第15話



 結局満月が起きるギリギリまで精気と夢をいただいたおかげか、能力を使った反動もなく、トーク番組の収録に臨むことができている。



(やっとソロ出演にも慣れてきたってのに...)


 やたら零斗に飲ませたがる例のお偉いさんがプロデューサーの現場だった。


 彼女から浴びせられる痛いくらいの視線に気づいていないふりをして、収録をこなしたのだが、逃げられなかった。


 終わったと同時に楽屋へ滑り込み、着替えようと上を脱いだのを見計らったかのように、プロデューサーは入ってきた。


「あの、ノックくらいはしてもらいたいんですけど」


「聞こえなかったんじゃない?」


 確実にしていない。


 零斗は頬を引き攣らせるが、女は露わになった零斗の肩へ指を滑らせる。強請るような上目遣いは薄寒く、鳥肌が立つ。


「今から暇よね?ご飯奢ってあげる」


 耳元への囁きに吐き気がする。それをグッと抑え込んで、零斗はにっこりと笑顔を貼り付けた。




 半ば無理矢理に乗せられたタクシーはあきらかに飲食店を目指していない。止まったのは高層マンションの前だった。


 気づかれないように舌打ちして、キャップをより深く被る。



「俺、アイドルなんですよ。スキャンダルは」


「わかってるわよ。大丈夫、つけられてなんかないわ」


 女は心の底から楽しげに、零斗の腕に絡みつく。


 零斗は足が重くて仕方なかった。




 値段も度数も高そうなワインが目の前に並べられる。


(また酒か...)


 もういい加減にしてくれと、内心頭を抱えた。



「零斗くん、お酒弱いみたいだけど...ここ私の家だし、倒れちゃっても大丈夫よ」


 それが目的だと隠そうともせず、しなだれかかってくる女。香水の匂いが嫌で気づかなかったが、精気は可もなく不可もなくだ。

 それなら、と。


(好きにさせて精気貰って帰るのが得策か...)


 気持ちを切り替えて、彼女の頬を撫でる。


「お酒なんてなくても、あなたの望むままに」


 早く終わらせて帰りたい一心で、嫣然とした微笑みと低い声色を演じる。


(俺は夢魔でアイドルだ)


 そう自分に言い聞かせながら、腰が抜けた女をゆったりと床へ寝かせた。






 味はそんなにだったが、短時間で満腹になり解放されたのは零斗にとって上々だった。


 自宅マンションの廊下を歩いていると、満月も今帰ったところだったのか、でくわした。


 あの女とは違う極上な香りに、零斗は彼女へ擦り寄るように手を取る。


「おかえり、満月ちゃん」


 ジッと見上げてくる満月の瞳からは感情が読み取れず、狼狽える。


「えっと...満月ちゃん?」


「臭い」


 グサっと心に矢が刺さった感覚に、全身を硬直させた。


 満月に胸倉を掴まれ、引きずられながら彼女の浴室へと投げ込まれた。



「零斗くんちの鍵ちょうだい。着替えとってきてあげるから」


 今まで聞いたことのない凍てついた声色に、恐る恐る鍵を差し出すと、奪い取られる。


 バタンっ!と、閉じられるドア。


 零斗は何が何だかわからないまま、冷や汗をダラダラと流していた。


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