安堵の息を漏らし、その日は眠りにつくのであった。
☆★☆★
「よくなると思ったんだけどなぁ……」
「何よそ見をしているんですか!!
ちゃんと、こちらの眼を見て話しなさい!」
かくして現在は、村の教会にて。
そこでやかましくしゃべる、村長のお付き兼この村のお付きの司祭であるオッタビィア女史にやかましく問い詰められているのが現状だ。
「まぁ、あなたが太陽神の信徒だから、吸血鬼やアンデッド、魔物とかに関してはことさら厳しくなるのはわかるよ?
でもさすがに、完全に吸血鬼化していない人を、異端判定して殺すのはちょっと時期尚早じゃない?」
そして、現在話題となっているのは、先日助けたエドガーの処遇についてである。
ご存じの通り、エドガーは先日ストロング村から何とか逃げ延びたものの、半端に吸血鬼化してしまったかわいそうな人だ。
そして、現在彼はその治療の経過観察中なわけで、今日も教会に早期回復の祈りと自分への面会のために教会へと出向いたそうだ。
「なにをいうんですか!
そもそも吸血鬼化は基本死ぬか治るかのどちらかと聞きましてよ?
それなのに、半端に吸血鬼化して止まるなんて、それこそ彼が異端で汚れた血であることは確定!
なればこそ、今すぐに処分するのが神のため人のためというものです!」
が、どうやら太陽神の信徒である彼女としては、そんな半端ながらも吸血鬼化した彼がこの村に存在していること自体が我慢ならなかったらしい。
こんな真昼間から、彼を処刑すると騒ぎだしたからさぁ大変というのが今現在の流れであった。
「というか、あなたも自称聖職者だそうですが……。
ならばあなたは、どの神を信仰しておいでで?
まさか、神の名も知らぬとは言わせませんよ?」
「それに関して言えば、私は冒険神セブンとその兄弟神を信奉させていただいております」
まぁ、実際はその兄弟神のほうを強く信奉しているのだが、そっちは中立神の要素が強い。
わざわざ、ここでいう必要はないだろう。
「……ふむ、まぁ、この開拓村に来るような方が信奉するのなら相応の神といえるでしょうね。
それにしても、自分の主神だけではなく、その兄弟神にも信仰を公言するとは、まぁ、流石学園の魔導士……と言ってはおきましょうか」
そして、自分の推測はそこそこ当たったようだ。
冒険神の信徒であることを口に出すと、彼女のこちらに対する態度は若干軟化したのがわかった。
「しかし!それならなおのこと分るでしょう!
私の信仰する太陽神はすべての善神の中で、最も高貴なる存在!
なればこそ神の信徒として、私の啓示はあなたの推測を上回るということを!!
わかったら、おとなしくしていてください!」
が、残念ながら彼女の彼を処刑する意思はずいぶんと硬いようだ。
その上、彼女は太陽神というこの世界でも一番大きな宗教を信仰しているため、やけにそのことを主張して、強引に意見を押し付けようとしてくる。
これはなかなかに、めんどくさいことになったと悩んでいる間に、それは起こってしまった。
「なぁにが、太陽神の信徒様だ!
何が聖職者だ!肝心な時に村から逃げていたくせに、偉そうなこと言ってるでねぇ」
あ、おいばかやめろ。
自分たちの背後にいた人物の口から、発せられたその言葉を制止しようとしたが、時すでに遅く。
「はぁああああ!!?!?
そんなものは、この地の領主様に呼び出されていたから仕方がないでしょう!?
それに今回の呼び出しは、この地を攻める蛮族の撃退ですよ!?
我らに守られていた事すら気付かず、文句ばかり言うとはやはり貧民、考えることが卑しくてたまりませんわ!」
「な~~にが、貧民だ!何が呼び出しだ!
実際にこの村に吸血鬼や盗賊が来た時には何もせず、この村の若くて戦える男だけ無理やり引き抜いて行って、帰ってきたら敬えだと??
それに聞いたところ、戦ったのはあくまで村のみんなで、お前は後ろでふんぞり返ってるだけだったそうじゃねぇか!
この悪徳司祭め!!」
騒ぎと聞きつけ、集まった村人がまた一人批判の声を上げ、女司祭がそれに乗ってしまい、議論は大きく波及し。
「……っうう!!不敬不敬ですわ!!!
