第16話 聖痕&聖罰

「……はぁ、最悪」


誰にも聞こえないように、しかしはっきり口に出しながら愚痴をこぼす。

現在自分がいる場所は相も変わらず教会の中。

先ほどの騒動で、大きく散らかってしまった教会内部を掃除しながら、はぁと溜息をもらす。


「にしてもまさか、本当に【聖罰】ブッパするとは……

 あいつは何を考えてるんだ」


ぐちぐちと文句を言いながら、箒で床を掃く。

そんな自分の様子を遠巻きから、何人かの村人が恐る恐る眺めているのが分かる。

その視線にやや苛立ちを覚えながら先ほど受けた呪い……いや、神聖魔術を思い出す。


聖罰ジャッジメント】。

それは、数ある神聖魔術の中でも珍しい【対人戦】に特化した神聖術だ。

そもそもこの世界における神聖術は、邪神や魔物の脅威から、神が人間を守るための奇跡であり、そのため大抵の奇跡は【対魔物】や【対邪神】用の物が多い。

だからこそ、神聖術におけるタブーの一つに、神聖術を使った殺人や傷害というものがある。

神聖術自体も回復や身体強化はあっても、直接人間を傷つける奇跡というものは、数えるほどしかない。

しかし、それでもこの【聖罰ジャッジメント】は神聖術の中でも数少ない【直接人間を傷つけうる】神聖呪文の1つであり、その効果も只人を傷つけるだけのものではない。


「えっと、その……大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。

 ちょっと神様から御注意を受けただけだからね」


こちらを心配そうに見つめてきた子供にそれをさりげなく見せる程度にする。

それは【聖痕スティグマ】。

こちらの顔につけられた、小さくもはっきりとした傷跡は、今もなおこちらにチクチクと痛みを与え付けてくる。

そうだ、対人用神聖術である聖罰の効果は、唯々悪人を痛めつけるだけではなく、相手にそれ相応の罰を与える奇跡なのだ。

その中でも最も一般的なのがこの聖痕であり、回復の神聖術でも自然治癒でも治せぬこの傷跡の呪い(祝福)は、まさしく神からの罰というのにふさわしいのであろう。


「で、でも本当に大丈夫ですか?

 痛くないですか?薬草を持ってきましょうか?」


「大丈夫大丈夫、この聖痕も日常生活をするのなら何の問題もないタイプだから」


「何か含みがある言い方だけど……それなら冒険では?」


「うん、死霊術を使うたびに、消費魔力がちょっとだけ増えて、ついでに痛みも少し出る」


「くそじゃん」


神の家でクソなんて言うんじゃありません!

それに代わりとはいえ、神聖魔術での消費魔力は軽減とわずかな高揚感が発生するなんちゃってバフがあるし。

心配して駆けつけてくれたヴァルター達にそれとなく、聖痕の被害と効果の説明をする。

そうだ、この聖痕はただの傷跡ではなく、その人の罪に応じたデバフとバフを与える奇跡でもある。

今回の自分にかけられたのは恐らく、神聖魔術適性へのバフと死霊術魔術適性へのデバフ。

それと、周りからのこちらへの視線や心配がやけに多いことから【注目】や【魅了】辺りの効果も含んでいるのだろう。


「それに、この聖痕は普通の手段じゃ治らないけど……治す方法自体はあるからね。

 だからまぁ、そこまで心配しなくてもいいよ」


「本当?本当ですか?

 無理してませんか?」


「というか、今しがた攻撃されたばかりなんでしょ?

 代わりの僕が掃除するから、君はそこでゆっくり休んでいてよ」


聖痕効果のせいで、ベネちゃんやヴァルターがいつもより過剰に心配してくれる。

それ自体はうれしいけど、そんなにべったりされるといろいろと申し訳なくなるのが本音。

いや、本当に大したことないから、本当に。


「……それに、に比べれば私はだから」


「ああ……」


その言葉とともに、ヴァルター達が視線をそっちへと向ける。

そこは教会の中心、本来ならばもっとも教会の中でも魔力が集まり、神聖であるはずの場所。

今そこには無数の陽の魔力が集められており……。




「あ、何かと思えば、こんなところにゴミがありますな」


「うわぁ!こんなところに巨大な生ごみが!

 こんなものを置いていたら、教会が汚れてしまう!

