とある記者の記録 1

「___なんでこんなに寒いんだ?? ヘクション!!!」 


 繁華街の地下にある、コインロッカー。

コンクリートの壁が剥き出しの空間には、縦長のコインロッカーが幾つも立ち並んでいた。


 使われているロッカーもあれば、使われていないロッカーもある。

だが、『使用中』と書かれているロッカーも、今現在、ちゃんと使われているのか怪しい。


 最近のコインロッカーは、スマホなどで登録しないと利用できない。

だがこの地下にあるコインロッカーは、スマホが普及していない時代のもの。

 100円玉さえあれば、誰でも、どれだけ長い時間であっても、物が収納できる。

便利ではあるが、一周回って不用心である。


 これでは、中にどんなモノが入っていても、全然不思議ではない。

数台のロッカーには、『鍵をこじ開けようとした跡』もある。


「この異様な異臭は、そこのゴミが原因・・・だと思いたいな。」


 ロッカーの隅の隙間に挟まっているゴミ箱には、チューハイ缶や弁当箱などのゴミ

 が、乱雑に押し込まれている。

恐らく、ゴミを回収する業者も、こんな場所までは来ないのだろう。


 記者が目を凝らしながら、落ちているゴミを確認すると、消費期限が5年以上前の

 ものもある。

地面に放置されていたら、カラスなどの動物が食べてくれるものの、こんな場所では、処理してくれる人間も動物もいない。


「こんな地下があるなんて、長年この街に住んでいる俺でも分からなかったな・・・

 というか、知ってる人がいるのか?」


 地上では、今日も多くの社会人や学生が、職場や学校に向かって歩いている。

待ち合わせする人もいれば、路上ライブで熱唱する無名ミュージシャンの姿も。

 過激な服装をしても、引くほどだらしない格好をしても、誰も見向きもしない。

それが、様々な人が闊歩する、都会という世界の常識。




 都会には、常人では考えられないような、変わったお店がある。

常人では良さの分からないオブジェや美術品が飾られている場所も。

 そんなお店や美術品を鑑賞する人間も多種多様。

だが、公共の施設を利用する人間も多種多様。


 外国人がバスや電車に乗っても、電光掲示板や案内板には、日本語以外の言葉も表

 示される。

体や五感が不自由な人のために、電車やバスの内部にも『折りたたみ式の手すり』や『車椅子スペース』が完備されている。


 都心は常に、時間と共に変化していく。

そんな世界では、『変わらないもの』の方が珍しく、貴重である。


 『レトロな喫茶店』 『レトロなボンネットバス』

 『レトロなカセットテープ』『レトロなファッション』


 そして、時間が経っても変わらず注目される存在は、『物』に限った話ではない。

人から人へ、パソコンからスマホへ伝達される『言霊』も、時代とともに変化する。


 昔は『ビデオテープ』だったものが、今では『動画配信サービス』になったり。

 昔は『電話』だったものが、今では『メッセージアプリ』になったり。

 昔は『奇怪な姿のお化け』が、今では『個性』として認められたり。


 時間の変化と共に変わり続ける『お話』は、怖くなくなったり、面白くなったり。

人はお話だけで、暇な時間を全て潰せるくらい、才能に溢れている生き物。

 

