第17話



 そう答えるといつもと変わらない微笑みを向けられて、僅かに気が緩んだ。


 軽いキスがいくつも落とされ、絆されていく。


「じゃあこれからは、他の女でご飯は禁止ね」


「わか、った」


 良い子、と、髪をすいてくれる腕に縋りつき、精気の香りを堪能した。







 今までは意図的に精気の量を抑えていたのか、いつもより濃い満月の香りが零斗を包んで、考える力を奪われていた。


 縋るように彼女の背に腕を回して、どれくらい経ったのか。

 譫語のように好きと繰り返す零斗の頭を満月が撫でてくれる。



 満月にそっと押され、やっと離れた零斗は、トロンとして彼女を見る。


「良い匂い...満月ちゃん、好き」


 理性が溶けきっている推しの表情に、満月はうぐっと胸を押さえた。心臓を落ち着かせ、彼の顔から頭まで撫でくりまわしてやる。


「吸血鬼の全開の精気を直にだと、こうなっちゃうのか...かわいい...」


 零斗はふわふわして満月が何を言っているのかわからず、首を傾げている。



(お腹いっぱいなのに、満月ちゃんにもっとくっついてたい)


 零斗が満月の腰を自らに寄せるが、腕を突っ張る彼女に止められてしまう。

 幼児退行している彼は、不機嫌になるのを隠さない。


「今はこれ以上吸血鬼の精気吸ったら、零斗くんが壊れちゃうから!私も今は抑え効かないし!!」


 満月が零斗の両肩に手を置き引き剥がそうとするが、彼女の腹に顔を埋め、イヤイヤと首を振る。


 その可愛らしい仕草に、顔を覆い天を仰ぐ。


 満月は深呼吸をして、零斗の瞳を覗き込んだ。


「また血が飲みたくなるから、あまり能力使いたくないんだけど...」


 眉尻を下げた満月が、零斗の瞳に映る。


「零斗くん、離れて」


 零斗の霞がかった思考に、満月からの命令だけがはっきりと刻み込まれ、身体を離す。


 良い子、と、撫でてくれる満月の心地良さに、意識を手放した。



***



 明るさを感じて、目を覚ます。満月が身支度をしていた。


「満月ちゃん?」


 声をかけると、振り返ってくれる。


 少しボーッとしながら近寄ると、抑えているのか昨夜より薄い精気の香り。



「起こしちゃった?仕事行かないといけないから、寝てていいよ」


「俺も収録あるから起きる。朝ごはんは?」


「手料理も美味しいけど、零斗くんが寝てる間に血を貰ったから大丈夫だよ」


 満月が自分の首を指差すので、零斗は自らのそれをさすると、チリっとした痛みが走った。



「満月ちゃんは人間のご飯好きなの?」


 吸血鬼なら今まで作ってきた料理は無意味だったかもと、少々落ち込んでいたのだが。


「んー。お腹いっぱいにはならないけど、ある程度は満たせるし、美味しいよ」


 無駄ではなかったようで安堵する。


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