とある記者の記録 5

「_____んぅ。」


「先輩!! 先輩!!」


「___あ、青山??」


「よかったぁぁぁ・・・・・」


 ようやく先輩の意識が戻り、やっと心の底から安堵した青山は、その場で倒れ込ん

 でしまった。

青山は数時間もの間、先輩刑事が目を覚ますまで、ずっと見守っていたのだ。

 

 救急車を呼ぶことも考えた。

だが、あの現場をどう救急隊員に伝えればいいのか分からない。

 先輩にとっても、青山にとっても、昨晩は一生忘れられない時間になった。


 気がつけばもう外は朝。

いつもと変わらず、路上でまだ寝ている人もいれば、朝からウォーキングに励む人の姿も。

 

 駅では始発が発車して、その音と揺れで、ようやく先輩は意識を取り戻した。

だいぶ古びている地下道、電車が走るたびに、天井からコンクリートの破片が落ちてくる。


 もう、ロッカールームの何処を探しても少女の霊はいなかった。

しかし、先輩刑事の表情は、とても清々しくなっている。


 幽霊になった娘と先輩刑事が言葉を交わしたのは、ほんの数秒程度。

しかし、その数秒の会話で、彼の心は救われた。

 彼はようやく、自分を許せるようになったのだ。

許せない自分にかけていた呪縛を解いてくれたのは、娘だった。


「すまない、青山。お前にまで迷惑をかけてしまった。

 俺な、この近くの駅には、どうしても近づきたくなかったんだ。

 でも最近、そんな俺自身も許せなくなって・・・・・


 気がつくとこのロッカールームで、ボーッとしている事が多くなったんだ。

 ___もう一種の『夢遊病』だな、これは。」


 先輩刑事は、ケラケラと笑いながら、昨晩の経緯を語る。

だが、青山の顔は、若干不機嫌になった。何故なら、許せないからだ。


「_______先輩、自分にはまだよく分からない部分はあります。

 こんな事、俺が首を突っ込んでいい話じゃないのも分かってます。


 でも、これ以上先輩が、自分で自分の首を絞めるようなら、俺だって土足で踏み込

 みますよ。

 ___で、先輩の顔面を、全力で殴り飛ばします。


 先輩の娘さんは、父親が苦しんでいる姿が見たくないだけなんだと思います。

 娘さんや奥さんは、もう先輩に苦しんでほしくないだけなんですよ。

 二人が亡くなったのは、先輩のせいじゃ決してない事を教えに来たんです。


 ___自分を責めている父親より、頑張って仕事をしている父親の方が好きに決ま

 ってるじゃないですか!!!」


 普段は先輩に対し、こんなに強い口調にはならない青山。

だが、青山も先輩の娘の思いを無碍にしたくなかった。

 父親を思う娘の気持ちは、青山の目から見ても本物。

純粋な想いがいかに大切で、守らなければいけないのか、青山もよく知っている。


 時折『社会科見学』で、警察署に子供達が押し寄せる。

青山も、何度かその現場に遭遇した。

 そして、見学に来た小学生達は署の職員に対して


「お疲れ様です」「今日も頑張ってください!」「見学させてもらってます」

「いつも僕たち・私たちの生活を守ってくれて、ありがとうございます!」


 と、感謝の言葉を述べてくれる。

人間の憎悪や醜い欲望を間近で見ている青山達からすれば、そんな言葉の一つ一つが、『仕事の支え』になっている。


 人間の醜いところだけを見ていると、どうしてもやる気が削がれてしまう。

「自分は何のために、被害者の悲しんでいる姿を見なければいけないのか」

「新人だった頃の自分は、まさかこんな仕事内容になるとは思わなかった」

「『正義』とは何なのか」「『違法』とは何なのか」

「もっと取り締まることがあるのではないか」


 そんな考えが頭の中をグルグル彷徨っていると、当然仕事への熱意もどんどん冷え

 ていく。

しかし、子供達の純粋な言葉を聞いて、ようやく我に帰る。

 