 カフェに行けば、多種多様な人々が、ブラックな話や、のほほんとする話で盛り上

 がっている。

形のないお話が生き残る方法は、やはり人に頼るしかない。


 お話にも多種多様な種類があるのだが、大昔から、人々を惹きつけて、離さないお

 話がある。


 それが、正体不明で、あらゆる形になれる『都市伝説』や『噂』


 時には『映画』に形を変え、時には『漫画』に形を変える。

こうして、様々な手段を用いて生き延びている。

 都市伝説とは、もはや『一種の生物』

時代背景・社会問題・合点のいく発想が絡み合い、形を成し、また新たな形になる。


 時代と共に消えてしまう噂も、時間が経つと何故か掘り返される事も。

誰が最初に話し出したのか分からない、誰が最初に見たのかも分からない。

 それでも人が信じてしまうのは何故なのか。

得体の知らない噂話が大好きな人間は、何百年も前から変わらない。


 誰かが語り出した噂話が、社会現象にまで発展するケースも珍しくない。

小さな言霊が重なり合い、大きな言霊になる。


 それが『割れた風船』のように萎むのか、それとも『膨らむ風船』のように大きく

 なるのか。

一つ一つの都市伝説が、どんな未来を辿るか分からない。


「___本当にこんな場所が、『あの都市伝説』の舞台なのかね。」


 一人の記者が、ロッカーの列にレンズを向け、シャッターを押す。

撮った写真には、並ぶロッカーと灰色の壁しか写っていない。

 それを見て、記者は大きなため息をつく。

いくら仕事とはいえ、『記事なるのかも分からない調査』なんて、気乗りしない。


 だが、いつもの仕事より楽なのは確かだった。

芸能人や政治家のスキャンダルは競争率が高い。

 取材中、他の記者にもみくちゃにされる事もしばしば。


 それに、位の高い人間は、なかなか真実を語ろうとはしない。

注目は取れるのだが、中身が薄いと読者が離れてしまう。


 ネット文化が普及する現代では、雑誌業界も『生き残りをかけた戦い』を繰り広げ

 ている。

雑誌に『デマ』や『信ぴょう性が薄い情報』を乗せると、すぐSNSで拡散され、非難の対象に。

 

 だからと言って、もう既に流布している話を記事にしても、「つまらない」の一言

 で片付けられる。

『貴重な真実』と『大衆のウケ』を、どう掛け合わせるかが、雑誌業界の『戦術』


「困ったら『都市伝説』とかに頼るところは、昔と全然変わらないよなー

 それくらい記事を作成するのが大変なのは、昔と変わらないんだけど・・・」


 『都市伝説』は、雑誌業界だけではなく、『ネット業界』でもよくネタにされる。

その理由としては、『真実』も『証拠』もないにも関わらず、人々の興味を惹きつけるから。

 

 真実がどうであれ、都市伝説にロマンを感じる人は多い。

だから、突飛な話を載せたとしても、何故かウケてしまうのだ。


 それに、都市伝説には『著作権』も『所有権』もない。

大衆全員が共有できる、特別な存在。

 

 既に所有権のあるネタや話を雑誌にする際は、許可を取ったりと、何かと時間がか

 かる。

地下の写真を撮って回る記者が必要になった許可は、地下のコインロッカーに隣接している鉄道会社・・・のみ。


「___というか、こんな場所、鉄道会社も把握していなかっただろ。」


 生暖かい空気と点滅する電灯が、昼間でも不気味に思わせる。

パチパチ光る電灯に、記者の目はダメージを負っている。

 写真を数枚撮影しただけで、もうギブアップだった。

鉄道会社も管理していない場所の電灯が、まだ辛うじて生きているだけ奇跡である。


 初めて『オカルトページ』の写真を担当する事になった、この記者。

オカルトや都市伝説を、あまり深く知らない彼は、軽い気持ちで承諾してしまう。


 そこまで多くの場所に許可を取らなくてもいい、ただ撮影するだけでお金がもらえ

 るなら、進んで手を挙げてしまう。

しかし、そんな自分の『安直な判断』を、現場で後悔する。


「『現場に来てみないと分からないことはいっぱいある』

 って言われてるけど・・・・・

 その言葉を、こんなに後悔しながら思い返すのは初めてだな。」


 地下の階段を降りていく段階で感じた、『異様な感覚』と『寒気』

まるで、自分よりも遥かに大きな存在に見下ろされているような気分。

 記者は階段を降りる際、何度も後ろを振り返ったが、案の定、誰もいない。


 地下へと降る階段を、半日観察していた。

だが、ロッカーを使用する人は、1日に数人程度。

 それも、素性が全く予想できないような、『悪い意味で個性的な人』ばかり。

見張っているだけで心臓がバクバクしたのは初めてだった記者。


 都心に何年も住んでいる記者でも、まさかこんな場所があるなんて、全然知らなか

 った。

ある程度張り込みを終えた記者は、そそくさと出版会社に帰る。






「ただいま帰りましたー・・・」


「お、おう・・・」「おかえりー・・・」「___だ、大丈夫か?」


 朝はいつもと変わらない様子だった記者が、帰ってきたと同時に顔色が悪くなって

 いる様子に、同僚は心配して声をかける。

だが、取材をした当の本人は、あの空間をどう口で説明すればいいか分からない。


 実際に心霊現象に遭ったわけではない、だが、異様な恐怖と緊張で、心身共に疲れ

 果てていた。

政治家の家に張り込んで、あるかも分からないシャッターチャンスを待ち構えている時のほうが、よっぽど楽に思えるほど。


 取材に行った記者の変貌に、普段は頻繁に声をかけない上司が、記者のもとへ歩み

 寄る。

だが、内心ちょっと期待していた上司。


 記者の様子がおかしい・・・という事は、何かがあった事になる。

つまりこの件は、雑誌に載せられる。無駄足ではなかった。

 上司はここぞとばかりに、疲労困憊の記者に色々話を聞き出そうとする。

だが、そんな言葉の数々が、今の記者の耳に入ってこない。普通はそうだ。


 この出版社は、幅広いジャンルの記事を載せているのだが、都市伝説やオカルトを

 載せることは滅多にない。

あるとしたら、それは完全なる『ネタ切れ』という意味。


 ネタ切れが起こるたびに、今までもいくつかの都市伝説を載せている為、その最中

 に体調が悪くなる人が現れるのも、実はそんなに珍しい事ではない。

記者もその事実を覚悟で行ったのだが、完全に油断していたのだ。


「そんなに、地下のコインロッカーが恐ろしかったのか?」


「はい・・・何というか・・・その・・・・・

 『本能』に直接訴える・・・みたいな感じでした。」


「うーん・・・・・

 最初は短いページで組もうとしたんだが、もう少しページ数を増やしてもよさそう

 だな。」


「えぇ?! 俺もう行かないですよ!!」


「いやいや、『人間の本能』というのは、一種の『霊感』と同じようなものだ。

 その本能に従ってシャッターを切れば、雑誌が注目されること間違いなし!!!」


「___じゃあ、上司が撮って来てくださいよ。」


「うーん・・・・・

 そう言われれば、そうだな。

 君の本能が何を察知したのか、他の記者を使って調べてみるか。」


 上司は、まだ顔が青ざめたままの記者を横目に、部屋から出ていってしまう。

記者はため息をつきながら、自分のデスクに戻ると、周りの社員も冷や汗をかいている様子。

 

 それもその筈、次は誰が、あの地下に連れて行かれるか分からない。

ある意味『罰ゲーム』よりも酷である。


 だが、どんなにあやふやな情報でも、根気強く調べる事で、意外な発見や衝撃の事

 実を見つける。

言ってしまえば『賭け』なのだが、それでも読者がいる限り、頑張るしかない。

 

 それが出版社に勤める上での『運命』である。




「お疲れ様。」


「___あぁ、ありがとう。

 あの上司、怖いもの知らずなのか?

 それとも『色んな意味で仕事熱心』なのか・・・」


「今のところ、『あの噂』を熱心に調べている会社は、多分ウチくらいだ。

 上が必死になるのも無理はない。」


「その情報、本当に正しいんでしょうか?」


「まぁまぁ、俺たちにとって、その情報の正確さよりも、どれくらい美味しいネタを

 仕入れることの方が重要だからな。

 お前だって、それくらいは弁えてるだろ?」


「そりゃぁ・・・まぁ・・・」


 青ざめる記者の肩を叩き、缶コーヒーを差し入れる編集者。

暖かい缶が、冷たくなった記者の両手を温める。


 季節はもう秋の終わり頃。

そろそろ寒さが本気を出し始め、外での取材がキツくなる。


 あの地下の空気は、『自然の寒さ』ではなく、もっと別の寒さだった。

まるで、心臓のなかに直接氷を入れられたような感覚。

 出版社に戻っても、まだその氷が溶けていない状況。


 秋の終わり頃という事は、年の終わり頃・・・という事でもある。

様々な業界では、そろそろ『年末』に向けて動き始める。

 出版業界では、年末や正月の長期休暇シーズンが、一番の稼ぎ時。


 本屋だけではなく、サービスエリアや道の駅にも本を並べ、とにかく広範囲に本を

 売り出す。

だから、いつもより一層、内容に力を入れて、顧客を増やさないといけない。


 顧客を増やすには、やはり地道な努力が必要。

この時期にどんな記事を載せるかで、来年の給料にも影響が出る。




 そんな時期を前に、落ち込む記者の名は タケダイ

彼は編集者からもらった温かいコーヒーを両手に包みながら、まだ震えている体をどうにか落ち着かせようとする。


「今日撮った写真、ちょっと拝見してもよろしいですか?」


「いいけど・・・何も写ってなかったぞ。」


 彼の言う通り、編集者がカメラを確認したが、『人影』も『オーブ』も、何一つ写

 っていない。

写っているのは、閑散とした地下のロッカールームのみ。

 

