第10話



 深夜にしか帰らない満月の代わりに、零斗はせっせと彼女の部屋を綺麗にした。

 山積みだったゴミは消え、床面積が増えている。



(ツアー前に掃除だけでも終わらせないと)



 働き始めてから汚部屋になったのか、こびりついたような汚れがなかったおかげで、存外早く終えることができた。


 ふと、扉付きの棚に目がいく。


 まさかゴミを突っ込んでいるとは思わないが、気になり、開けてしまう。


 零斗のグッズが綺麗に並べてあり、ファイルの背表紙が3冊ほどこちらを向いている。

 それを捲ってみると、零斗のブロマイドがびっしりと詰まっていた。




 零斗は綺麗になったばかりの床へ、大の字に転がる。


「あー、好き」


 新たに販売されたものは無かったが、頻繁にイベントやコンサートに来ていてくれた時の物は、ほぼ揃っていた。


 そっと棚の扉を閉じ、のそのそと立ち上がる。



 透矢とのロケ撮影に向かう足取りが軽くなった。






 バラエティ番組には、よく透矢と組まされる。


 クールな顔でど天然な透矢と、残念なイケメン零斗のコンビは弄りやすいようだ。



 のんびりしたお散歩コーナーの番組撮影は、遅くまでかかってしまった。さらには深夜ラジオのゲスト出演まである。


 スケジュール的にも夕飯は用意できそうに無かった為、せめて冷凍食品だけでもと、満月の冷蔵庫へ入れておいたのだが。


(満月ちゃん、食べずに寝ちゃいそう)




 ラジオ進行を務める芸人がお便りを捌きながらこちらへ話を振ってくる。それに相槌を打ちながらも、零斗の思考は別の所へ飛んでいた。


 透矢もたまにズレた受け答えをしつつも、世の中真っ暗な中、全ての仕事を終えた。




 すでに寝ているであろう満月に、メッセージを送る。しばらく待っても帰ってこないことを確認して、彼女の夢を喰べに行く。



 今までに何度も現れているセクハラ男が、今日も満月にベタベタ触れている所へ、飛び蹴りをくらわす。


 零斗は苛立ちを覚えながらも、腹を満たした。



(こいつ、毎回毎回...誰なんだよ)


 夢の中でこの男が現れる度に、嫌悪感を露わにする満月。


 そいつの顔をしっかりと覚え、ちょっと調べてみようと決めた零斗だった。




***




「満月ちゃん、俺、明日からツアー始まってご飯用意できなくなるけど、ちゃんと食事は摂ってね。連絡もこまめにするから」


 仕事が忙しい零斗が手早く作った肉うどんを美味しそうに頬張っていた満月は、目を瞬かせる。


「私のことは気にしないで!零斗くんが元気にアイドルしてくれてるだけで幸せだから」


 両手で拳を握り脇をしめる彼女に、零斗は疑うような視線を向ける。


(最近やっと、ほっぺ丸くなってきたのに...)


 全国6都市ツアーは、約3ヶ月はかかる。


 合間でこちらに帰っての仕事もあるが、満月の世話を焼ける自信はない。


 今やほとんどの家事を零斗がこなしているとしても、彼女を自分がいないとダメな人間にしたい彼にとって、かなりの痛手だ。

 それに、あのセクハラ男の存在。


「...自分の仕事が憎い」


 零斗は独り言として呟いたつもりが、満月に聞こえてしまったのか、ガッと肩を掴まれた。


「アイドルの零斗くんにたくさん助けられた人間がここにいること、忘れないで」


 燃えるような瞳に、気圧される。


「はい」


 そう答えることしか許されない雰囲気だった。




 次の日は満月が出勤するよりも早く、彼女の部屋へ寄る。

 早朝に会うのは初めてだなと、零斗は少し緊張していた。



「冷凍庫に作り置きとか冷食入れてあるから、ちゃんと食べてね。洗濯物とゴミ出しは、合間見て帰った時にやるから置いといて。仕事は無理しないように、今すぐにでも辞めていいから」


 満月は寝ぼけているのか、願望を含んだ零斗の言葉を本気に取らない。

 構わず、零斗は冷蔵庫に食料を詰め込んでいく。


「ありがとう。零斗くんもツアー、頑張ってね」


 へにゃっと笑う満月に心臓を掴まれたように苦しくなり、胸の辺りを握りしめながら部屋を後にする。



「家に帰ったら毎日必ず連絡ちょうだい。渡したチケットで楽屋にも来れるから、何かあったら」


「大丈夫だよ!零斗くんはアイドル頑張ってきて!!」


 玄関を出てもあれこれ言っていたら、満月に背中を押された。


 後ろ髪をひかれながら、零斗は仕事へ向かうのだった。


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