第11話
ドームに響く歓声と、客席に輝く色とりどりのペンライトの光。
その前では、零斗は満面の笑みを振り撒き、キレのあるダンスと歌でファンを魅了する。
(騒がれながら体動かすのは楽しいんだけど)
毎日満月の世話を焼くようになってから初めての長期会えない時間に、零斗は自分の出番が終わる度に楽屋でしなしなと干からびていた。
その上に透矢が座る。
「毎日律儀に帰ったって、連絡くれてんだろ?」
泉が側にしゃがみ込んで、零斗の頭をツンツンとつつく。
「それはそうなんですけど...俺がいなくても平気になって、今までの苦労が水の泡になんてことになったら...」
「少しでも時間できたら帰ってんじゃん」
いつきの冷ややかな視線が刺さる。
零斗は僅かな時間を見つけては帰り、満月の家事をこなしていた。だが、本人の姿を見れていない挙句、彼女の夢にセクハラ男が出てくる。
起き上がってあぐらをかくと、透矢がころりと落ちた。
「今日の打ち上げは行かなくていいですよね」
このドームでのコンサートは最終日で、明日は貴重な休みだ。久しぶりに満月と時間を合わせることができるかもしれない。
「まあ、1回くらいなら」
遥希から了承を得て、全力で礼を言う。だというのに、たまたま見に来たというお偉いさんに捕まって、なぜか気に入られている零斗は、しこたま飲まされた。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、自宅の扉を開く。水を1杯仰いだ。
「あー、くそっ」
時計はもうすぐ深夜1時を指すところだ。1時間前には、満月から帰ったというメッセージが入っていた。
これでも無理矢理途中で抜けてきたのだ。
酔っている思考はうまく回らず、意味もなく満月にスタンプを連打した。
すぐに既読がついて、まだ寝ていないのかと、ふらふらと彼女の部屋へと合鍵で勝手に上がり込んだ。
ちょうど返事を打っているところだったのか、ベッドに座りスマホを手にして、こちらを見ながら驚愕している。
「え、零斗くん!?なんで!?」
叫ばれると頭に響く。
零斗は無言で満月になだれかかる。
触れたところから流れ込んでくる精気がとろけるように甘くて、首筋に顔を埋めた。
「お酒くさっ。ちょ、零斗くん大丈夫?」
髪に触れる彼女の手が、より思考をグズグズにしていく。
「柔らかい...いい匂い...」
零斗が呟くと、満月がボンっと赤くなる。
「ちゃんと食べてたみたいで安心した」
「ひぇ」
2人の間に隙間を作って、零斗が満月の両頬を包む。
近づいてくる彼の顔を、満月は慌てて掌で阻止した。
「ななな何して!?」
零斗は口元を覆う手を剥がし、艶やかに潤んだ瞳で小首を傾げる。
「キスはもっと甘くて美味しいんだ...だめ?」
また鼻先が触れそうになり、満月はグルグルと目を回しながらも後ろへ下がる。
背が壁につき、ギュッと目を閉じるが、何も起こらない。
ゆっくりと瞼を上げると、零斗はふわふわと笑っていた。
「ねえ、満月ちゃん。俺、満月ちゃんの会社のこと知りたいんだけど...教えてくれる?」
脳内がとっ散らかっている零斗は、ふとセクハラ男のことを思い出した。
満月はオーバーヒートを起こしながら、こくこくと頷いた。
「いい子」
普段より血色の良い零斗の妖艶な笑みは抜群の破壊力を持って、彼女の思考さえも奪っていった。
「会社名は?」
「馬渕物産」
「セクハラしてくる男の名前は?」
「安達貴之さん...。ってあれ、私、セクハラ受けてること言ったっけ?」
にっこりとして答えない零斗に、満月は背筋がゾワリとした。
「れ、零斗くん?」
「セクハラされてるって、ちゃんとわかってるのに抵抗してないんだ。俺にこんなことされても...。本当に1人で大丈夫なの?」
満月の頬へ唇で触れても、弱々しい抵抗は簡単に封じ込めることができる。
(警戒心なさすぎ)
「気持ち悪くても、職場では揉めたくないし...。零斗くんに触られるのは...嫌じゃ、ない、から」
「そっか」
(俺はいいのか)
零斗は急激な眠気に襲われる。
満月の胸に埋もれて、意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます