とある記者の記録 4

「___あ、青山さん?! 何処ですか?!

 青山さーん!!!」


 気がつくと、タケダイは真っ暗な空間に、独りでポツンと佇んでいた。

周囲にはロッカーどころか、壁すらも見当たらない。いくら青山を呼んでも、反響すらしない。


 自分だけが異空間に飛ばされたような感覚に、タケダイは焦った。

とりあえず走ってみようとするが、足が重すぎて歩くことすらできない。


 違和感はまだまだある、先ほどまでタケダイ持っていたスマホが、いきなり手元か

 ら消えていた。

自分自身が今、生きているのか死んでいるのかも分からない状況。

 

 だが、全身が震えるほど、寒い空間であることは確かだった。

全身が鳥肌になり、空気に触れている腕や顔が、寒さを通り越して痛みを感じる。


 そして、よく分からない『圧迫感』を感じる。

周囲は暗闇で覆われて、壁や障害物は一切見えない筈。

 なのに、息が詰まるような苦しさに、思わず吐き気を催してしまう。


 そんな彼の前に、突如として現れたのは・・・・・




「いや、もう別れようよ。」


「えぇ?! どうして!!」


 タケダイの目の前に浮かび上がったのは桜が降り注ぐ校庭。

しかし、タケダイはその空間に近寄ることすらできず、ただ眺めているだけ。


 桜の木の下は『告白する場所』としては定番であり、絶好の場所。

しかし、タケダイの目にうつる二人は、告白とは真逆の、『別れ話』だった。

 二人の手には『黒い筒』が握られている、その中身は十中八九、『卒業証書』

そして胸には、『ピンク色の造花』が飾られている。


 この光景を見て、タケダイは思い出した。

別れ話を切り出した男子高校生が、『過去の自分』である事を。

 そして、突然別れを言い渡され、驚愕している女子生徒こそ、『元カノ』


 二人はこの高校で知り合い、一緒に映画を見に行ったり、一緒に買い物をしたり。

ごく普通に付き合い、ごく普通に愛しあった。

 彼女の両親が家を空けている時は、タケダイが泊まりに行ったことも。


 ただ、高校3年生になると、『進路』をきっかけに、カップルが別れてしまう。

それが自然の流れだ。


 『進路』は、生徒一人一人にとって、『大事な未来の選択肢』

『進む路(みち)』は自分で決めないと、後々自分自身が後悔する。


 「○○ちゃんが大学行くなら、私も同じ大学に・・・」と、進路よりも友情を優先

 して、失敗してしまうケースも。

だからこそ、進路をきっかけに、友人関係の整理も、惜しみながらもやらなければいけない。


 例に漏れず、二人の進路はバラバラになり、これがきっかけで、二人は別れた。

タケダイは元々、大学は行く気がなく、高校を卒業したら働くことを決めている。

 だが彼女は頭が良く、都内の国立大学へのチケットを無事手にしていた。

そんな二人の仲は、無慈悲にも、時間の問題。


「互いに進路が違っても、今はSNSとかで気軽にやり取りできるし・・・!!」


「でも、いつまでも『昔の仲』に固執していたら、『新しい仲』を築くのは難しくな

 るだろ?

 お前は俺以上に、色んな将来があるんだ。

 