 だが、写っている照明の微妙な光が、心霊写真とは別の意味で、見ている人を不安

 にさせる。

編集者も首を傾げ、少々苦い顔をする。これでは、雑誌に載せてもパンチがない。


「___そんな顔をするくらいなら、明日にでも、また俺と一緒に行かないか?」


「いやいや、自分そうゆうの苦手なんですって・・・」


「俺も嫌だけど行ったんだぞ!」


 そんなやりとりをしているうちに、その日の就労時間は過ぎ去っていく。

その日のタケダイは、仕事をしたのか、それともただ怖い思いをしただけなのか分からない、複雑な心境だけが残っていた。


 タケダイは仕事が終わると、毎日のように居酒屋やカフェをハシゴする。

一人暮らしでは、自炊するより外で食べた方が早くて簡単。

 

 彼女もいない、家族とも離れて暮らすタケダイの生きがいは、仕事終わりくらいし

 かない。

だが、そんな生きがいも、今日はそんな気にならなかった。






 だが、彼の足が向かった先は、何故かまたあのコインロッカー。

地下に続く階段まで来たと同時に、(何でまたこんな所に・・・?)と、我に帰る。

 

 本当に無意識だった、何故、心も体も拒否反応を起こした場所に、自ら向かって行

 ったのか。

それこそ、誰かに連れて来られたような感覚になる。


 夜になると、都会田舎問わず、『危ない人間』が一気に増える。

記者にとっては、夜もスクープチャンスの時間帯。


 だが、夜に取材へ行き、とんでもない目に遭った仲間を、タケダイは何人も知って

 いる。

暴行事件に巻き込まれて、病院送りになったカメラマンも。


 だから夜の取材は、心霊スポットの取材と並んで、誰も率先してやりたがらない。

その分、出される報酬も多くはなっているが、命を奪われてからではもう遅い。

 記者の仕事も、ちょっと視点を変えれば、命懸けになる。


 世界のなかで治安がいい日本でも、ダークサイドに足を踏み入れたら、帰って来れ

 なくなるケースも。


「心霊スポットの取材と、暴行事件の取材、どっちがマシなのかな・・・」


 そう呟いたタケダイ。だが、答えは出る筈もない。

どっを選んでもリスクが大きい、それくらいなら、政治家の汚職事件を調べたほうが、まだ身の安全が保障できる。


 しばらく地下道を観察したが、やはり出入りする人間は一人もいない。

タケダイは「何やってんだよ俺は・・・」と言いながら、家へ帰ろうと振り返る。




「ちょっとちょっと、そこの人。」


 後ろから知らない声で、呼び止める声が聞こえ、タケダイは無意識に振り返る。

彼の後ろにいたのは、ピシッと綺麗にスーツを見に纏っている、若い男性。


 (サラリーマンかな・・・?)と思ったタケダイ。

だが、声をかけてきた男性は『カバン』を持っていない。

 カバンを持たずに帰るサラリーマンが、いるわけない。


「すいません、突然呼び止めてしまって・・・・・

 貴方、もしかして新聞か雑誌の『記者』じゃありませんか?」


「え・・・???」


 タケダイは焦った。その人とは、今この瞬間に知り合ったばかり。

なのに相手は、自分の職業をピタリと言い当てていた。


「あ、度々すいません。実はわたし、こうゆう者でして・・・」


 男性はタケダイに、『黒い手帳』を見せる。

それを見たタケダイは、全身から冷や汗が出た。

 あのロッカールームとは違う意味で、タケダイの心臓は震え上がった。


 その黒い手帳は、『警察手帳』だったから。


「す、すいません! 

 俺別にストーカーとかじゃないくて、この近辺で仕事をしていたんで・・・」


「『仕事』というのは、やはり『取材』ですか?」


「は、はい。

 でも、警察の方々には全く無関係な『オカルト記事』ですから。」


「__________あの、記者さん。少しお時間いいですか?」

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