 ほら、さっさと出て行け!!」


「くせぇええええ!!なんだこの鼻が曲がりそうなほどの異臭はぁ!

 これほどの悪臭、今まで生きてきて嗅いだことすらねぇぜ!

 イオ司祭、こんな生きたヘドロ、さっさと外につまみ出し……いや、捨てることの許可を下さい!!

 むしろ今ここで殺してやるのが慈悲では?」


「うぐ、あぐ、あがががががが!!」


そこには、顔面だけではなく全身に無数のごん太聖痕をつけられ、村人全員から侮蔑されている件の女司祭の姿が!


「……さすがに、このままだと死者が出るかもしれないから、流石に止めてくるね」


「えっ、あんな生きたヘドロにまで優しいとか、流石イオ……。

 まさか、聖女では?」


おい馬鹿やめろ。



☆★☆★



さて、そんな教会での騒動からしばらく後。

さすがに、このオッタビィア司祭をこのままにしておくわけにもいかず。

特にこのオッタビィア女史は先日帰ってきたばかりの村長のお付きであったとも聴く。

だからこそ、今回起こった事態を説明するためにこうしてわざわざ村長の家にやってきたというわけだ。


「うわ、なんだその粗大ごみ!?

 あ、いえすいま……いや、すまんかったな。

 オッタビィアさ……オ豚か、なんの様で…何の用だ?」


「うげぇえええ!!な、なんだその本能で分かる下人は!!

 いますすぐ叩きだして……あ、いや、司祭、様?

 いやでも、流石に偽物だよな!?そうだと言ってくれ!!」


もっとも、この全身聖痕まみれオッタビィアのせいで、門番や衛兵に何度も止められそうになったりしたのはご愛敬。


「何か話があると聞いたが……とりあえず、その汚物を部屋からたたき出してから話をしないか?

 ……てえ?ん~……あ~……。

 いや、やっぱり、叩き出すべきだろ」


更には村長と会談を開始するまでに、無数の障害も発生したが、それでも何とか会談までこぎつけることに成功したのであった。


「……というわけで、これが今回あったことの全てです」


「……」


村長の家の談話室。

そこで私とヴァルター達、さらには村長とオッタビィアが今回の事についての報告を行った。

一応村長は、それなりにできた人物らしく、テーブルの上には人数分のお茶…ではなく、それに1つ引いた数が用意され、こちらの話についても真摯に聞いてくれた。


「そんなことがあったとは。

 今回の件は、これの上司である俺の責任でもある。

 本当に済まなかった」


「いえ、別に村長様は悪くありませんよ。

 そう簡単に頭を下げないでください」


さらには、非があるとわかれば、貴族と思われるのに、こちらに向かって頭を下げてくる。


「いやいや、そうでなくともな。

 お前たちの活躍は、村の人々やシルグレットからきちんと聞いたからな。

 聞いたところ、俺達の村を何度も助けてくれたそうじゃないか!

 なら、それに対してきっちり礼をしたいと思っていたんだ」


その上、自分だけではなく、村の人々ともそれなりに友好関係を築けていたようだ。


「それに俺たちがこの村に、帰還するのが遅れてそのせいで、村のみんなに負担を強いたのは事実だ。

 ゴブリンごときで帰るのが遅れたり、領主への援軍要請が無駄に多く来て逃れられなかったり……。

 どこかの、汚豚が、俺たちがこの村に帰還するのを、いろいろと妨害してくれたからな!!!!」


そして、村長自身この村に帰還することが遅れたことに対して申し訳なく思っていることも判明した。

大概貴族であるならば、この村やその人々に対してそこまで思い入れがなさそうではあるが、この村長はいい意味でそこまで貴族らしくないようだ。

いい意味で人情味にあふれているいい村長といえるだろう。


「そ、そんなひどいですルドー様!

 私は、ルドー様の身の安全を思って……」


「誰がしゃべっていいといった?

 豚は豚らしく鳴くだけにしろ」


「そ!それはあまりにも……!!

 ぶ、ぶひぃ」


「……っち。

 わかればいい、わかれば」


反論しようとしたが、その衛兵の殺気と村長の手に持つ剣がわずかに動いたゆえに、すぐに黙るオッタビィア。

ここまでの流れを見るに、ルドー村長の怒りとオッタビィアの関係がそれとなく見えてきた。


「つまりは、今回村長様方は、できるだけ早く村には戻りたくはあった。

 けどそれが遅れたのは、オッタビィア司祭が絡んでいたと。

 その、オッタビィア司祭がルドー村長を個人的に安全に扱いたいとか、そういうお考えのもとで」


自分のセリフにオッタビィアが無言のまま全力で首を上下させる。


「そんなわけあるか、そいつの元々の派手な法衣や衣装を見ただろう?