 自分たちの仕事は、『悪人を罰する』事でもなければ、『違法を取り締まる』事で

 はない。


 もちろんそれらも重要ではあるものの、本当に大切なのは



 未来ある人々の生活を守り、支える事



 それを思い出されてくれる、未来ある子供の力を、青山もよく知っている。

自分たちの役目は、決して『大人だけ』のものではない。

 違法者を逮捕するのも、容疑者を特定するのも、大人だけの問題ではない。


 子供達が安心して登下校できるように、遊べるように、国を支える立派な大人にな

 れるように、地域や社会に尽力する。

警察の仕事は、安心で安全な生活を守る。捕まえて特定するだけが仕事ではない。


 青山も、先輩の娘の言葉に救われた。

だからこそ青山は、先輩をしっかり支える役目を感じている。


「___そうだな。俺は、とんでもない『勘違い』をしていたみたいだ。」


「『勘違い』?」


「娘は、俺の仕事を誇りに思っていた。

 授業参観に行けなかった時も、六歳の誕生日を一緒に祝えなかった時も、娘は許し

 てくれた。

 娘も、俺の仕事を応援してくれていたんだ。


 娘が生前、俺を恨むような言葉なんて、一言も発さなかった。

 俺には、勿体無いくらい、いい娘だった。


 そんな娘が、死んでも尚、誰かを恨むような事はしない。

 決して誰かのせいにするような子でもなかった。


 それを、俺が一番よく理解しているつもりだったんだ。

 なのに俺は、心の中で『自分を責める娘もどき』を勝手につくったんだ。

 俺は、大切の娘も妻も、忘れかけていたんだ・・・!!」


「先輩、もういいんですって。

 また自分を責めて、娘さんを失望させたいんですか?」


「__________いや、違う。」


 先輩刑事は、足に力を込めて立ち上がる。青山も、フラフラながら立ち上がった。

そして、階段を、ゆっくり一歩ずつ登っていく。

 先輩刑事は一度、コインロッカーの方へ振り向いたものの、すぐ前へ向き直る。


「__________あれ?」


「どうした、青山。」


 彼は、ふと『大事な事』を忘れている気がした。

しかし、地下から抜け出した周辺を見渡しても、何を忘れているのか、全然思い出せない。

 

 そもそも青山自身、自分がどうして、あのロッカールームに来たのか、それすら分

 からない状況。


「_____多分、気のせいですね。俺も疲れてるんだ。」


「青山、署には俺が連絡しとくから、今日はもう休もう。

 あと、今日の夕飯、奢らせてくれ。」


「え?! いいんですか?!

 じゃあ何しよっかなー・・・」


 すっかり元気になった青山を見て、ちょっと苦笑いする先輩。

彼にとって、今井地盤大事にしなければいけないのは、自分を心から心配してくれる人(青山)である事を痛感した。






「ねぇねぇ、聞いた? 

 あの地下階段が封鎖された原因。」


「え? ただ単に誰も使わないからじゃないの?」


「実はね、そうでもないみたいなの。


 なんかね、あの地下にあるコインロッカーから、『色々ととんでもない物』が発見

 されて、連日パトカーが出動する大騒ぎになったみたい。」


「『色々ととんでもない物』って・・・・・随分アバウトだなぁー」


「いやそれがさ、見つかった物がどれもこれも、本当にヤバい物だったらしくて。

 どうやらあそこ、『密売人の取引所』でもあったみたい。」


「じゃあ、そのロッカールームから見つかったものって・・・ソレ関係?」


「それだけじゃないの。

 なんか『違法な物品』も色々見つかっただけじゃなくて、『骨壷』まで発見された

 とか・・・!」


「マジ??!! それとんでもなくヤバいんじゃ??!!」


「そう、だから慌てて、あの地下は封鎖したみたい。




 でさ、もっと怖いのは


 地下を警察が調べた時にね、『頭がおかしくなった人』が発見されたんだって。」


「は??」


「発見される数日前まで、元気に仕事していた人が、突然『赤ちゃん』みたいな状態

 になったって・・・」

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