古城(こじょう)家 4

「___えぇ、はい。


 _____やっぱりそうでしたか。___あ、いいえ、こっちの話です。

 はい、はい・・・


 わざわざありがとうございます。」


 午後の穏やかな昼下がり。

藍はため息をつきながら通話を切ると、使い慣れている椅子に腰を下ろし、ため息をついた。

 

 机の上には、グシャグシャに書き殴られた五線譜が、何十枚も山になっている。

あまり片付けが得意ではない藍の仕事部屋は、『ゴミ屋敷』にも見えそう。

 藍にとっては、この散らかり具合で仕事をする方が、良いアイデアが浮かぶ。

逆に物が整っている場所だと、そわそわして落ち着かないのだ。 


 だが、今日は一日中、机に向かって電子ピアノを叩きながら作曲していたが、依頼

 されていた曲は結局完成していない。

それどころか、イントロ部分の約10秒程度しか完成できていなかった。


「先方に言って、締め切りをもうちょっと伸ばしてもらおう。


 ___いや、しばらく休みを貰うべきか。いやしかし・・・・・」


 今日一日、作業が全くと言っていいほど進まなかったのは、『興信所からの電話』

 を待っていたのが原因。

普段、仕事をする際はスマホの電源を落とす藍。

 

 だが、電源を落としていたら、興信所からの連絡が受け取れない。

いつもとちょっとだけ、働く環境が違うだけで、こんなに手が進まない事に驚いている藍。


 だが、いざ藍のスマホに電話がかかってくると、一瞬だけ、出るのを躊躇った。

何故なら、悪いことをしている自覚があったから。




 愛する家族を疑う・・・なんて、一家の大黒柱がやっていい事ではない。

だが、はっきりさせたかったのだ。これからの家族のことを考えて。


 半信半疑で興信所に連絡を取った直後は何も感じなかったものの、時間が経過する

 と、少しずつ罪悪感を感じ始めた。

藍は、家族を愛している。だからこそ、少しの不安も大きく感じてしまうのだ。


 いざ興信所の連絡が来ると、罪悪感と期待感で、手が震えていた。

だがその日に限って、相が休みの日。藍の仕事部屋は防音なのだが、一応ドアを警戒していた。




 藍が興信所に依頼した内容、それは


 『相』と『スイコ』の


 『血縁関係』




 あれは、藍が相の家で同棲を始めてから、1年が経過した頃だった。

そろそろ相の家での生活に慣れ、彼女は奮発して、家の一室を防音室にしてくれたおかげで、同棲直後はスランプ気味だった藍は見事復活。


「あのね、藍。ちょっと話があるんだけど。」


「何? 

