第14話 或いはある中堅冒険者の日常

アリスを弟子に取ってから早数日。

良くも悪くも、この開拓村にはつかの間の平和が訪れていた。

もっとも、それは冒険者不足や新しい孤児などの複数の問題を抱えながらではあるが、それでも間違いなくここ数日は平和な日であったといえるだろう。


☆★☆★


「師匠~師匠~!!

 そろそろ起きてください」


かんかんと鉄なべを叩く音が響く。

木べらと鉄なべの最悪のコラボレーションがこちらの耳奥に響き渡る。

流石に、これ以上騒音を続けられるのも嫌なので返事をする。


「あ~、聞こえてる聞こえてる。

 というかそんなに音をならすな!

 近所迷惑だろ!」


「近所迷惑じゃありません!

 そろそろお昼ですよ!

 むしろ、そこまで寝続けている師匠のほうが問題ですよ!」


実に生意気な弟子のセリフを聞き流しつつ、のそのそと地下室から1階の食卓へといどうする。


「今日は、パンとそれとスープとアリ肉!

 ……う~ん、ちょっとはずれ」


凡そ聞く人が聞けば怒られそうなセリフを吐きながら、温めなおした食事を食べる。

なお、アリ肉は文字通り蟻の肉である。

もっともこのアリとは、【ダイヤ・アント】と呼ばれるこの世界特有の巨大アリ。

尻尾に針を持たないが、強靭な顎をもち、そこそこ硬めの外殻をもつ、そこそこめんどくさい害獣の一種である。

もっとも、大きさはウサギほどでありながら、動きはウサギよりもはるかに遅い。

一応可食部もそこそこあるが、基本的に味は獣肉程ではない。

脚はまぁそこそこ食えるが、胴体部分は喰えたもんじゃない。

もっとわかりやすく言え?おいしくないカニとタヌキを混ぜ合わせた、そんな感じである。


「ふい~!!ただいま~!!」


そんな自分の食事中に、陽気に帰ってきたのはヴァルター。

どうやら、依頼帰りなのか武器を帯刀しており、軽鎧も着ていた。


「おかえり、で、今日の依頼は?」


「今日も相変わらずの村や街道の見回り~。

 まぁ、でも今回も相変わらずの旅商人の軽い見送りや木こり小屋までの送迎くらいもあるから、以前ほど虚無には感じないけどね?」


そんな風にいくつかの情報をヴァルターと交換しながら、食事を食べ進める。

なお、こいつは任務帰りなことをいいことにこちらの皿からさらっと、アリ肉をかすめ取ろうとしたが、一応は止めておいた。


「え~、でも蟻肉、そこまで好きじゃないんでしょ?」


「好きじゃないけど、貴重な栄養だからね。

 喰わなきゃやっていけないでしょ」


文句を言いたげなヴァルターの様子を見つつ、パパっと食事を終わらせる。

そうして、食事を終えた後、掃除し終わった外套を羽織り、香水を吹き付ける。

最低限の外行きの準備を整える。


「う~~ん、イオはやっぱりおしゃれだね!

 こんな田舎で誰も見てないだろうにさぁ」


「こんな田舎だからこそ、でしょ。

 それにこちとら、死霊術師だからね。

 匂いには気を付けないと、いやな噂が立ちかねないよ」


そんな軽口をたたきつつ、ヴァルターがいくらかこちらの身支度を手伝ってくれた。

そして、ヴァルターと洗濯中のアリスに見守られながら、さっそく仕事のために出かけたのであった。




「で、結局新しい冒険者は来たんだよね?

 ……別に、頭を下げろとは言ってないんだよ。

 成果さえ見せてくれたらそれでいいから」


こちらの質問に対して、見事な土下座を披露するシルグレット。


「……すまん、あともう少ししたら、この村の村長とそのお付きの武芸者も帰ってくるから。

 そうしたら、もう少しこの村にも余裕ができて、村長の命令として正式にまた冒険者の募集をかけることができるはずなんだ……!!」


「そのセリフ、三日前も聞いたよ?

 私としてはそこまで気にしてはいないけど、ヴァルターがかなり気にしてるっぽいからね?

 多分、私かベネちゃんどちらかいなければすぐにでもこの村から出ていってるよ。

 確実に」


「だよな~……」


頭を抱えて、悩みぬくシルグレット。

もっとも、今回の一件は彼が悪いというよりはその上である村長やその周辺の動きがとろすぎるという点にあり、彼自身が悪いとも言えないのもわかる。

が、それでもこちらとしては彼に訴えなければそこ以外どこにも訴えることができず、もしくはおとなしくこの村から出ていくという最終手段に出るしかないのだ。


「……まぁ、私としては、最近はこの村に旅商や近隣村からの使者が来てくれたから、まぁぎりぎりいてもいいって気持ちではあるよ。

 貸してくれた物件はそこそこに過ごしやすいし、この辺で採れる薬草や鉱石は、私の使う魔術に有用なものが多いからね」


自分のセリフに、ほっとした顔をするシルグレット。

まぁ、最近はただでさえ吸血鬼やら新しく来た孤児やらで彼が忙しいのは知っている。

だからまぁ、少しくらい優しくしても罰は当たらないだろう。


「それと、はい。

 これが今回の分のスクロール。皮はゴブリンと鹿。

 内容は相変わらずの【毒の風】が8枚。

 あと新しくこれも用意してみた」


「これは……?」


じろじろと自分の渡した新商品を観察するシルグレット。

なお、その新商品の外見は、単純に言えば趣味の悪い短めな骨。

呪いで死んだ鹿の大腿骨をベースに、いくつかのゴブリンの骨や呪詛で塗り固めた小型の杖だ。


「シンプルに【魔法の杖】だね。

 これを使って、魔法を唱えるといつもよりもちょっとだけ軽い魔力で魔術を使えるようになる。

 もっとも、素材と製法の関係で、基本的に呪術や死霊術特化で、これで神聖術を使おうとすると、すぐに使い物ならなくなるけど」


「いや!こんなものどうしろってんだよ!」


ですよね~。

思わず頭を抱えるシルグレットの様子を見つつ、少しだけ日頃のうっぷんが晴れる。

実は、これらの杖は、アリスが仮とはいえ弟子入りするのなら必要だろうと、呪術修行用のために適当に作った杖の失敗品である。

一応どれも、死霊術や呪術のサポート機能はあるが、それ以外のサブ機能が気に食わないため、処分に困っていたのが本音だ。


「この辺に死霊術師はおろか、魔術師もレアみたいだからね。

 誰かに譲るにしても、欲しがる人もなし。

 だからせっかくだし、格安でも買い取ってくれるところに押し付けようかなって」


「てめぇ、こっちの足元を見やがって!

 うぅ……畜生……お代は、現物でいいな?」


いやな顔をしつつ、それらの道具を引き取ってくれるシルグレット。

うむうむ、これで余らせてあった無駄な杖を処分できて、余は満足じゃ。


「一応、おまけ機能に、その杖には周囲の陰の魔力を吸い取り、音に変えられる地味な効果を付けておいたから。

 だからそういう意味では、持っているだけでかる~い呪術耐性が付くし、病や呪いの軽減機能もある。

 だから、いうほど非魔術師にとっても無駄にはならないはずだよ」


「はじめっから、そっちの用途を教えてくれ」


かくして、シルグレットにその杖に仕様を説明後、いくらかの布や毛皮などの物品とそれらを交換。

その後、シルグレットから新しい仕事を受注して、さっそく仕事場に向かうのでしたとさ。




「は~い、喉の奥見せて~。

 うん、腫れてはないね。

 魔力は……ぼちぼち減ってる、多分病気じゃなく呪術の一種かな」


「え、えっとそれって大丈夫なんすか?」


「大丈夫大丈夫。こんなの只の風邪……っていうには、ちょっと不謹慎かな。

 とりあえず、解呪の呪術と魔力を注ぐから、後ろから触らせてね~……。

 はい、おわり!」


「おお、おお?おおおお!!

 こりゃすごい!

 首回りの痛みが、ぱっと消えた!」


「陰の魔力とはいえ、活力呪文だからね。

 それにあくまで、今回は解呪がメインだから。

 痛みが取れたのをわかりやすくしただけ、だから無茶しない、いいね?」


「おう!ありがとうよ!司祭代理様!」


そして、時間が経過して、午後のお昼過ぎ。

現在自分がしているお仕事は、教会での聖職者代理である。

死霊術師が、教会で仕事をするとかいろいろ不敬すぎるし、そもそもここの神は自分の仕えているのとは別の神だから、色々と居心地が悪いのが本音だ。

が、それでもこうして、治療や祈りのためにこの教会へ訪れる人が多いため、善神の聖印持ちならばどうかお願いといわれてしまい、まぁしぶしぶこの仕事を引き受けているわけだ。

件の村長についていったとかいう、この教会担当の聖職者、マジで早く帰ってこい。

わずかに感じる神の威光の魔力が、全身をちくちくするんじゃ。


「で、次は……ああ、あなたですか」


「え、ええ、そうです。

 すいません」


そうやって、無数の来訪者のなか、最後にこわごわと現れたのは一人の男。

先日のストロング村の被害者であり、一番初めにその異変をこの村に伝えた、エドガーであった。


「で、吸血鬼化のほうは……。

 ま~だ、治らないかぁ」


「ええ、まだ牙も長いままですので。

 一応、吸血しないと耐えられないとかもなく、普通の食事もできますが……。

 それでも、完全に治ってないのは自分でも何となくわかります」


落ち込んでいるエドガーからいくらかの問診を繰り返し、その後触診や魔診を始める。

幸い、エドガーは体温も存在しているし、魔力にも陽の魔力と陰の魔力どちらも存在している、

その魂も一応は人間のまま、ひどい汚れは払えているし、そもそも彼が教会で平然と会話できている時点で、彼が吸血鬼でないのは明らかだ。


「でもまぁ……体のほうは、少し手遅れかもね」


「あ……」


そして、彼の前で、自分の指先を少し切り、そこから鮮血を流してみる。

すると、彼の眼がその血を凝視し、意識が宙に浮く。

息が荒くなり、舌を出し、飢えた犬のごとき形相でその滴る血をじっと見つめていた。


「はい、終わり。

 終了」


「あ……!す、す、す、すいません!

