第16話



 シャワーをさっと浴びて出たが頭頂部を嗅がれ、再び浴室へ放り込まれる。

 きっちりとくまなく全身を洗えと指示され、おとなしく言う通りにした。


 抱きつかれ、胸の辺りで満月がスンッと息を吸う。


「あ、えっと...満月ちゃん?一体何を」


「先に服着て」


 Tシャツを押し付けられる。パンイチからパンツにTシャツという出立ちにはなるが、なんとも格好がつかない。


 襟から顔を出すと、冷ややかな満月の瞳がこちらを射抜いてきた。



「女物の香水がうつるほどの何を、してきたの?」


(精気を食べてきたなんて言えないし。人間で言うと...あれ、これは浮気になるのか!?)


 まだ満月と付き合う所まではいってないものの、そのことにやっと気づいた零斗は、言い逃れるために頭をフル回転させる。


 喋り出そうと口を開くと、満月の唇がそこへ押し当てられた。


 行き場のない手が宙を彷徨う。


 ちゅっと離れていく温もり。


「...み、つき、ちゃ」


 バチンッ


 両頬を挟むように叩かれる。


 ジンジンとする痛みより、何かを堪えるように泣く満月に、胸の方が痛んだ。



「零斗くん、アイドルだし。女の子なんて引くて数多だもんね。私だけなんて...。ただのファンだったのに。...思わせぶりなことしないでよ」


 顔を覆って嗚咽をこぼす姿に手を伸ばしかけて、やめる。


「ごめん。俺...、...っでも、こんなに好きなのは満月ちゃんだけなんだ」


「嘘つき」


 そう言われて咄嗟に満月の腕を掴む。睨まれても構わない。


「この気持ちだけはほんとなんだ。満月ちゃんに会いたくてここに引っ越してきて、俺がいないと生きていけないようにって生活力も奪っ」


 ポカンとこちらを見る満月に、我に返る。



「あ、いや、今のは、ちが...っ」


(暴露しすぎたっ)


 慌てて自分の口を押さえる。



「いつから?」


「え」


「いつから私のこと好きなの?」


 立てた膝に満月の手が置かれ、顔を覗き込まれる。零斗は自分の体温が上がっていくのを感じた。


「は、初めて握手会に、来てくれた時、から」


「そうだったんだ」


 スッと、零斗の頸動脈を撫でていく細い指が顎を通って、下唇へと触れる。


「なのに、他の女に手を出したの?...悪い子」


 満月は零斗の首筋に、犬歯を突き立てた。痛みに、うめく。


 ジュッと吸われる感覚に、零斗は目を見開いた。


 ゆったりと離れた満月の喉が、上下した。



「私は、零斗くんの血飲む回数抑えてたのに。好き勝手して...。まあ、夢魔は食事の回数多いから仕方ないけど」


 赤が走る口端を、満月は自らの親指で拭う。

 瞳も同じ色に染まっていた。


 零斗は妖艶な笑みを向けられ、身動きが取れない。格の違いに、身体の奥が熱を帯びる。



「吸血鬼...」


「そうだよ。夢魔は他の悪魔にあまり気付けないの知ってたのに、隠しててごめんね」


「俺、騙されて?」


 首に回された満月の腕に力が込められる。耳の奥に注がれるのは、甘くて大好きな──


「零斗くんのことが大好きなのは本当。零斗くんは?」


 満月の声。


 自分の心臓の音も、脳を震わせる。


「俺も、満月ちゃんが好き」


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