第14話



 気づいた時には、窓からオレンジ色が差し込んでいた。


 多少マシになった頭痛を抱えて、満月の部屋へ足を運ぶ。




「あんた、ほんとに...同棲相手、だったのか」


 インターホンを押そうとしたら、安達が目を見開いてこちらを見ていた。


「安達サン?最近おとなしくしてると思ってたのに、こんなとこまでなんか用?」


 いつもなら営業スマイルで適当にあしらうが体調の悪さも加わり、零斗は彼を睨みつける。


「満月ちゃんが体調崩して休むって言うから...お見舞いに」


 ボソボソと紡がれる言葉に、より苛立ちが募る。


(体調悪いとか、俺は聞いてねぇ)


 零斗はズキズキと痛む頭を押さえた。


「満月に嫌われてるって自覚ねぇの?セクハラ野郎が」


 今すぐに出そうになる手を握り込み、理性で抑える。


 安達は震えながらもこちらを指して、尚も続けた。


「や、やっぱり、満月ちゃんの前では猫かぶってるんだろ!じゃなきゃ、外でそんなに顔隠してるようなお前なんか」


ガンッ




(やばっ、つい)


 満月の部屋の扉を蹴ってしまった。


 わずかに奥から音がして、扉が開いた。


「零斗くん!?どうし」


 満月が冷えピタを貼った顔を出し、零斗は彼女を抱き込んで玄関に押し返す。


「満月ちゃん、僕、お見舞いに」


「さっさと帰れ」


 未だしゃしゃってこようとする安達の、ここへ来たことの記憶へモヤをかける。


 逃げるように満月の部屋へ上がり、鍵を閉めた。


 遠のく足音にホッとして、精気のいい匂いがする満月をきつく抱きしめる。普段より体温が高い。



「零斗くん、大丈夫?」


 背中を撫でてくれる彼女の手を感じて、さらに力を強めた。



「俺、体調悪いなんて聞いてない」


 零斗の頬に満月が触れ、その彼女の熱さにすり寄る。


「零斗くんの方が顔色悪いよ。休まないと」


 解かれた腕を取られ、部屋の奥まで連れられた。ベッドへぐいぐいと押される。


「俺はいいよ。満月ちゃん、熱あるでしょ。寝なよ」


「一緒に寝よ」


「付き合ってもない男にそういうこと言っちゃダメだよ」


 満月の両手を包んで視線を合わせるが、彼女は熱に浮かされているのか頬を膨らませた。

 その可愛さに、零斗は言葉を詰まらせる。



「じゃあ、零斗くんはどうして私に構うの?」


「そ、れは」


 満月に詰め寄られ、ベッドのふちにぶつかる。そのまま押し倒される形になってしまった。


 こんなにも見下げられたのは初めてで、緩んだパジャマの襟から柔らかそうな上気した肌が覗く。


「こんなこと、アイドルとファンって関係だけじゃしないよね」


 零斗が酔っ払った時とは逆転している状況に、ごくりと喉が鳴った。


 グッと奥歯を噛み締め、満月の二の腕を掴み、身体を反転させる。

 彼女から距離を取り、布団をかけてやる。


 いとも簡単にできたことから、零斗は満月に力が入っていないことに気づいた。



「...言いたいことはあるけど、今じゃない。ちゃんとした時に...俺から告白させて」


「推しに告白されるとか...私もう死んでもいい」


「死んでもいいとか、二度と言わないで」


「ひゃい」



 満月の生ぬるくなった冷えピタを新しく貼り直してやると、すぐに寝息が聞こえてきた。


 それを合図に、お粥を作るためキッチンへ立った。







 人間の食事はあまり味がしないが、満月の緩んだ表情を見ながらだと、ほんのり甘く感じる。



「満月ちゃん、仕事辞めなよ。また体調崩すかもだし、安達とかいうセクハラ男もいるし」


「今日はそういう零斗くんの方が顔色良くないよ」


 ひと眠りして快復したのか、確かに今は零斗の方が白い顔をしている。自覚があるだけに、言い返せない。


 せめて転職だけでもと口を開こうとしたが、キッと見つめられ、閉じた。



「転職は考えてるから安心して」


 そう言ってはくれるも、不安が拭えない。


 早く帰って休めと背中を押されたが、満月が寝るまではと駄々をこね、居座った。


 顔色の戻ったあどけない寝顔を撫で、流れ込んでくる精気がグラグラとしていた脳と視界をすっきりとさせてくれる。


 おでこを突き合わせて、目を閉じる。


 ふわふわとした夢は、雲の綿菓子のように甘い香りと美味しさで、胸を温かくしてくれた。


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