 その人生のなかで、俺より良い彼氏なんて、お前なら簡単につくれる筈だ。」


「で、でも・・・・・」


 どんなに彼女が引きとめようとしても、そもそもこれから歩む道が違えば、また別

 の異性を好きになるかもしれない。

お互いの将来のためにも、タケダイは別れることにした。


 話し合い自体は十数分にも及んだものの、結局二人は別れた。

タケダイは『妥協案』として、互いのSNSのアカウントは残しておく事にした。


 だが、彼の思っていた通り、それぞれの道を進んでから1年も経てば、もう連絡す

 ることはなくなっていた。

タケダイの狙いは、まさにそれだったのかもしれない。






 だが、彼は知らなかった。元カノが、『大きな秘密』を抱えている事に。

彼は、自分の知らない間に、『パパ』になっていたのだ。


 そう、彼女のお腹には、『小さな命』が宿っていた。


 それが発覚したのは、卒業式の前日という、とんでもないタイミング。

当然、『ママ』である彼女は焦った。彼氏であるタケダイに言うべきか否か。


 だが、一人きりでは抱えきれない問題だった為、彼女は両親に相談。

彼女の両親は、本人以上に焦っていた。


 娘には、国立の大学で様々なことを学び、国外でも活躍できるような、立派な大人

 になってほしかったから。

そんな娘のお腹に宿っている命をどうするべきか。両親は徹夜で悩んだ。


 もう卒業式は目前に迫っている、もう学生寮へも入金済み。

今更になって、それらを全て投げ出すわけにもいかなかった。

 それに、パパママ揃って、まだ未成年。産むことも、育てることも難しい。

これからの人生にも、影響を及ぼすのは、ほぼ間違いない。


 でも彼女は、心の奥底で、少しだけ期待していた。

卒業式が終わった後呼び出され、


「君とはずっと一緒だ! 俺も大学近くで働くから、一緒に暮らそう!


 子供がいるのか?! それはめでたい! 

 俺頑張って働くよ!」


 そう言ってくれる未来を、1mだけ期待した。

だが、彼女も薄々気づいていた。卒業を機に、別れ話を切り出される事を。


 大半の絶望と、ほんの少しの希望を持ちつつ迎えた卒業式。

多くの生徒と保護者が、卒業の喜びと惜しみに満ち溢れる。

 そんななか、彼女と両親だけ、沈んだ気持ちを表に出さないように必死だった。


 彼女に関しては。校長先生のお言葉も耳に入らず。

最後の校歌合唱も、声が全く出ない。

 多くの後輩が涙を流し、自分たちを見送ってくれた。

にも関わらず、彼らに何を言われたのか、さっぱり覚えていない。


 元カノは、別れ話を切り出された際、いっその事、自分のお腹に宿った命を打ち明

 けようとした。

しかし、それすらもできなかった彼女にできる事は、身体に宿った命と別れること。

 

 両親からは、「誰にも言わなくてもいい」と、口酸っぱく言われていた。 

未成年で妊娠・・・という話が広まったら、親族や周囲の人間から、何を言われるか分からない。


 お金は両親が用意して、タケダイのサインも両親が偽造。

そして、切り離された彼女の子供は、彼女の手元に『骨』だけになって帰ってきた。

 彼女にとって、問題はその後。


 「せめてその子を、大切にしなさい」と、両親から渡された箱。

妊娠する意思がなかったとしても、彼女のお腹には、かつて命が宿っていたことに違いはない。

 

 だからこそ、母親である彼女が、もう泣くことも笑うこともできない我が子に寄り

 添うべき。

両親は、娘がしっかり反省して、箱を大切にしてくれる事を信じていた。




 だが、彼女は両親の『最後の情け』を知らず、箱を『冷たくて狭い棺桶』の中に、

 置き去りに。


 箱を受け取った当初は、一人暮らしの部屋に箱を置き、熱心にジュースやお菓子を

 手向けていた。

しかし、大学生ともなれば、友人と一緒の部屋で遊ぶことも多くなる。

 

