最終話 小林誠による倉庫作業員日報

「ここは、Aのラックに格納して」

「はい、小林さん」

 結婚してから、二年後。小林は、副リーダーに昇進した。地位が上がったといって、慢心せず、部下達に的確な指示をしていく。

 明美は、業務態度や能力により、経理部長に昇進。柴田は、自己都合で退職したリーダーに代わりとして、抜擢された。

 

 

「小林、お疲れ」

「柴田さん、お疲れ様です」

 いつもの休憩室で缶コーヒーを飲みながら、リラックスする二人。柴田が一口飲むと、息を漏らした。

「しかし、小林。副リーダーに昇進するとはのぅ。ワシもリーダーの座を頂けるなんて、夢にも思ってないわ」

「人生というのは、苦しい時もあれば、楽しい時もある。たとえ、絶望のどん底にいても、必死に生きていけば、希望の道筋が見えてきますからね」

「それがあってこそ、人間は成長していくんや。神様から与えられた修行だと思えばええ。死ぬまで、精一杯頑張ろうや」

 数分後、仕事再開を告げるチャイムが鳴った。二人は気合を入れて、倉庫へと戻った。


                ◇◇◇


「小林さん、お先に失礼します」

「あぁ、お疲れ様」

 夕方の五時十五分、今日の業務が終わり、社員が帰っていく。私服に着替え終えていた小林は、窓からオレンジ色の光が差し込む倉庫に残った。テーブルの上でノートに、なにかを書いていた。

「お疲れ様」

 明美が小林のもとへやってきた。

「今日も疲れたよ。責任がのしかかるから、油断は出来ないからな」

 小林は、右肩を回しながら言った。

「ところで、なにを書いているのかしら?」

 明美が小林の両肩に手を付けた。彼の背中に彼女のマシュマロのような胸の感触を感じた。小林は一呼吸してから、口を開く。

「あぁ、これか。日報だよ」

「副リーダーの仕事にあったかしら? そういうのは、事務がやるものよ」

「自発的だよ。自分の改善すべきところや良かったところなどね」

 小林はノートを見ながら、口角を上げた。

「見せてもらっていいかしら?」

 小林は明美にノートを渡した。

「僕は、君との結婚がゴールだと思っていない。常に目標を達成しながら、仕事やプライベートを楽しまないと。そうしないと、怠けてしまって、以前の自分よりも悪くなる」

「今までの誠なら、絶対言わないでしょうね。でも、チャレンジ精神に満ち溢れた誠に生まれ変わった。私は嬉しいわ。読ませてくれてありがとう。返すわ」

 明美が小林にノートを返した。彼は受け取ると、小さな灰色の棚に入れた。

「さーて、書き終わったから、帰るか」

「今日は、外食にしないかしら?」

「じゃ、柴田さんと食べに行った、【おつかれさん】にしよう」

「大賛成よ」

 明美が彼の左腕に子猫のように抱き着く。小林は顔を赤くしながら、彼女と倉庫から出た。ちなみに、小林誠が書いていたノートのタイトルには、こう書いていた。

――【小林誠による倉庫作業員日報】と。

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小林誠による倉庫作業員日報 サファイア @blue0103

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