とある記者の記録 2

「すいません、無理に誘ってしまって。」


「い、いいえいいえ。いいんですよ。

 どうせ俺、独り身ですし。家に帰ってもする事ないので。


 青山(あおやま)さんも同じですか」


「あははっ、よく分かりましたね。」


 あんな薄暗い場所で話をするのも気が進まなかった二人は、とりあえず近くの居酒

 屋に入る。

そして、二人でビールと軽いつまみを注文して、まずは互いの職業について、『語れる範囲』で話す。


 刑事である青山もだが、出版社に勤めるタケダイも、下手に仕事のことを話すと、

 目をつけられてしまう。

それでも彼が青山の話を聞く気になったのは、やはり『有力な情報』が欲しいから。


 ただ、タケダイにはまだ分からなかった。

何故刑事である青山は、自分を呼び止め、何の話をしようとしているのか。


 警察の出版社の関係は、言ってしまえば『腐れ縁』

何らかの事件が起きれば、出版社と警察が、我先に情報を求めて競争する。

 実際は競争しているわけでもないが、互いに情報を求めている事に変わりはない。

当然だ、それが仕事なのだから。


 それに、出版社にとっては、『警察の不祥事』も良いネタになる。

警察にとっても、『出版社の脱税』や『名誉毀損』で、自分たちの活躍をアピールできる。


 互いに支え合っているような、邪魔しているのような間柄。

それでも、青山がタケダイを呼び止めたのには、それなりの理由がある。

 理由は、自分に刑事としての教育を施してくれた、『先輩』に関係がある。


「実はですね・・・・・『個人的に気になる事』があって、あのコインロッカーを調

 べているんです。

 でもあの場所、『よくない噂』が立っているらしいですね。」


「あ、刑事さん、知ってるんですか?」


「えぇ。

 最初は『子供たちが面白半分で盛り上げているだけの話』かと思ったんです。

 でも『先輩』の態度から察するに、どうもそうゆうわけでもなさそうで・・・」


「『先輩』?」


「私が新人だった頃から、ずっと指導してくれた人なんです。

 ___で、その先輩なんですけど、俺と同じで、都市伝説とかオカルトには全くの

 無関心で。」


「まぁ、それが普通なんじゃないですか?

 刑事や警察関係者が、事実も証拠もないオカルト業界に傾倒している・・・なんて

 話があったら、それこそ大問題ですから。」


「そんな先輩が、あの地下道周辺には、何故か近寄ろうとしないんです。


 最初は「これくらい軽い仕事なら、お前だけでもできるだろ」って言われて、俺も

 張り切って調査してたんです。

 でも、調査している件が、予想以上に大きくなってきたので、先輩にも応援をお願

 いしたんです。」


「・・・・・その、『大きくなった件』とは??」


「いえいえ、私が話したいのはそっちじゃなくて・・・」


 タケダイは、心の中で舌打ちをする。

相手も、なるべく情報を漏らさないように、会話を上手く組み込んでいた。

 まだまだ若手の青山だが、先輩の教育の甲斐あって、会話が上手い。

タケダイはきゅうりの浅漬けをバリバリ食べながら、苛立ちを抑える。


「その先輩、何故かあの地下道に行きたがらないんですよ。

 何かと理由をつけて、いっつも私にばかり調査させるんです。」


「___それって、単なる怠けなんじゃ?」


「いえいえ先輩はそれ以外の業務に関しては本当に熱心で。

 むしろ怠けている姿を見てみたいくらいです。


 ___で、私この前、同僚から話を聞いたんです。

 あのコインロッカールームって、『都市伝説の起源』になってるって。」


 二人が語っている、その『都市伝説』

それは、今から約50年ほど前に、世間を騒がせた。しかし、それが今、何故か再燃している。

 

 理由としては、ここ最近の『家庭事情の深刻化』と、『子供が被害者の痛ましい事

 件』の勃発。

ニュースでも、子供が被害者になる事件を取り上げるのが、ほぼ当たり前になってしまった。


 それを心苦しく思いつつ、記事にして収益を得なければいけない立場のタケダイ。

彼もそんな歯がゆい気持ちを、何度も経験している。

 しかし、この深い闇をどうにかする事は、そんな簡単な話ではない。

一軒一軒の家庭事情に介入するにしても、現実的ではない。


 結果として、『コインロッカーに置き去りにされた子供』という都市伝説は、そん

 な現代の闇が、着火剤となった。

今はかなりタイプが分かれているものの、大体の話の流れは一緒。


『コインロッカーに閉じ込めた子供の母親・父親が報いを受ける』 

『コインロッカーを訪れた相手を、無作為に襲う』

『夜な夜な、ある筈のない扉(出入り口)が現れ、そこを進むと、真っ赤なコインロ

 ッカーが・・・』


 ___と、都市伝説一つで、沢山の作品が生み出されている。

もはや原型が分からないくらい、色んな媒体に変化した都市伝説。

 時に新たな話を生み、いつ再着火するか分からない。

つまり、都市伝説一つで、創作活動のネタには困らないのだ。


 実際、タケダイの出版社でも、ネタがなくなるとオカルトを取り入れている。

昔載せた都市伝説の話題でも、少し内容を変えるだけで、手に取ってくれる。

 幅を広げると際限なく広がっていく、それが都市伝説。


「___で、話を戻すんですけど。

 自分が尊敬している先輩、駅で家族を亡くされたみたいで。」


「それと都市伝説に、どうゆう関係が?