 おそらくは、太陽教側からのテコ入れや優待を受けていた。

 そのせいでコイツは、村に戻るのを嫌がり、虚偽報告を捏造してまで俺達が帰るのを遅らせやがったからな」


オッタビィアが涙を流しながら顔を伏せる。

どうやらこの問題は思った以上に根が深い問題なようだ。

流石にこれ以上、この問題を深堀するべきではないだろと判断し、さっそく次の話題に移ることにする。


「まぁ、だが非じょ~~~~うに不本意だが、それでもこいつはこの村の司祭……いや、司祭だよな?

 今はクソほど全身に謎の魔術痕、いや、聖痕がついているからな。

 こいつは、うちの村で司祭を続けることができるか?」


「も、もちろんです!

 私めは聖痕がついたとはいえ、太陽神の司さ……ずぅ!いえ、信徒です!

 だから、教会に入れずとも、多少の奇跡を使うことは……」


「お前には聞いてない」


ルドー村長からの暴力的なまでの殺気に、オッタビィアは再び黙る。

そして、双方こちらに目配せをしてきたことから、おそらく自分が説明したほうがいいのだろう。


「彼女につけられた【聖痕】はかなり、強力なものです。

 数が多すぎて、全容は把握しておりません。

 が、おそらく一番強い祝福は【侮蔑】の聖痕でしょうね」


「【侮蔑】?」


「【侮蔑】は、多くの人から見下され、嫌われやすくなる祝福の一種です。

 確か、自惚れが過ぎた聖職者へ神が与える罰だと聞いた事がありますね」


「……祝福というよりは、悪質な呪いにしか聞こえんが……」


「言いたいことはわかりますが、一応は聖痕なので。

 神聖学では、神に近づきすぎた聖女が人の世に紛れ込めるように生まれた、歴史ある神聖な聖痕とはされていますね。

 それに、これほど見下されても【魔物】として扱われなかったり、敵視ではないため、危機感からの殺害は起こりにくいなどの神聖な効果もあったりはします」


自分の説明に、周りにいる人々はやや引いた顔でその話を聞いていた。

いや、言いたいことはわかるよ?

でも、一応この世界の宗教や神様的にはそれなりに慈悲のある対応らしい。

それに、普通の【侮蔑】の聖痕はここまで効果が大きいものではないらしいし。


「しかし、そうなると神から見てもコイツの罪は妥当というわけだな。

 つまりは、こいつはすでに司祭ではない、ただの罪人ということでいいのか?

 村の総意で処刑するべきか?」


ルドー村長はさらっと鬼畜な提案をして来る。

オッタビィア女史が無言ながらも、涙目でこちらに助けを求める。

いや、お前が原因なんだからなと思いながらも、流石に今死なれるとまずいためフォローを入れておくことにする。


「大丈夫です、こんな状態でも彼女はきちんと神聖術を使うことができます。

 それに、とあることをすれば、彼女につけられた侮蔑の聖痕も多少は治すことができます」


そして、これは同時に私の聖痕の治療にもつながること。

故にできればすぐにでも、実行してもらわなければならないこと。


「そう、この村にもう一つ教会を。

 しかしそれは太陽神のではなく、【冒険神セブン】と【冥府神デス】。

 その二柱の共同教会をこの地に建ててほしいのです」


そう、それが聖痕を通じて、神々から私に押し付けられた【試練クエスト】。

地味ながらも、開拓地に対しては非常に厳しい条件の試練であった。






「う~む、言いたいことはわかるがその汚豚のために、そこまでするには費用がなぁ。

 それなら、そいつを処刑したほうが早くはないか?

 村の評判的にも」


「……!!!!!!!」


「あ、一応その二柱は私の信仰神でもあるのでどうかお願いします」


「な、なら、しょうがないにゃぁ……」


なお、決め手は胸元と私の聖痕。

さすがに、お願いし方があれだったせいで、横にいたヴァルターにちょっとにらまれてしまった。

さもあらん。



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