 これから部屋に篭って仕事しようと思ってたんだけど・・・」


「大事な話なのっ、お願い。」


 そう言って、相は部屋に戻りそうになっている彼を引き止める。

普段、仕事部屋に篭る彼を引き止める事のない相、だが藍は仕方なく、彼女の話を聞くことに。


 同棲を始めて1年ともなれば、二人の生活もようやく落ち着いてくる。

だが、まだマスコミや仕事仲間からあれこれ言われるのには慣れていない。


 そもそも彼は、あまり人付き合いが得意な方ではない。

相はマスコミからあれこれ言われても、涼しい顔で受け答えができるものの、藍は苦笑いするしかできない。


 彼の苦笑いだけで、「上手く行ってないのか?」と、余計なお節介をする人も。

そうゆう言葉が、彼を一番苦しめている。


 彼は自分のペースが乱れる事だけは避けたい。

だから何かとお節介を焼かれたり、あれこれと心配されると、機嫌が悪くなり、仕事にも支障が出る。


 それくらいナイーブな仕事である事も一因だが、藍は同棲当初、自分の生活リズム

 が崩れることを恐れていた。

周りからの後押しがあるにしても、仕事も結婚と同じか、結婚以上に大切なこと。


 だが、同棲をやめるとなれば、またあちこちから色々と言われてしまう。

それに、相はそんな彼を受け入れ、彼女自身も努力した。

 その甲斐あって、同棲生活にそこまで不満は感じていない藍。

特に、彼女が業者に頼んで作らせた防音室は、藍にとって『最高の仕事部屋』


「___で、何?」


「うん、実はね。私たちの、今後に関する話なんだけど・・・」


「『結婚』はまだ考えてないぞ、俺。」


 そっけない態度で相の話を聞く藍。だが、これがいつもの彼。

彼にとって、『結婚』は『人生のおまけ』程度。

 何かと周りから結婚を勧められても、バッサリ断っている。

何故なら今の時代において、『結婚するメリット』が薄れているから。


 もちろんそれは家庭にもよるが、藍は自分の生活が維持できれば、それ以上は望ま

 ない。

可愛くて料理ができる妻も、妻の実家も財産も、子供も、現状まだ欲しくはない。


 そんな彼に持ちかけられた話は、予想にもしていなかった内容だった。


「近々『私の親戚の女の子』を、この家へ一緒に住まわせてあげる事にしたの。」


「_____は? 俺に相談も無く、何やってんの?」


 突然の告白に、若干苛立ちを覚えた藍だったが、すかさず相は弁解する。


「話を聞いてっ。

 実はその子ね、つい最近、育ててくれる両親がいなくなってしまったの。」


「病気とか事故とか?」


「___それよりも、もっと酷い話よ。

 その子の両親ね、互いに『被害者』と『容疑者』になってしまったんだから。」


「っ!!!」


 相が口をゴニョゴニョして、正確に語れない理由。

それは、相と藍で考えが分かれている。


 藍の場合、(相当酷い事件だったんだろうな・・・)と、先ほどまで少々苛立って 

 いた気持ちが一気に冷めた。

相の場合、詳しく語るとボロが出てしまいそうだから、その程度しか語れなかった。


 そこからの話し合いは早かった。

あれだけ渋っていた藍も、彼女の話を聞いて、引き取ることを許可した。

 相の家は広いため、子供一人を迎え入れても、さほど問題にはならない。

それに、相は引き取る子を紹介する際、こう言っていた。


「その子ね、すごく賢いの。

 「入るな」って言われた場所には絶対入らないし、「駄目」と言われたら、絶対や

 らない。

 

 ___でも、そんな性格になったのは、厳しくて辛い生い立ちがあったからなのか

 もしれない。」


「__________」


 もちろんこれも、相の『作戦』

あえて藍に、『都合のいい子供の特徴』を話すことで、躊躇する藍の心を傾ける。

 更に、同情できる言葉をいくつか並べれば、藍の心が動くのも早い。


 そして、相の作戦は無事成功。

同棲生活がマンネリ化してきた二人に、新たな家族が加わり、新たな発展を望める。

 全ては、彼女が藍の心を繋ぎ止める為。見放されない為。

スイコとの関係は、その延長線上に過ぎない。




 だが、時間が経って冷静になってみると、おかしな事に気づき始めた藍。

まず最初の違和感は、『顔』だった。

 