 もしかしたらその先輩さんは、『駅』自体がトラウマだから、行きたくないだけな

 んじゃ・・・?」


「そう私も思ってたんですよ。

 でもね、不思議なことに、先輩が遠ざけてる駅って、あの地下のコインロッカール

 ームがある駅だけなんです。


 その他の駅は、なんの躊躇いもなく入るんですけど、何故かあの駅だけは・・・」


「___つまり、青山さんのセンパイ家族は、あの駅で亡くなった・・・という事で

 すか?」


「それが、誰に聞いても分からないんですよ。

 先輩の家族はもういない事は話してくれるんですけど、それ以外の話は全然してく

 れなくて・・・


 これは、私の突飛な発想である事は、重々承知してるんです。

 でも、先輩が遠ざける駅に『曰く』があるのって、ちょっと気になるんです。」


 青山は、ミョウガの千切りを箸摘んだまま、なかなか口に入れようとはしない。

その複雑な表情で、青山がかなり悩んでいるのを感じ取ったタケダイ。

 それくらい青山は、先輩刑事を尊敬して、何かしてあげたい気持ちがあるのだ。


 まだタケダイは、その先輩刑事を見たことすらないが。

だが青山の悩む姿を見ていると、簡単な言葉で片付ける気にもならなかった。

 それに、彼の気持ちが理解できないわけでもない。


 自分の尊敬する人、信頼する人が悩んでいたら、ついつい首を突っ込みたくなる。

好奇心・・・もあるのだが、やはり自分の尊敬する人が苦しんでいる姿は見たくないから。

 

 『お節介』であっても、その人を心配する気持ちがある事に変わりはない。

タケダイは、とりあえず話をまとめようと、ビールを飲み切って話を続ける。


「___要するに、青山さんが心配しているのは、その先輩と、あの駅に何の関係が

 あるのか・・・ですよね。

 

 確かにあの駅・・・というか、駅の地下にあるコインロッカーは、曰くがあります

 からね。


 まぁ、「考えすぎ」と言ってしまえば終わりですけど。

 でも、近寄らない駅が、都市伝説発祥の地・・・というのがね・・・」


「ただ、自分はあんまり、都市伝説とかは詳しくないんです。

 だから、様々な情報に精通している、出版業界の関係者なら、何か知ってると思っ

 たんです。」


「ネットで調べたりしなかったんですか?」


「それも考えました。

 けどいざ自分で調べていみると、なんか色々とありすぎて、何か有力で何がデマな

 のかさっぱり。」


「それもそうですね。」


 タケダイは、とりあえず自分の知っている『あのコインロッカーに関する噂』を話

 してみる。

それも一応、記事を書くために重要な情報なのだが、青山の話に引き込まれ、つい仕事が頭から離れてしまう。


 だが、30分以上話し合いをしたものの、互いに収穫はあまりない。

タケダイの知っている、あのコインロッカーの噂をあれこれ語ったものの、青山の先輩に繋がるような話はなかった。


 最終的には、二人で仕事の愚痴や文句を言い合う、ただの『飲み会』になった。

青山は、あまり有力な情報を得られず、若干微妙な表情をしていた。

 だが愚痴を言えてさっぱりしたのか、帰る時には二人とも笑顔だった。


「たまには別の職業に就いている人と飲んでみるのも、楽しいもんですなぁー!」


「すみません、タケダイさん。自分から誘っておいて、ご迷惑を・・・」


「いえいえ、構いませんよ! 

 うちで一人きりで飲むより、ビールが旨かったです!」


「あはははっ、私もです!」


 二人が居酒屋から出る頃には、もう9時を過ぎている。

3時間もの間、二人は時間も忘れて呑んでいた。

 奇妙な出会いではあったが、お酒の力もあって、二人はいつの間にか意気投合。

SNSのアカウントも教え合う仲になっていた。


「そういえば、この繁華街で飲んだの、今日が初めてかもしれません。

 『仕事』で先日来たばっかりなんですけど。」


「それって、『デパート社長一家事件』ですか?」


「おぉ・・・さすが、詳しいですね。」


 事件の容疑者逮捕から、約一ヶ月が経過しても、まだマスコミは目が離せない。

警察の場合、犯人を捕まえれば、それで大掛かりな仕事は終わり。

 だが出版社の場合、捕まえた後のネタも見逃せない。

タケダイも数日前まで、この繁華街で聞き込み調査をしていた。


 容疑者の女性が通っていたホストクラブは、まだ営業している。

女性を相手にしているホストにとっては、どんな女性でも『お客様』

 愛嬌を振りまいてくれたら、お金がもらえる。キャバ嬢と同じである。

だから、お客に事情があるにしても、お金を出してくれたのなら、誰でも歓迎する。 


 それに、『愛嬌をお金に変える人』に夢中になる人は、たいてい何かしら訳あり。

なかには、公にできないような事情を抱えているお客も。

 それが日常茶飯事な繁華街は、ある意味『世紀末』 

記者にとっては、ネタの宝庫。


 タケダイも、『プライベート』よりも『仕事』でこの繁華街に来る方が多い。

それに、毎日こんな場所に通っていては、お金がいくらあっても足りない。

 