 そんな時、部屋にそんな箱があったらどうなるか。

最初のうちは、色々と言い訳していた彼女だったが、言い訳だけでは長く続かない。

 そのうち、言い訳すら通用しなくなって、根拠のない噂がたつかもしれない。


 だが、真実をありのまま告げる事もできない。

せっかく勝ち取ったキャンパスライフを、独りぼっちで終わらせたくなかった。


 だから彼女は必死に考えた。

両親に相談なんかすれば、何を言われるか分からない。

 その時点で彼女は、両親の意図が分からなかった。


 挙げ句の果てに、「何で親は私にこんな物を預けたんだ!!!」と、心の中で逆ギ

 レする始末。

彼女は『過去の反省』より、『大学の付き合い』を優先した。


 だが、彼女でもさすがに、箱をゴミ捨て場に捨てるわけにもいかない。

そんな事をすれば、当然両親の耳に入り、大学を退学させられる可能性だってある。

 地元に戻っても、特にする事がなく、まだ働く気もなかった。


 なんとしてでも、自由で楽しいキャンパスライフを、思う存分満喫したかった。

バイトにサークルに旅行に・・・・・

 彼女には、親元を離れてからやりたい事がありすぎた。




 そして箱の置き場所に困っていた彼女の耳に、偶然入ってきたのが、あのコインロ

 ッカールーム。


「あのコインロッカールーム、『出入りが殆どない』から、不気味だよねぇー」


「駅の近くにあるけど、駅の関係者も知らないらしいよー」


「あの辺りって、あんまり治安も良くないんだよねー

 私の姉が、あの辺りの居酒屋で働いてるけど、無銭飲食が勃発してるとか・・・」


「あんな場所で倒れたりなんかしたら、『誰にも気づかれない』んじゃないの?」


 彼女はその話を聞いたその日、すぐ行動に移した。

___いや、躊躇する余裕もなかった。

 

 家に帰るたびに思い知らされる自分の罪と、真っ白になってしまった自分の子供か

 ら、早く逃げたかったのだ。

友人の話していた通り、通行人が殆どいない場所を、ツボを持ちながら歩いても、誰にも気づかれなかった。


 そして、彼女はそそくさとツボをロッカーに詰め、鍵をかけると、その場から逃げ

 出した。

鍵ですらも疎ましく感じていた彼女は、アパート近くにある、流れの早い川へと投げ捨てる。


 こうして、彼女はロッカーに箱(自分の過ち)を詰めてからは、思う存分、大学生

 活を楽しんだ。

罪悪感は、驚くほど感じなかった。彼女は、全て許された『つもり』でいた。

 

 タケダイとの思い出も、一緒にロッカーの中へ封印した。

地元を離れ、改めて思い返してみると、彼女もタケダイにそこまで執着する必要がない事を悟った。


 大学には、色んな地域出身の人が多く集まり、新しい彼氏ができるのは、時間の問

 題だった。

家に友人を呼べる環境になってからは、毎日のように彼氏や友人を呼んで、一緒に勉強したり、飲み会をしたり。


 タケダイが働くのに必死だったころ、彼女は新しい彼氏と付き合っては別れ、付き

 合っては別れ・・・を繰り返して、楽しんでいた。

大学生になった彼女にとって、もはや『彼氏』という存在は、『単なる遊び道具』でしかない。






「そ、そんな・・・・・」


 その全てを、タケダイが知ったのは、今この瞬間。

もう高校を卒業してから数年が経った今、彼女の顔すら忘れかけていた。

 大学生になってからの彼女は、驚くほど劇的に変わっている。


 高校生時代は、大人しい雰囲気だった彼女だったが、大学に入ってからは、真逆な

 姿になっていた。

あちこちにピアスをつけ、露出の高い服を着ている、明らかに『夜の女』に。

 

 過ちを経験したことで、もう色々と感覚が変わってしまったのだ。

おかげで友人関係や異性関係にもだらしなくなり、大学内では『厄介なトリックスター』と化してしまった。


 時には友人の彼氏を横取りしたり、本気で結婚を考えていた相手と強引に分かれ

 た、ショックを受けている男性の様子を楽しんだり。

ズタズタになってしまった彼女の『清純』と『倫理』は、もう既に女性としてはありえない。


 だが、彼女がこうなってしまった原因を、間接的ではあるが、作ってしまったのは

 タケダイである。

彼は自分の罪にも気付かず、必死に就活をして、出版会社に就職。

 

 そこからは、別段変わった事もなく。

彼女をつくる事もなく、ただ毎日をノロノロと生きていた。

 上司に怒られ、凹んで、同僚と飲みに行って、二日酔いになった事も。


 だが、狭くて暗いロッカーに忘れ去られた赤ん坊にとっては、そんな父親(タケダ

 イ)の自堕落な生活ですら、羨ましくて仕方ない。 

ご飯食べることも、人と関わることもできず、ただ何もできない時間を、何年も味わってきたのだ。


 そして、『呪い』か『運命』か、彼もまた、このコインロッカーに来てしまった。

この一連の流れに、タケダイは恐ろしすぎて震え上がる。




「__________パァ・・・・・パァァァァァ・・・・・」


「ヒッ!!!」


 今度はタケダイの真横から、『辛うじて人間の声』が聞こえる。

言葉自体が潰れかけたその言葉がなにを意味するのか、タケダイは察した。

 