 二人は、実の親子や兄弟姉妹ではないものの、それにしては、相とスイコの顔が、

 明らかに違う。

相の家族が写っている写真は、藍も何度か見ているが、紛れもなく、相と同じ顔つきをしている。


 いくら血が遠くても、親戚同士なら、ほんの少し何処かが似ている筈。

だが相とスイコは、髪の質や骨格が全然違う。顔のパーツや声色も、全く違う。


 相はストレートヘアなのに、スイコは癖っ毛。

アルバムのなかにいる幼い相の足は、生まれつき長い。

 だがスイコの場合、長くもないし短くもない、普通。

親戚同士なら、何か一つでも、似ている箇所があってもいい筈。


 そして、藍が一番違和感に思ったのは、やはり『声』

楽曲を手がける藍の耳は、人間の声の特徴も、無意識に判別できる。

 相の声とスイコの声は、少し違う・・・どころではない、全く違う。

『ピアノ』と『オルガン』レベルではなく、『ピアノ』と『トランペット』の違い。


 そんな小さな不安が、日に日に大きくなっていき、興信所へ相談を持ちかけること

 を決めたのは、『相の実の親戚』


 しばらくスイコを預かっている身なら、親戚が何かしら連絡をする筈。

他人事とはいえ、親戚の女の子を預かっている相に対して、一言くらい、連絡があってもいい筈。


 だが、藍は今まで、あまり彼女に干渉しなかったから、今更になって気づいた。

相は、自分の親戚や家族についての話を、妙なくらい話さない。

 彼女の家が何かしらの問題を抱えていた話も聞かない、今も健在の筈。

なのに、彼女は雑誌やテレビの取材以外で、自分の家系の話をする事はなかった。


 藍がさりげなく聞いても、すぐはぐらかされてしまう。

問題がないのなら、紹介してもいい筈。同棲している相手なら特に。


 そうなってくると、スイコが本当に親戚の子なのか、不安が現実になる。

相が一体何を考えているのか、相の目的が何なのか。さっぱり分からない。

 すぐ相に聞き出すことも可能ではあるが、それではあまりに無鉄砲すぎる。


 そう考えた藍は、興信所に依頼して、相とスイコに、血縁関係があるのかを調べて

 もらった。

その分お金がかかってしまったが、この気持ちを抱えたまま過ごすのは、藍にとっては耐えられない苦痛だった。




 そして、心の何処かで察していた予想が、当たってしまった。


 相とスイコに、血縁関係は



 無い




「___だとしたら、相の目的は何だ?」


 そうなってくると、考えるべきなのは、相のこと。

彼女は藍に、「スイコちゃんとは『親戚同士』なの」と、はっきり明言していた。

 なのに、その発言が嘘となると、何故彼女は嘘をついていたのか。


 それに、興信所からの調査で、スイコが『孤児』である事が判明する。

つまり、相は引き取ったのだ。嘘をついてまで。


 ますます訳が分からなくなった藍。

彼にできる事は、興信所からの電話の内容を、何度も頭の中でリピートしながら、考えられる可能性を探る他ない。


 最終的に、相の口から直接事情を聞かなければいけないのは避けられない。

確実に真実を引き出す為にも、考えられる事は考えておいた方がいい。


 だが、どちらにしても、藍は彼女の思惑が受け入れられない。

事情にもよるかもしれないが、彼女は自分だけではなく、スイコも巻き添えにした。

 大人の事情に、子供を巻き込むなんて、あまりにも身勝手。

あまり子供が得意ではない藍でも、そう思えた。


「___でも、真実を聞き出すには、スイコが学校に行っている、今しかない。

 もうこれ以上、あの子は巻き込ませない・・・」


 藍は念の為、一旦部屋から出て、リビングにいる彼女の様子を確認する。

相はいつも通り、久しぶりの休日をのんびり楽しんでいる様子。

 この状況を、藍は『チャンス』を見た。

大人たちの問題は、大人たちで解決する。それは、至極真っ当な話だから。


 藍がコーヒーマシンを起動させると、彼女も「私も飲みたーい」と言いながら、ゴ

 ロンと床で体を反転させる。

彼女の顔に、『悪意』や『企み』なんて、一切感じられない。だからこそ余計に怖いのだ。


 藍は今すぐにでも聞き出したかった。

だが、まだ色々と分からない状態では、聞き出そうとしても、またはぐらかされてしまう。


(『社会貢献』がしたかったなら、俺に直接言っても、何も問題なかった筈。

 ___いや、まず俺が考えるべきなのは、スイコを『親戚』と言った嘘の方だ。


 スイコを親戚の子・・・として世話をする事で、何か良い事でもあるのか?

 だとしたら、彼女に一体何のメリットが?

 そもそもスイコは、ずっと今まで、親戚を自ら演じていたのか? 

 それとも・・・???)






「___あー君、そろそろさ、話し合いたい事があるの。」


「な、何?」


 突然藍の方へきちんと向き直った相。

彼は持っていた熱々のコーヒーをこぼしそうになる。

 彼女の目が、『獲物を狙う獣』のように見えたから。


 何故なのか、藍でも本当に分からない。

だが、明らかにいつもとは違う目なのは分かる。


「スイコちゃんもこの家にだいぶ馴染んできて、同棲生活も落ち着いてきたから




 そろそろ・・・・・『結婚』とか考えない?」


「え?」


「だって、スイコちゃんにとっても、貴方はもう『パパ』なんだから。

 今後、スイコちゃんに『妹』や『弟』ができても、あの子ならきっと大丈夫よ。

 互いのご両親に紹介しても、恥ずかしくない子じゃない。


 きっと親戚一同も、私たちを祝福してくれるわよ。

 私たちの新たな家族になったスイコちゃんの事も


 『一員として迎えてくれる』」


「待て! 相!」


「っ?!」


 突然大声をあげ、彼女の会話を中断させた藍。

藍は聞き逃さなかった、さっきまでの会話で、『不自然な言葉』があった事を。


 相はスイコの事を、『親戚の子』として藍に紹介した。

つまり親戚一同も、スイコの存在は知っている筈。


「__________スイコは、お前の『親戚』って、前に言っていたよな。




 なら、『一員として迎えてくれる』って言葉は、おかしいんじゃないのか。

 もしスイコが『本当に親戚の子供』なら、もう既に一員として認められている。」


「はっ!!!」


 相は咄嗟に口を塞いだ。

気が緩んでいた、今までうまく誤魔化せていた事が、時間の経過と共に、意識が甘くなっていた。

 

 いつの間にか相のなかで、『スイコ=親戚の子供』としての認識ではなく




『スイコ=自分と藍を繋ぎ止めてくれるだけの存在』


 として、認識していたのだ。

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