第3話 彰人の魔法


「それじゃあ、


そう言うと、彰人あきひとは私の家に置いてあった自分の少ない荷物を持つと振り返ること無く出ていった。


なんか無い癖に。

彰人との付き合いが長かったから、私には分かる。

このは、2度と来ないだ。彰人は優しい人だから、きっと私を寂しくさせないように明るく別れを告げたんだろう。

振り返らなかったのも優しさ。


少しだけ広くなった部屋に1人残る私。

さっきまでそこにいた彰人の影が残るクッション。

まだ少しだけ温かい珈琲カップ。

1つになった歯ブラシ。

1つになったルームスリッパ。

1つになった心臓。

2つに別れた気持ち。

きっと私たちは長く一緒に過ごしすぎたんだ。

そうして少しずつすれ違っていって、お互いに少しずつ気まずくなって、大切にしていたものが少しずつ変わっていって。

そうやって今日を迎えたんだろう。


お互いに嫌いになった訳じゃない。

多分この後、いや明日また帰ってきたとしたら、またいつもの日に戻れると思う。

でも、そんな日はもう来ない。

彰人はと言って、

もう会わない事の表れ。

未練が残らないように見せた彰人の弱いところ。


彰人のそんな所を私は知ってる。

長い事一緒にいたから。


私は冷たくなった珈琲カップを2つ持つと、台所の流しへと運び水で流す。

ゆっくりと水が溢れていく様子を見ながら現実を受けとめていく。



彰人はまたねと言ってくれた。


もしこの先、再び彰人に会うことがあったら私は彰人に「会った」と言えるようになろう。

その頃にはきっとお互いに違う誰かといるのであろう。そして彰人も、「会った」って答えてくれるんだろう。


で、もう会うことは出来ないけど、いつかなんともなく会えるようになった時って言えるように今日は沢山彰人との事を思い出そう。


もう会わないための彰人の


その私にしか分からない彰人の優しい最後の言葉を胸に抱いて。



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