 彼が恐る恐る真横に顔を向けると、そこには暗闇のなかにぼんやり佇む、件のコイ

 ンロッカーが。

そして、ロッカーの一つがゆっくりと開き、そこから『赤黒い塊』が、タケダイに向かって這って来ていた。


 パクパク開閉する口から出る声は、悲痛そのもの。

言葉にもならない声で、自分の胸の内を表現する。

 その嗚咽に込められた感情は、まるで嘔吐物のようにドロドロ。


生まれてこられなかった悲しみ 生きたかった悔やみ


何故生まれてこられなかったわからない悲しみ 


生きられた未来を歩めなかった悔やみ


母親に抱っこされなかった辛さ 父親に頭を撫でられなかった辛さ


独りぼっちの辛さ 忘れ去られた辛さ 生きたい思いが抑えきれない辛さ


 そう、それは『純粋な憎悪』だった。

周囲から触発された憎悪でもなければ、誰かに植え付けられた憎悪でもない。

 自分自身の積もり積もった気持ちが、その小さな心では抑えられない状況。 

純粋無垢な憎悪は、ジリジリとタケダイのもとへ迫って来ている。


「や・・・やめろぉ・・・!!!

 こっちに来るなぁぁぁ!!!」


 だが、タケダイはその光景を目の当たりにしても、納得できない様子。

タケダイはその場で腰を抜かし、動けない。

 だがその間にも、赤ん坊は迫って来ている。


「なんで・・・なんで俺なんだよ!!!

 母親であるアイツの方に責任があるだろ?!」


 タケダイは、ただただ責任から逃れたかった。

元カノも、赤ん坊も、全てを否定している。

 だが、実際その赤ん坊は、紛れもなく、タケダイの子。

その赤ちゃんは、それが分かっているから、タケダイ(パパ)にすり寄っている。


 胸の内を叫ぶ赤ん坊が求めているもの、それは


『愛』


 タケダイの前に、赤ん坊が姿を現した理由は、それだけ。

その赤ん坊にも、愛される権利があった。

 それを、大人たちの勝手な都合で、奪われてしまった。

それが許せなかったのだ。どんなに年月が経っても、求めずにはいられなかった。


 それが、『人』としての本能である。



 パートナーに愛されることを願った つぼみ も

 両親のために、身を削る思いで勉強していた 闘士 も

 周囲からの目線を独占したかった 相 も



 だが逆に言えば、その『愛』によって、波乱が起きてしまうのも現実。


 つぼみ・闘士・相の三人は、愛される為に頑張った。

3つの家庭を見守り続けてきた『あの子』でさえ。

 しかし、求めれば求めるほど、離れていってしまう。

だが三人に至っては、ほぼ『自業自得』なところはある。


 そしてタケダイも、この結末を招いてしまったのには、自分の言動に責任がある。

つまり彼にも、『自業自得』という言葉が通用してしまう。


 彼のすぐ側まで迫ってきている赤ん坊には、理解できなかった。

何故自分は愛されないのか、何故自分は生きることができなかったのか。

 問いたくても、冷たい箱のなかでは、声をかけてくれる存在は誰もいない。


 そんな苦痛の時間を過ごした赤ん坊の気持ちを、少しでも納得しようとする気持ち

 さえあれば、タケダイも、過剰に恐れないのかもしれない。

しかし、タケダイは現状を紛らわそうと、その場でダンゴムシのように丸まる。


 あまりにも情けない姿ではある者の、赤ん坊にとっては、『唯一無二の父親』

どんな姿であろうと、愛を求めて必死になる赤ん坊。

 その行為は、ただひたすらに純粋で、必死なものだった。


 先輩刑事の場合、『自分で作った罪』で自分が苦しめられる状況を、どうにかしよ

 うと動いてくれる人々(青山・娘)がいた。

それは、彼が現実を受け止め、それでも前に向かって頑張っていたから。


 『自分に科された罪が分からない』というのは、割とよくある話。

人は無意識のうちに誰かを苦しめたり、物を傷つけたりする。

 それは動物も植物も同じ。

竹の生命力が強すぎて、他の植物が育たない、『竹害』と同じようなものである。


 だが、当然竹自身、悪いことをしているつもりはない。

竹だって、生きるのに必死だから。


 しかし人間は、動物や植物と違って、『罪を顧みて、償う事』ができる。

竹がどう頑張っても、他の植物を蘇らせることはできない。

 だからこそ人間は、『罪悪感』というものを覚える。

_____覚えない人間もいるが。


「嫌だ・・・嫌だ・・・!!!

 なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけなんだ?!!


 俺はただ、「付き合ってください」って言われたから付き合っただけで、そこまで

 深い関係は求めてなかったんだよ・・・!!!

 それに、誘ってきたのはアイツなんだよ!!! 


 俺はそこまでアイツが好きじゃなかった!!! 

 あいつが責任を負うべきなんだ!!!

 なのになんで俺にこんな・・・!!!」


 タケダイは赤ん坊を見る気すらない。

元カノの事も、頭の中から消そうと躍起になっている。

 全てを元カノのせいにして、無関係者を偽ろうとしている。


 だが、タケダイが『あの晩』、彼女に強引に迫ったことに変わりはない。

自分の欲望を抑えられず、挙げ句の果てに自分の方から別れ話を切り出した。

 それでも元カノは、彼を愛していた、だから彼に真実を告げられなかったのだ。


 歪な関係から生まれた赤ん坊は、涙をポロポロと流している。

それでも赤ん坊は、タケダイのズボンの裾を掴むと、すがるように顔を擦りつける。

 まるで犬や猫のようだが、それしか愛を求める方法がないのだ。


 生まれたと同時に与えられ、成長すると教えられ、感じる筈だった愛を、与えられ

 ず教えられず。

ようやく巡り会えた父親からも拒絶されてしまっては、『残酷な現実』を受け入れるしかない。

 

 それが許せないのだ、どうしても『人』として生きたかったのだ。






「残念だったね。これで君は、『私達』の仲間入りだ。」


「__________え???」


 タケダイの真横に、いつの間にか誰かが立っていた。

それは、まだ幼い少女。

 彼女はタケダイではなく、赤ん坊に哀れみの眼差しをむけている。

タケダイには一切目を向けず、赤ん坊を撫でる少女。


 すると、赤ん坊の体はフワフワと空中へ浮いた。

そして、そのまま煙のように、スーッと消えていく。


 その光景を、少女はため息をつきながら見上げた。


「せめて君は、早く『愛』が貰えるといいね。」


 それは、少女が赤ん坊に向けた『せめてもの情け』 

しかし、愛を望むのは、少女も一緒。

 何故なら彼女は、『同胞』と同じ気配を感じ、来ただけなのだから。

最初は見ているだけだったが、見ていられなくなったのだ。


 彼女はよく知っている。どんなに自分が訴えても、他人は変わらない。

今まで彼女が渡り歩いてきた家々で、それを痛感している。


 愛する人を無理やり変えることはできない、忘れることはできない。

 贅沢な生活のランクを落とすことはできない、耐えられない。

 どんなに相手がアプローチしても、恋愛対象として意識できない。

 

 あの赤ん坊が、父親であるタケダイにどれほど求めても、彼は意思を変えるつもり

 がない。


 そんな相手にいくらすがっても、愛どころか、同情すら与えてくれない。

少女は、『スイコ』はそれを知っている。散々思い知らされてきたから。

 だから、彼女は自らの手で、赤ん坊を『両親の呪縛』から放ってあげた。

これで、赤ん坊を縛り付けていた『両親』という枷(かせ)は消えたのだ。



 ___だが、それで赤ん坊自身が救われることはない。

 スイコの仲間入りをする、という事は・・・・・




「お、おい!! お前は何なんだ?!

 此処から早く出してくれ!!!」


「__________」


「おい!!! 聞いてるのか、ガキが!!!」


 タケダイがスイコを怒鳴りつけても、彼女は一切反応しない。

何故なら彼女は、自分に対して『愛』を与えてくれる存在のみにしか、興味がない。

 他者の子供はおろか、『自分の子供』すら愛せない人間、相手にするわけがない。


 それに、本当におかしいのはスイコではない



 タケダイの方だった

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