太陽神とその敬虔な信者である私を、侮辱しましたね!?!?!」
「ああああ、したさしたさ、そもそも俺のオカンや子供が死んだのが神の導きだぁ!?
お前らが見捨てたくせに、よくそんなこと言えたなぁ!!」
終いには村から多くの村人が集まり、大論争を繰り広げる。
神の家でもある教会でこんなことが起きていること自体かなりグレーだと思うので、何とか止めようとするが、当然この雰囲気の中でそんなこと上手くいくわけもなかった。
「というか、そもそもお前程度のけちでブサイクな女はなぁ!
このイオさんに比べりゃ、数百倍も劣る紛い物の聖職者なんだよ!
わかったら、とっととあきらめて帰りやがれ」
そして、勝手に人を論争の旗印にする始末だ。
流石にこれは、下手をすれば血が流れると思い、止めようとするが当然どちらも聞く耳を持たない。
「は~~??冒険神の司祭よりも、太陽神の司祭である私の方が偉いのですよ?
それに彼女が一体何をしたというのですか!
どうせ、教会の結界の強化すらできていないのだから、まともな信仰呪文なんて使えないのでしょう?」
「何言ってるんだ!
イオさんは村に来た盗賊を倒して返り討ちにしてくれたんだぞ!
しかも、かっこいい死霊術?というのを使ってな!」
「はぁ!?!?」
おいばかやめろ。
「イオさんは、おらのところの牛の治療もしてくれたぞ!
しかも、ゴブリンによる孕ませの被害を、呪術?とやらも使って、すぐに治してくれただ!」
「確かゴブリンの巣を、全部ゾンビに変えることで、村の街道の安全も保ってくれたのよね。
初めは怖かったけど、慣れると普通に安心できるわ」
「俺はどっちの奇跡による治療も受けたが、確かにオッタビィア様のほうがすぐにケガを治してくれたが……。
治療後の調子の良さは断然イオ様のほうが上だな!爽快感が違う」
「はぁぁああああああ!?!?」
すると出るわ出るわ。
自分をほめているのだかよくわからない、微妙な賞賛?もどきの数々。
一応彼らとしては、自分に助けられたことを感謝して褒めているのだろう。
が、残念ながら、そのために使った技術が『死霊術』や『呪術』であり、神聖術はほとんど使っていない。
そのせいで、この太陽神司祭のこちらを見る眼がどんどん怒気に包まれたものへと変化。
これはいけないと、なんとか彼らを制止しようとしたが……。
「ふっふっふ……。
私は疑問だったんですよ、なぜこんな汚れたものが村人全員から受け入れられたのか?
つまり、これは、呪術による洗脳、いや、死霊術師による罠、だということですね?」
太陽神司祭殿はどうやらとんでもない勘違いをしているようで、こちらに向かって、怨敵を見るような眼で見つめてきた。
彼女の中で高まる陽の魔力と、教会から漏れ出す無数の聖の魔力。
魔力が使えぬものでも感じるであろうほどの、神聖術の前兆が起きていた。
「ちょ、おま、まって!!」
このままではおそらく、最悪なことが起きてしまうと、彼女を制止しようとしたが、残念ながらすでにもう術は発動してしまっていた。
「お黙りなさい!!!
神の信徒を驕る邪悪なる者!!!
最高位神聖魔法!!『
「……っ、うぐうううぅう!!」
その瞬間!教会の天井を貫くかのように、天から降り注ぐ電光。
大きさこそは、せいぜい手槍程度のものではあるが、威力はそれなり。
全身にそこそこの痛みと痺れが走る。
体内の陰の魔力が悲鳴を上げ、身に着けたうちのいくつかの『守護霊』に痛みと罰がいかぬように保護するが、被害は完全に抑えられず。
痛みを伴う、無理な魔力放出を強いられてしまった。
「はっはっは!これが神の怒りですわ!
太陽神の威光に……ってあれ?」
そう、これだけで済めばどれだけよかったことか?
「あれ?巨大な火柱が……。
あじゃ、あ、あがあぁあああ!!!!!!!
うぐわぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
かくして、不当に
自分の電光とは比べ物にならないほどのごん太レーザーが天空より降り注ぎ、彼女を焼却。
自分とは比べ物にならないほどの時間、じっくりと神罰にローストされた後、ほぼほぼ黒焦げ真っ裸の姿で教会のど真ん中に倒れ伏してしまうのでしたとさ。
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