夢魔アイドルの歪んだ恋愛事情

こむらともあさ

第1話



 人間の夢や精気を喰らう夢魔は人に化け、現代社会に紛れて暮らしていた。


 そんな夢魔である6人が組んだ男性アイドルグループ『Dr.BAC』の、握手会が行われている。彼らは、イベントと称して、ファンから精気を喰らっていた。



(今回も、あんま美味しい子いないな...)


 営業スマイルはそのままに、食事もとい握手をしていた咲岡零斗は、内心げんなりしていた。

 リーダーである篠倉遥希はそのことに気づいたのか、彼に肘鉄をくらわせる。


「顔、引き攣ってる」


 耳打ちされ、零斗は小さく謝った。



 次の子はと、視線を戻すと、すごく美味しそうな匂い。見目は平凡といったところだろうか。

 こちらから手を伸ばし、両手を包み込んでやる。


 頬が染まり、キョロキョロと落ち着かない様子は、零斗にとって見慣れた光景なはずなのに、流れ込んできた精気によって、雷に撃たれた。


(え、美味しすぎるんだけど!?)


 思わず手に力が入る。

 喉を鳴らしたのがバレてないかと、冷や汗をかくほどに焦るが、笑顔は保っていた。



「はっ初めまして、満月っていいます。これからも、応援してます!頑張ってください!!」


 同じ言葉を何度も代わる代わる言われているはずなのに、胸を打つのは何故なのか。


「ありがとう」


 限られた数秒。それだけしか返せなかった自分を、楽屋で痛めつけた。




 突然、机に頭を打ちつける零斗に、メンバーはドン引きである。


「何、気持ち悪いんだけど」


「途中から様子おかしくなったよね。どうしちゃったの、零くん」


 林いつきが汚物でも見るように後退りする。遥希だけは心配そうに肩をポンポン叩いてくれるが、美濃巳也がそれを引き剥がす。


「どうせ精気が不味かったとか、そんな理由だろ。零斗は好き嫌い多いんだ。ハルが気にすることじゃねぇ」


「逆なんですよ!めちゃくちゃ美味かったんです!!一生味わえないって思うくらいに!!」


 急に立ち上がり、詰め寄ってくる零斗に、巳也は足を引いた。


「あれはもう、手放すわけにはいかない...」


 爪を噛みながら呟いている姿に、メンバーたちはさらに引いていたのだった。







 早速、『みつき』という名前を頼りに、握手会を仕切っていたスタッフに彼女のフルネームを聞き出すことに成功したが、夢魔のマネージャーには「スキャンダルだけは起こしてくれるな」と、怒られてしまった。



「まあまあ、零斗だって夢魔なんだし。うまくやれるよ、なっ」


 Dr.BACのメンバー野々村泉が、零斗の頭を叩きながら言う。


「もちろんですよ。俺のご馳走には誰にも手出しはさせません」


「...そういう意味じゃなかったんだが?」


「あんなに美味しかったんです。他の奴に奪われるかもしれないでしょう?」


「そこまで言われると、俺まで気になってきた」


「泉さんにも渡しません」


 視線だけで殺されそうだと、泉は口をつぐんだ。






 フルネームさえ分かれば、夢魔の能力で夢に入り込める。


 零斗は、『綾瀬満月』という名前を頼りに、夢の世界を辿っていく。

 彼女は簡単に見つけることができた。


 夢に少し触れただけで、甘美な風味に悶絶する。



 大学のレポートが期日に間に合わず、さらには忘れ物をしまくるという悪夢を美味しくいただく。


「やっぱり精気より、夢の方が腹が膨れるな」


 満足気に舌なめずりをして、夢に漂う満月の額を撫でる。へにゃりと相貌を崩す彼女に、零斗は抱きつきたくなる衝動を抑え、現実へと戻った。

 代わりに枕を力任せに締め上げた。


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