 タケダイや青山もプロなら、相手もプロ。

財布の紐がちぎれそうなほど固く縛っても、ちょっと油断すると財布の中身がすっからかんになってしまう。


「___俺、もう一度あの地下に行ってみるんですけど、青山さんも一緒に来てくれ

 ませんか?

 午前中に取材で行ったんですけど、その時は一人きりで、怖かったもので・・・」


「えぇー・・・・・

 自分、『生きている人間』にしか対抗できませんよ。」


「それくらい分かってますって。

 でも一緒にいてくれる人がいるだけでも違いますから。」


 千鳥足になっているサラリーマンを避け、客寄せしている店員を無視しながら、件

 のコインロッカールームに続く地下道の出入り口に来る。

だが、夜でも相変わらず人通りがなく、夜だと不気味さが増す。


 この光景に二人は、(来るんじゃなかった・・・)と、見た直後に後悔する。

街灯の明かりすらないこんな場所で、幽霊の話が無いわけがない。

 『心霊スポット』と言っても疑わないくらい、不気味で陰湿な場所。

いつ事件が起きてもおかしくない、刑事の青山からすれば、ハラハラする場所。


 昼間はまだ明るかった為、不気味なだけで済んでいたが、夜の闇が出入り口に真っ

 黒いカーテンを被せている。

そこまで長くない階段の筈なのに、まるで地の底まで続いているようにも見える。


「私の住んでいる地域に、こんな場所があったなんて・・・」


「知りたくなかったですよね、俺もです。」


 これには青山も、足を震わせて、入るのを躊躇する。当然、タケダイも同じ。

こんな薄暗い階段を降りていたら、いつか足を踏み外しそうなのはもちろんの事、『幽霊』だけではなく、『得体の知れない不審者』がいてもおかしくない。


 何故こんな場所が放置されているのか、青山も首を傾げた。

薄気味悪い場所や、人の目が行き届かない場所は、犯罪の宝庫。


 


「_________ん?


 青山さん、なんか地下道の方から、『声』が聞こえません?」


「_____???」


「いや、冗談とかじゃないですって! よく耳を澄ましてみてください!」


 青山はタケダイの言葉に、半信半疑になりながらも、地下道に耳を向ける。

すると、確かにタケダイの言う通り、『不思議な音』が聞こえた。


 その音が最初は何なのか分からなかった青山だが、その音は『物が落ちる音』でも

 なければ、『揺れている音』でもない。

『動物の鳴き声』にも似た、「うぅ・・・」という声が、連続して響いている。


 だが、動物の鳴き声にしては、何かがおかしい。

そこから導き出される答えは


 『人の呻き声』


 その答えに辿り着くと、二人は全身を震わせて、咄嗟に身を寄せ合う。

だが、そのまま放置するわけにもいかない。何故なら二人は、『記者』と『刑事』


 目の前に餌をぶら下げられたら、それを追いかける事が仕事な二人。

その場から逃げ出す選択肢は、自然と発生しなかった。

 一種の『職業病』である。


「___タケダイさん、私も一応、不審者への対処法は熟知しているつもりです。

 しかし、相手がもし『複数人』だった場合は、すぐ立ち去りましょう。

 あと、『見るからに危ない人』だった場合もです。


 この時間帯ですから、もしかしたら、『酔っ払い』が迷い込んだ線も捨てきれませ

 んから。」


「むしろそっちの方がいいです。」


 青山は苦笑いしながらも、先頭で階段を降りていく。

スマホのライトを片手に、湿っている階段を踏み外さないように、慎重に。

 壁もじっとりと濡れ、手をついて歩くのを躊躇するレベル。

だが、湿った階段を降りるには、どうしても支えが必要。


 二人は生ぬるい壁に手を当てながら、ゆっくりと階段を降り、やっとの思いで階段

 の一番下ヘ到着。

だが、まだ難所が終わったわけではない。

 

 先程から聞こえていた人の呻き声が、ロッカールームの方から聞こえていた。

都市伝説の類を信じていない青山でさえも、鳥肌が止まらない。

 だが、それに反してタケダイは、カメラを構え、ワクワクしている様子。

記者としては、とんでもないネタをゲットできれば、自分の仕事は終わったも同然。


 刑事である青山は、タケダイの前で、身構えながらゆっくり進む。

タケダイがスマホで床を照らしながら、青山が前方を確認する。

 

 そこまで距離はないが、階段を降りてからロッカールームに着くまで、30分もか

 かってしまった。

ようやく、ロッカールームの電灯が見え始めると、タケダイはスマホを撮影モードに切り替える。


「_______________


 _______せ




 先輩???」

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