第2話



 コンサートやイベントに、満月が来なくなった。そのことに、零斗は文字通り頭を抱えていた。


(不信感を持たれないように、夢喰いの頻度は抑えてたのに何故!?ただでさえドラマ入って、なかなか食べに行けてないのにっ)



 暗い舞台袖から客席をこっそり見回すが、アリーナにも2階席にも、目当ての姿はない。




「セットしてもらったのに、髪乱してんなよ」


 巳也に腰を蹴り飛ばされ、四つん這いになる。

 なかなか立ち上がってこない零斗に、不安が募り、顔を覗き込んだ。


「強すぎたか?」


 巳也のしゃがんだ膝に、零斗が縋り付く。

 幽霊のような動作に思わず後退ると、零斗はベシャッと床に落ちた。それを遥希がため息をつきながら、猫を抱えるように立ち上がらせてやるが、だらりとされるがままだ。


「今から本番だよ。アイドルとしての株だけは下げないでよ?」


「ハルの手を煩わせてんじゃねぇぞ」


 巳也は零斗の首根っこを掴み、遥希から奪った。それでも手足に力を入れない彼を振り回す。


「...巳也さ、締まってる...っぐえ」






「こんな使い物にならなそうなのに、歌と踊りは完璧とかムカつく」


 楽屋の床にうつ伏せで転がる零斗を、いつきが踏みつけ、小鳥遊透矢が無言で椅子にしている。



「零くんお気に入りの子、卒業した年くらいでしょ。就職して忙しいんだよ」


 遥希の言葉に、零斗は勢いよく立ち上がり、透矢が転がり落ちた。



「忙しさによるすれ違い...想い合う俺たちにとっての危機!」


「え、いつから想い合ってんの?初耳なんだけど」


 握ったペットボトルから水をあふれさせながら、目を見張る泉。


「満月ちゃんは俺のファンだし、俺も彼女が好きなんです。想い合ってるじゃないですか」


 一瞬、その場の時間が止まる。

 遥希がガッと、零斗の両肩を掴んだ。いつも温厚なはずの彼が、笑顔だが、般若を背負っていた。


「ファンだからって、恋愛感情で好きなわけじゃないんだよ。わかる?零くん」


 零斗は瞬きを数回繰り返し、考え込む。少し間があって、ようやく放った言葉は。


「よく、わからないんですが...」


 巳也の飛び蹴りが、クリティカルヒットした。






 結局よくわからなかったが、今のままではいけないという思いから、零斗は引っ越した。満月の隣の部屋へ。


 夢にも何度か入り込もうとしたが、眠る時間が合わないのか、叶わなかった。



(イベントとか女優さんとかでの接触で、腹が減ることはないけど...あんま美味しくないんだよなぁ)


 満月の味を思い出し、唾液があふれそうになる。慌てて荷解きに集中した。


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