 い、いけないとわかっているんですが、その……」


「大丈夫大丈夫、こればっかりはエドガーさんは悪くないから。

 それに、治療しきれなかった自分の責任でもあるし」


自分の指先を治療しつつ、エドガーの様子を改めて観察する。

どうやら彼は、自分が全力で治療したはいいものの、残念ながらその吸血鬼化を完全に止めることはできなかったらしい。

具体的に言えば、その魔力の割合が陰の魔力へと大きく偏り、その肉体はかなり吸血鬼寄りになっていた。


「これは、ヴァンパイアハーフ……ダンピールかな?

 普通は、死ぬか人間に戻るかだから、初めて見たけど」


「え、えっとそれって……大丈夫なんですか?」


「人と神により」


「いや、人によりって……」


涙目でこちらを見るエドガーに、いくつかの言葉で言いくるめる。

しかしながら、これに関しては仕方ないのだ。

そもそもヴァンパイアハーフ自体がかなりレアもの過ぎて、陰の魔術や吸血鬼についてそれなり以上に詳しいと自負している私でも、手の出しようがないのだ。

一応、王都や聖都の大聖堂クラスなら何とかなるとも思うが、それだってあくまで推測である。


「……一応、今のところ健康上は問題ないから。

 経過観察していきましょう。

 どうしても気になるのなら、一応王都への紹介状くらいは書いてあげるから」


「ううぅ……ありがとうございます」


もっとも、今は王都行きの馬車はほっぼほぼ全滅しているがな!

そんな悲しい真実を告げず、しょんぼりしているエドガーを口八丁で慰めるのでしたとさ。




そして、その日の夕方。

午後の見回り依頼から帰還し、ついでに鹿1匹丸ごと仕留めて帰ってきたベネちゃんと合流。

アリスに鹿肉を渡し、調理してもらい、それとベネちゃんがシカ肉を宿屋に分けるついでに分けてもらったパンやスープで夕餉にした。

日が暮れて、月が天に昇れば、すっかり辺りは闇に包まれる。

当然電気も電灯もないド田舎異世界であるので、基本的な家は日が暮れたらすぐ寝るのが定石だ。

しかしながら、こちとら死霊術師ゆえ、むしろ夜になってからが本番。

もっとも、夜の見回りは、鎧霊であるトガちゃんに任せて、こっちは家で作業がメイン。

ついでに、アリスの簡単な修行もこの時間に行うことにする。


「はい、全然光ってないよ~。

 もっと腹の底から魔力を抽出して、自分の中の魔力を感知して」


「んぎ~!ふぎ~!

 んぎぎぎぎぎぎ!!」


かくして、自分の目の前には自作の呪術練習用の杖を握りしめながらうねるアリスの姿があった。

なお、現在の修業は呪術修行の第2段階。

【自分の中の陰の魔力を放出しよう!】というものである。


「とりあえず、アリスは魔力感知ははできるみたいだからね。

 本当はもっと段階を踏んだ方がいいんだけど、今回は特別だからね」


「ふぅ~……ふぅ~……!!」


「力んでも魔力が出ないと関係ないよ~。

 それだと只疲れるだけだね」


そして、現在アリスに握らせているのは魔法の杖は、お昼シルグレットに押し付けたものの完成品。

もっとも、こちらの杖は先端に陰の魔石と蛍の使役霊を装着させるので、陰の魔力を込めるとうっすら光るという便利機能が備え付けられていたりする。


「とりあえず、今のアリスの魔力ならもっと明るく、もっと長い時間光を維持できるはずだからね。

 とりあえず、目標はその状態で本を読める程度にならないと、次の段階は厳しいかな?」


「うぐぅ、ふぐぅ……!!」


もっともアリス自体は、おそらくは呪術師としてはわからないが、魔術師としての才能はそれなり以上にあるのだろう。

魔力の感知も数日で最低ラインは覚えることができたし、この魔力放出も、すごく未熟ながら、魔力の移動自体は起きているのだ。

これなら、1年もすればなんちゃって呪術師やワンちゃん聖職者見習いあたりにも問題なくなれるだろう。


「それじゃ、私は夜のお仕事があるからね~。

 ほどほどに疲れたら、ちゃんとベッドで寝てね」


「ふぃ~~!!!!」


かくして、私は地下室にこもり死霊術師としての作業を開始するのであった。

もっとも、その作業もアリスが床に倒れた音で中断。

そんな無茶する弟子を床から拾い上げ、無理やりベッドへと放り込むのでした。




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